EU宇宙局【後編】
そうして受験日三日前、祖父母が我が家にやってきた。
青と白とママを見ていてくれることになったのだ。紺は行くのか不明だ。
「しかし孫から、宇宙の関係者が出るとはなぁ。孫というか、一族から」
「少なくとも二年程度はあきずに続くんだから、すごいね」
「とりあえず隕石破壊に自分で宇宙に行かなくて、祖父として安堵しているよ」
「行きかねないからな。冗談じゃなく。ただ、それこそアルマゲドンさながらに、そんな破壊方法しか思いつかないんなら、現地に行って一緒に滅べとか言っちゃってるみたいで、俺は初めて胃が痛くなった。親になるって、こういうことなんだ」
「そういうことだ」
「唯純さんには三回電話して、全部出てもらえたらしいけど、三回目は十分で切られたみたいだ」
「……四回目は完全に伊澄さんがいなかったら、出てもらえなかったな」
「ただ、三回も出てくれたんだから、やっぱりあちらの血筋でもある。それと補佐を兼ね備えてるんだから、なんというか」
「世界征服、本当に出来たりしてな」
二人はそう言って笑っていた。
その日、無事に隕石は破壊されたそうだった。
翌日、半日ほど残りの処理をした紺は、帰宅した。
「よくやったね。君のおかげでたくさんの人や動植物が救われた」
「――そういえばそうだった。宇宙に夢中で、忘れていた」
「ぶは」
「冗談だ。父さんは、こういう回答が好きみたいだから」
珍しく紺が笑顔を浮かべた。父さんはクスクス笑っていた。
「寝るから、ドイツに行くときに起こしてくれ」
そう言って紺は、寝室に向かった。
本当に行くの!? 驚いている私の隣で、同じように驚いた顔で祖父が言った。
「受験勉強をしたのかね? 難関だぞ」
「いいや。ドイツ語さえ、勉強したのか怪しい。ただ、カバンに辞書は、入ってた」
「……紫、予想問題は作ったのか?」
「ああ。それ以外のものも全部ある。英訳付きと日本語付きで作っておいた」
「宇宙工学博士の資格は、医師免許以上に、充分今後、生きていく上で役立つと思う」
「俺もそう思うんだけどな……受けるんだろうから、受けさせてみる。それに難関なのは俺も知ってる。優馬のところだからな。受からなければ、諦めることを勧めて宇宙の魅力を解く。星座図鑑を片手にな」
「その際は、全力で手伝おう」
こうして翌日、祖母とパパと紺と私で飛行機に乗った。
私は祖母と一緒に、最後の練習をしていた。
紺はパパが渡した紙や、タブレットに入っている資料を退屈そうに眺めていた。
そして言った。
「ドイツ語じゃないのか?」
「――もちろんある。覚えてるの?」
「発音だけは、記号だよりだけどな。暇なときに辞書を眺めた。専門用語が一部入ってない」
「じゃあこれを読んだあと、少し面接練習がてら、会話だね」
こうして私は隣の席から聞こえてくるドイツ語のやり取りを耳にしながら、祖母とは精神医学について語りあった。祖父母は精神科医だ。祖父は同時に脳外科医でもある。祖母は精神医学一筋だ。
それから私達は、受験をした。
簡単すぎたので、私がそれを語ると、祖母も父もニコニコしていた。
紺は黙っていたので、できなかったのだろうと思い、優しさを発揮して黙っておいた。
翌日の面接も乗り切り、私達はフランスへと戻った。
伯父夫妻は仕事の都合で、この日は来なかったし、従兄弟姉妹達とも会えなかった。
結果は一ヶ月後に分かるという。
私は受かった自信しかなかった。紺は帰宅したその日から、また宇宙局に呼び出されて、そちらへ行った。その一週間後、母が出産した。少し早産だったが、無事に元気な四男と次女が生まれた。双子だ。我が家は全員二卵性双生児である。
半月後に母は退院し、紺も暇になり、兄弟姉妹六人と両親で過ごした。
青と紺が珍しく顔を緩ませて赤ちゃんを見ていた。紺は青と白の時もこんな顔をしていた気がする。そして幸せにみんなで過ごしていて、受験日から一ヶ月がたったある日、ついに合格発表の日がきた。パソコンで、合否と順位と点数が見られるのだ。
結果、私は最年少主席合格だった。
――紺も。
私は嬉しさでいっぱいであると同時に、一年間で全く勉強していない紺が、飛行機でちょっと勉強しただけであることを思い出し、とても複雑な気分になった。しかも紺は、この結果にも興味がないようで、赤ちゃんに夢中である。パパだけではなくママも私と紺を褒めてくれたのだが、紺は気のない返事をしてから、ずーっと赤ちゃんを見ていた。
その数日後、EU宇宙局の人々が、紺の説得に訪れた。
残ってくれという話だ。
紺は追い返し、パパは子供の自由ですから、父として子供を尊重しますと言っていた。
紺とパパのふたりの饒舌なトークには、何も言い返せず、泣く泣く人々は帰っていった。
こうして、一家でのドイツ移住が決定した。
青と白は途中で止め、ドイツにおいて、別の機関で学ぶことになった。カリキュラム上、問題ないという判断と、受け入れ先が、フランスの機関とも私や紺の機関とも異なり、自由研究主体のため、何年いても良いし、途中でやめても良いという、自由な機関であるというのも大きな理由だった。
引越しの手伝いに、祖父母が来てくれた。このまま一緒にドイツに行き、久しぶりに叔母さん達ともみんなで一緒に食事をしようと決まっていたからだ。そんな時、祖父と父が紺に聞いた。
「紺は、宇宙には興味がないのかい? お祖父ちゃんは、宇宙も素敵だと思うけれど」
「――俺は、飽きっぽくなくて、興味がずっと続くみたいだ。でもしばらくの間忘れていて、また思い出して興味を再開できるのかもしれない。だから、たまに空を見上げてる」
「じゃあ今は、宇宙を忘れて、医学に興味があるってこと?」
父さんが聞くと、珍しく紺が目を丸くした。
「父さんは資格があるといいと言って、医者になったんだろう? 俺もそう思う。俺の周りで一番かっこいいのは父さんだ。だから俺も父さんみたいにかっこいい人間になりたいから医師免許を取る。別に医学は、今のところ普通の興味状態だ」
「かっこいい? 俺が?」
「うん。父さんはかっこいい」
パパは呆然としたような顔をして少し固まっていたあと、ママにしか見せなかったような、嬉しそうな顔をして、ぎゅっと紺を抱きしめた。
「俺も自分をかっこいいと思うんだ」
「そういうことを言わなければ、もっとかっこいい。俺も父さんには自覚があると思っていたけど、どうしてそんなに喜んでるんだ?」
「紺がそう思ってるとは、微塵も考えてなかったからね」
「俺は母さんとは違うから、思ったことはきちんと言う。それに自分の感情もよくわかってる。父さんは、俺を母さんか唯純祖父さんに似てると思ってるみたいだけど、そんなことはないと、俺は確信してるよ」
「そんなことはなくはないと俺は思うけど、そうだね、紺はあの二人よりは俺に似てる」
パパが腕を離すと、珍しく紺が照れていた。
その時祖父が言った。
「――紫みたいになりたいなら、紫の職業を全部話したのかな?」
この日、横で聞いていた私は、初めてパパのお仕事について深く知った。
様々な国で教授や医者として働いていたことは知っていたが、日本で複数の会社や研究所の社長や所長をしていたり、各国で複数の書籍を発行していたり、各地に土地を含めた不動産を所有していたり、数カ国および世界的な特許をいくつか持っていることをまず知らなかった。だから、働かなくても暮らせたのだ。何より驚愕したのは、スウェーデン滞在中に、オーウェンインターナショナルカンパニーという、私も知っている国際的な米国に本社のある大企業の取締役に就任していたことだ。私と紺が米国の学校に将来行く際まで待って欲しいと頼んでいるだけで、代表取締役兼社長に早くなるようにと言われていたらしい。つまり私は、美貌と才能だけではなくお金も持つ、大富豪の家の子供だったのだ。その事実に私が驚愕していると、紺が言った。
「わかった。俺も父さんみたいになる」
無理だと私は思った。しかしそんな紺に、パパと祖父はメロメロだった。
このようにして、私達は引っ越した。