スイス天才教育総合機関【1】
私は、政宗春香という。祖父は日本の調味料系大企業の社長で、父は総理大臣候補と名高い国会議員だ。現在十二歳の中学一年生。兄と姉がいる。母方が議員の家系で、父はそれを引き継いだのだ。うーん。我ながら、色々と、完璧だ。私は美人だと評判だし、頭もいいし、運動もできる。だからなのかもしれないけれど、毎日が退屈だ。
そんなある日、祖父がふらりとやってきた。祖父だけがいつも、私に面白い話をしてくれる。だから今回も機嫌よく出迎えた。
「なぁなぁ、春香。スイス行かない?」
「行きたい!」
「二年間」
「留学ってこと?」
「そ。俺の友達の姪と、そいつの長男も行くらしいって聞いてさ。姪の方、てめぇと同じ歳。多分毎日、楽しいぞ。聞いた感じな。帰ってきたら日本の高校行けばいいし。そこ二年間の教育だから」
「なるほどね!」
すると聞いていた父が、少し顔をこわばらせた。
「父さん、そこってまさか、エルシア総合教育院かい?」
「おお、なんで知ってんだよ?」
「入学が次の新年度からなら、皇太子殿下が極秘入学する。高三の半ばにちょうど終了で帰国予定なんだよ」
「ぶは」
「まぁ……試験じゃなくてIQで入学判定あるから、穿った見方はされないだろうし、娘がご学友になれるのは、私個人としては魅力的だけれど」
「皇太子ってIQ高いのか? えー?」
「公開されていないけどね。皇后陛下がとても頭の良い方のようでねぇ」
「ふぅん。ま、いいんじゃねぇのか?」
こうして私はスイス留学が決定した。皇太子殿下である事は、黙っているようにと言われ、それよりも先に、祖父の友人の姪を紹介された。空港で合流したのだ。ここからは、二人で旅をすることになっている。彼女は、飛行機に乗るのも初めてだそうだ。無論、海外に行くことも。
「はじめまして、政宗春香です。よろしくね」
挨拶しながら、笑顔が引き攣りそうになった。私よりも美人だったからだ。
子供っぽいけど!
また私よりも頭が悪そうではあるが、尋常ではなく美人だったのだ。
「はじめまして! 雛辻礼純です!」
それまで表情を変えなかった彼女は、私をじっと見たあと笑顔で名乗った。
同性だというのに、私は胸をグッと掴まれた。
どこからどう見ても深窓の令嬢なのだ。スペックは私こそそれなのに。
そんな彼女が浮かべた笑みは、まさに花が舞い散る感じだ。
だけど元気に挨拶したのだと思う。可愛い。
――性格は、これから知らなければわからないけどね。
なお、彼女の父親は、ギョッとするほどのイケメンだった。
搭乗手続き後、私達は飛行機に乗った。
隣の席で、私は礼純を見た。
「礼純さんは、従兄が一緒に通うそうね」
「はい! どんな人だったか忘れちゃったんですけど、きっと思い出せます!」
「そう」
私は笑っておいた。忘れるとは、一体どう言うことなのだろうか。
あちらが海外在住だから、あまり会ったことがないからだろうか。
「春香さんは、スイスの言葉が喋れますか?」
「敬語じゃなくていいし、春香でいいわ。みんなはハルって呼ぶけど、ハルでもいいわ」
「じゃあ私はレイで! 呼ばれたことないけど!」
「あはは。ええと言葉だったかしら、残念ながら英語しか話せないの。けれど、英語で講義をするそうよ」
「そうなんだ。私は英語も話せないの! まだ英語と触れ合って、一年!」
「中学校で習ったもの?」
「そうなの!」
「きっと現地で覚えるわ。それに、一年目の講義でも教えてくれるそうよ」
「そっか! ありがとう、安心した。ハルちゃんは優しいね!」
簡単に私の外面に騙されてくれて、とてもホッとした。
――きっと現時点のIQが高いだけの、ただの馬鹿だ。
私はそう確信し、うまくやれるだろうと思うのと同時に、思ったよりつまらなそうだと思った。そもそも頭の悪い人間はあまり好きではないのだが、上手くやるには丁度いい。上手くやるのもゲームのようなものだ。だから、まぁいいかと思ったというのもある。ただ、彼女にもその従兄とやらにも期待できないだろうことは残念だと感じた。しかし、ほかの人間はおそらくは優秀だと期待した。私と対等な人間もいるかもしれない。
空港に降り立ち、荷物を受け取り、私は受け取り方が分かっていないレイに説明しながら、迎えの車がくるはずの場所を視線で探した。それから二人で向かうと、そこにふたりの人物が立っていた。一人は、ギョッとするほどのイケメン、もう一人は、こちらもそれには劣るとは言え、おそらく皇族史上最大と言えるほどの顔面偏差値の持ち主と名高く、普通に優しげなイケメンである皇太子殿下その人であった。見た感じ、ギョッとする方も日本人だ。立っているふたりは、別に話していなかった。互いに少し距離を置き立っていた。
「レイか?」
「――……その声は、紺さんだ!」
「見た目で判断しろ。俺は一発で分かったぞ」
方向性は全然違ったが、ギョッとするイケメンは、レイの従兄であるようで、美形の家族は美形なのだと私は思い知らされた。完全にこのふたりは、モデルか何かになったほうがいい。
「あのね、こちらは政宗春香ちゃん。ハルちゃんって言うの」
「ああ、初めまして。鏡花院紺と言います。父があなたのおじい様には大変お世話になったと聞いています。これから宜しくお願い致します」
柔和に微笑まれ、私は、イケメン免疫があるにも関わらず、不覚にも照れそうになった。