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――十六歳でハーバード法学部入学。
世間的には早いと言われているが、俺にはあまり良くわからない。
そう、ジェイク=フォーランドは思っていた。
史上最年少入学タイだというが、入学制限が十六歳なのだから当たり前だと思う。
今年、十六歳で入学した人間は、俺だけではない。
もうひとり、鏡花院紺という日系人がいる。国籍はアメリカらしい。
誕生日の問題もあるが、今年十七歳だ。そこも彼と俺は同じだそうだ。
聞いてもいないのに、ペラペラと、ここに来る前にいた学校の先生が話してくれた。
負けるなよとかなんとか言っていたが、半年経った今でも、一度も会ったことがない。
俺は、あまり人に興味がないから、こんなに大人数いたら、どれが誰だかわからないのだ。別に負けても構わない。俺は法律が、なぜなのか非常に好きなだけなのだ。自分でもどうしてこんなに好きなのか不思議でたまらない。昔から好きだった。そんなんだから、小さい頃から辞書を読んで育った。友達は一人もいない。法律が友達だ。
講義は、既に知っている内容だらけで、あまり面白くない。わけでもない。
読むと聞くとは大違いだ。楽しい。初めて学校の授業が楽しい。
さすがはイギリスだ。思い切ってイギリスに来てよかった。
俺の母国は、ドイツである。
そんなある日、俺は気づいた。先生が、法律を間違ったのだ。
「「そこは第七条だろう!」」
思わず言ってしまったところ、なんと声がかぶった。
驚いている先生よりも、その声の主を見てしまった。
向こうも俺を見ていた。
これが――鏡花院紺との出会いである。
先生は間違えをにこやかに認めて、講義終了後俺たちを呼び出した。
「今年、司法試験をきちんと受けなさい。君たち二人は、とても優秀だ」
果たしてそうなのだろうか。先生がうっかりミスしたのではないのか?
そうは思ったが、出願手続きをしてくれるというので、俺は頷いた。紺も頷いていた。
去っていく先生を見ていると、愛想笑いを消して紺が言った。
「お前、名前は?」
「ジェイク=フォーランド。ドイツ人だ」
「俺は鏡花院紺。今の国籍はアメリカだ」
ここでやっと俺は、同じ歳の入学者が彼だと知った。
「俺も昔ドイツにいたんだ」
「そうなのか?」
「ああ。今も何人か家族がドイツに居る」
廊下でしばらくドイツの話をした。こうして話すと、新鮮だ。
というよりも、他人と雑談したのなど、いつぶりなのか、記憶にない。
「同じ歳か。よろしくな。お前このあと暇?」
「暇だ」
「じゃあ飯でも行かないか? イギリスの飯は不味いらしいけどな、美味い所を見つけた」
「ああ」
こうして食事に行くことになった。他人との私的な食事は、完全に初めてである。
紺が選んだ店は、確かに美味しかったが、値段が高めだった。
――庶民では無理だ。
幸い俺は、そこそこの金持ちの息子なので、すんなりと払えたが、金銭感覚が合う相手に会ったのもまた初めてに等しくて、少し気が楽になった。紺が俺の素性を聞いてこないのも、落ち着く。話す内容も、法律やハーバードの話のほかは、雑談だ。お世辞も嫌味も無い。こんなに楽な人間が存在することに、少し感動した。
この日以来、俺たちは自然と一緒に講義を受けるようになり、食事も一緒にとり、空き時間には二人で、司法試験の勉強をした。無事に一年時が終わる頃に司法試験に合格し、飛び級が決まった。この速度は史上初だと、先生方に喜ばれたが、俺にはそれ以上に嬉しいことがあった。紺は、法律馬鹿な俺と対等に法律の話をしてくれるのだ。いやいやではない。そう、俺にやっと、友達ができたのだ。それが嬉しかったのだ。