――経済学部にまで噂が聞こえてきた史上最年少飛び級かつ司法試験合格の天才ふたりの内の日系人の方が、何をトチ狂ったのか、うちの学部に編入してくるというのは、衝撃的なニュースとして駆け巡った。名前まで知ってる。鏡花院紺だ。

 そんな僕は、ルーク=ジェファーソン。代々経営補助をしてきた経済学のプロの一族の出身で、イギリスにおいて暗黙の了解で残る貴族制度で言うところの伯爵家の出だ。王室の補佐も俺の祖父がしている。父も国際的に活躍している。僕も十六歳で入学したわけだが、留年しない程度にぼちぼち頑張り、きちんと今年で三年生だ。噂の天才も三年に編入だ。編入の場合は科目が爆増するので、おそらく飛び級状態になるが、二年で普通に卒業するだろう。というわけで、面白いことが好きな僕は、同じ年ということもあり、早速見に行った。学年で同じ歳は少ない。法学部よりは多いけどね。新入生はみんな同じ歳だ。

「こんにちは、鏡花院紺くん?」

 廊下でさっそく見つけた。事前に顔を覚えておいたので、直ぐにわかった。

「ああ、そうだけど何か?」
「僕は、ルーク=ジェファーソンって言うんだ。君の噂でこの学部持ちきりだから、気になってね。ちなみに僕は君と同じ歳。イギリス出身だからなんでも聞いてって言いたいけど、もう慣れたかな?」
「美味い料理の店を三十軒くらい見つけた程度には慣れた」
「すっごい慣れてるから、それ」

 思わず突っ込んでしまった。すると彼は静かに微笑した。
 法学部の連中は無表情で理屈っぽいイメージだったから、なんだか少しテンションがあがった。面白そうな相手だ。

「紺はこれから食事?」
「ああ。一緒に行くか?」
「もちろん」

 こうして僕達は、初めて食事をした。
 そして、僕の大好きな女の子の話になった。

「へぇ! じゃあ医学部に君の彼女が今年入学して、双子の妹が院にいるんだ。紹介して!」
「その内な。妹は法学部の、きっと噂のもうひとりと付き合ってる」
「なにそれ、面白いね」

 紺も昔は遊んだらしいが、今は彼女一筋だという。
 僕は、全員が好きすぎて、誰とも付き合えないんだと悩みを話した。
 紺は爆笑しながら聞いてくれた。

 その後、僕は二年時までのノートを全部あげた。
 ちなみに僕は、それを兄からもらったのだったりする。
 講義内容は同じなのだ。

 そもそも僕は、小さい頃から叩き込まれているので、ただの学歴泊付のためだけに通っているので、飛び級もいくらでも可能だが、あえてしないだけである。目立つと人生は面倒な場合もあるし、逆に損をすることもある。損得の計算で生きているので、これもまた、計算通りであえる。その反動なのか、性的には僕は自堕落だ。

 紺と毎日かぶっている講義は一緒に出るようになった。
 そういう場合は、昼食も一緒だ。
 教授の前では僕たちはいい子だが、ほかはさんざん遊び歩いた。女遊び以外!

 そんな中で、ある日土曜に、法学の院に真面目に進んだもうひとりの天才を紹介してもらえることになった。こちらは、非常にイケメンで、まぁ人種が違うのでなんともいえないが、紺に匹敵するような整った顔立ちのドイツ人だった。僕も容姿には自信があるけど、方向性が違う。冷静沈着そうで頭が良さそうな外見をしていた。物静かそうだ。

「はじめまして!」
「――はじめまして」

 紺が何故僕達を引き合わせたのか、最初は分からなかった。だって僕と正反対のタイプなのだ。だが、話しているうちに、そうでもない気がしてきた。

「ジェイクって、すっごい話しやすいね。聞き上手? なんなの?」
「俺が話しやすい? 人生で初めて言われた。それはルークじゃないのか?」
「うん、まぁ、僕はよくそう言われるけど、僕がそう思うことは少ないんだよねぇ」
「確かに言われそうだな」

 紺とはもちろんかなり親しくなっていたのだが、僕はこの日、さらに親しい友人が出来てしまったのだと、後にわかった。紺は、そこまで考えていたのかは知らないが、その初日の用件はこれだった。

「まず、ジェイクは俺の妹と付き合ってて、どちらも恋愛初体験」
「ぶは」
「そしてここにいるルークは、下半身ゆるっゆるで、恋愛経験豊富系。手ほどきを頼む」
「……紺。俺は頼んだ覚えがない、そこまで」
「友人として、後兄としての気遣いだ。気にするな」
「礼を言ったわけじゃない」

 一人でひとしきり笑ったあと、僕はなんでも聞いてねと告げた。
 こうして毎週土曜日、僕らは恋愛話に花を咲かせるようになった。