【7】
それから、天皇皇后両陛下(つまり両親)と、宮内庁の僕担当職員及び別のお偉いさんを呼んでもらうことにした。幸い本日の公務は都内で、既に終わったところだった。
――この場にいる人々は、皆、素を知っている。
「実は、結婚を考えている方がいるんです」
僕の言葉に、周囲がざわついた。一番驚いたのは父だ。
「ええええええええええええええええええええええええええええええ!? け、結婚!? その歳でかい? 若くないかな? 今の時代じゃ! 僕の倍近くも早いよ! っていうか出会いとかあったの!? 妥協はしないほうがいいよ!」
実は、天皇陛下、かなり愉快なお人なのである。
国民にはとても見せられない。
「どんな方なの?」
皇后陛下は、腕と膝を組んでいる。上目線だ。これも国民には見せられない。
「スイス留学時に一緒だった、現在東大理Vの四年生で、来年からは修士課程です。僕と同じ研究室です。彼女の修士課程が終わった段階で婚約発表、僕の博士課程が終わった後に結婚をと考えているんですが、とりあえず一年間付き合ってみようと思うので、調査をお願いしてもいいですか? 二年目からは、内々の挨拶や顔合わせがあると思うので」
「政宗議員の所の春香さんは恋人がいるようだけど?」
「もう一人の方です」
僕の声に、母が沈黙した。両陛下は、やはりノーマークだったらしい。
しかし宮内庁職員連中は、予想通り調べていたようだ。
「雛辻礼純さんです。端的に申し上げますと、オーウェンの現社長夫人の実の姪で、日本一のIQの持ち主である雛辻唯純氏の孫で、本人は、世界一のIQの持ち主です。つまり、天才です。また、非常なる美人です。柔和な印象で、優しげです。スイス留学時に、こちらで数えていた分だけでも三十カ国後を日常会話を流暢にこなせるレベルで習得なさっておいででした。中一までは地元公立校、中二から中三が殿下とともにスイス、高校は、正宗議員のお父上が保証人となり、春香さんと共に学習院高等部をご卒業し、東大にストレートで入学していらっしゃいます。実父は地元中学校の数学教師で、実母は防衛大出身のエリートの空佐で、初の公務員令嬢という話題性もあります。唯一の欠点は、天才すぎて、ほうっておくと周囲が理解困難な話をする点と、飽き性である点、予測ですが生活能力や家事育児能力に欠ける点ですが、台本があればうまくこなせると考えられます。一時間程度なら、家族風景も演出できるかもしれません。出会い方もばっちりです。なお、礼純さんもご存知ないでしょうが、雛辻家は元は華族で、その前も歴史あるあの土地の名士です。一番古い歴史は、風土記まで遡ることができます。確定しているのは平安。貴族でした。現在も総資産は、非常に豊富な、大金持ちでもあります。そのためご実家でも、また高等部でも、徹底的にマナーを仕込まれているご様子です。実家の教育のおかげか、高等部では中等部時代に習ってきた生徒よりも、洗練されていらっしゃいました。得意な楽器はピアノです。プロ級の腕前だったとの記録があります。中一の発表会の際、そちらでの留学の誘いもあり、スイスを選んだという経緯があります」
……僕が想像していたよりも、職員たちは乗り気だった。
父は、目を丸くしている。
「ちょっとすごい経歴だね……柾仁を天才だと思ってたけど、上には上が居るというか、人類は進歩してるんだね……へぇ」
「そういうことなら、彼女の卒業に合わせて婚約発表でいいんじゃないのかしら」
母の言葉に、そこなんだよなぁと僕は思った。
本音を言うと、あと一年、ヤりまくりたいだけだ。子供のプレッシャー無しに。
だが、もうひとつ、尋常ではなく大きくてやばい問題があるのだ。
「――実は、まだ付き合ってないんです」
「「「「「「え!?」」」」」
「ただ本日、思いあまって、訴えられたら僕が負けるレベルで押し倒してしまって。強姦と言われて、ここにパトカーが来ても、僕は驚かないです。赤裸々ですが」
「「「「「「えええええええええええええ!?」」」」」
「今日まで自分の気持ちに気づかなくて」
「待って、柾仁。一人の父親として聞くけど、合意とってないの? 優しくしてあげたの?」
「強引に取り付けたというか、言わせたというか。物理的には優しかったと思いますが、彼女の心はズタボロじゃないでしょうか。初めてがこんな形ですからね。だけどそこがまた可愛くて」
「ちょ、のろけてる場合じゃないだろう! なんてことだ! 結婚どころか、男として、謝りに行け、このバカ!」
「いいえ、謝ればこちらの非を認めることになりますわ。強引であっても合意をとったのですから、どうとでもなります。このままなんとしてもお付き合いに持って行きなさい。二年は待ちません。一ヶ月だけ待ちます。いいですね?」
「ちょっと皇后陛下! 僕、君の夫としていうけど、君は、女性の側にたつべきじゃないの? お嫁さんだよ? 皇太子妃殿下だよ?」
「皇后陛下、せめて半年」
「……二ヶ月」
「……四ヶ月」
「「三ヶ月」」
「ちょっと君たち僕のお話聞いて! 僕が天皇陛下なんだけど!?」
「わかりました。三ヶ月待って、四ヶ月目にこちらで食事会、五ヶ月目に先方の周囲を固め、半年後に内々定、卒業と同時に婚約発表。このスケジュールね」
「振られた場合と、食事会で両陛下が気に入らなかった場合は、どうします?」
「振られたらというか、今回の強姦自体に関して本日から法律の専門家に意見を求めるわ。振られたら、その時点で賠償金をお支払いして、口止めよ。あたりまえでしょうが。気に入らない場合というのは、気に入らなくても迎えるから気にしなくて良いわ。とりあえず後継を設けてくれれば良いもの。両方高IQなら、そこそこ頭のいい子が生まれるでしょうし、調査が正しければ、顔もいい子供が生まれるでしょうし。性別は、人工授精で必ず男の子が産まれるもの。ひとり産んでくれれば、あとは国民の前でだけニコニコしてくれれば中身は問わないから。あんまりにもおかしくてとても皇后が無理だとなれば、病気になってもらうしかないわね。ひきこもって過ごしてもらうだけよ」
「なるほど」
こうして、一番困難かと思われた皇后陛下も許可してくれたので、不安は消えた。