【12】




 なーんってことよりも、である。まさかの両思いだ!
 泣きそうだ、どうしよう、すごく嬉しい。

「礼純さん。よくお聞きになって」
「はい!」
「男性というものは、皆、変態なのです!」
「え?」

 僕と父は、母の声で我に返った
 ん? どう言う展開になるんだろう?

「ベッドの上では、豹変するのです。場合によっては、その辺の壁とかでも!」
「!」
「そしてネチネチネチネチ嫌がらせのような意地悪な言葉を吐いて人を泣かせて喜ぶ生き物なのです!」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ! 本当です! そしてそれは、嫌いだからではなく、大好きだからなのです。好きな子ほど、いじめてしまうのです。それも年齢はいい歳なので、意地悪く性格悪く肉体的にも精神的にも、女性を追い詰めて喜ぶのです。男とは、そう言う存在です!」
「知りませんでした!」
「そしてたまに優しくなるのです。アメとムチと本人は思っているらしいのですが、こちらからすれば、ひどいはなしです! 好きなのか嫌いなのかわからないんですもの! 最低!」
「私もそう思います! ひどいです! 五分の四が意地悪で、五分の一が優しいんです!」「せめてその配分が逆だといいとは思わない?」
「思います! どうすればいいですか!?」
「簡単よ! 結婚を前提にお付き合いすればいいの!」

 母、強引に持っていった! 僕は吹き出した。納得する礼純もアレだが、母もアレだ。というか、僕のIQは母ゆずりであり、母は僕以上にアレだ。紺いわく、完全にアレがはいっているっぽいとのことで、母の場合は、それが演技に向いているらしい。

「なぜですか!?」
「逃さないように必死になるからよ! 結婚すれば、さらに優しくなるわ!」
「本当ですか!?」
「ええ! 私、礼純さんのような可愛い娘が欲しかったの! だからぜひお嫁さんに来てください!」
「は……え? ちょ、ちょっとお待ちください。私では身分も中身も分不相応ですので、皇太子妃殿下になるなんて、無理です! それ以前に、皇太子殿下が、私を好きか、まだはっきりと分からないです!」
「ここは開放的な皇室で、身分なんか関係ないの!」

 よく言うね、母さん!

「中身は、柾仁が選ぶものだし、同時にあなたにも選ぶ権利があるの。恋愛は、男女対等なものよ! もしも皇室の儀礼についておっしゃっているなら、私がいくらでも教えて差し上げますし、宮内庁が万全の体制でバックアップします! だから、問題は、あなたと柾仁の気持ちだけなの。礼純さんは、柾仁が好きなのよね?」
「はい」
「では、プロポーズをお待ちになって。大丈夫。これは母としてのカンよ! 今日のお話は、誰にもしないわ。柾仁には、特に絶対にね! だから安心して。柾仁を信じて! あの子は、決して好きじゃない女の子を押し倒したりする子じゃないわ。思いあまって告白する前に、押し倒してしまう場合があったとしてもね! そういう部分は、あとで礼純さんが本当の娘になったら、私がしっかり柾仁を怒ってあげます! 私はあなたの味方よ! 忘れないでください!」
「ありがとうございます!」
「それではそろそろ戻りましょうか」
「はい! 本当にありがとうございました!」

 ふたりが立ち上がったので、油絵は元に戻った。僕と父は、きっちり時間分食べておいた。怪しまれないふりだ。出てきたふたりを気にせず、さもずっとしていた風に世間話を開始した。

「なるほど。陛下も奥が深い」
「柾仁。何年たっても、ピアノは良いんだ――やぁおかえり、皇后。礼純さん」
「ただいまもどりましたわ、陛下」
「おかえりなさい、皇后陛下、礼純さん」
「お時間を頂戴し、ありがとうございました」

 そこからまた、完璧な会話が始まった。
 礼は真面目な話、天才だ!
 会話もできるし、これなら、どこにだって外交に連れて行ける。
 続いて、僕はトイレに、母はピアノの楽譜を取りに行く感じで、少し時間をずらして席を立ち、別の部屋で合流した。

「ありがとう、母さん」
「よかったわね、両思いで。まさかこの展開は予想していなかったけど。何よりあの子、かなり皇族に向いていると思うの。逃してはダメよ」
「わかってるよ。僕も今日尚更確信したっていうか、それより両思いでしかも片思いされてた事実が嬉しすぎてどうしていいかわかんない」
「私が暴露した感じで何か言ったら許さないわよ。こっちにも計画があるんだから。これから立てるんですけれどね」
「とりあえず今日、帰りに送っていって、そのままプロポーズしてくる」
「頑張りなさい。失敗したら、もう一度、最初から完璧に計画を練って食事会よ。あの子が落ちるまで、繰り返しましょう」
「ありがとう」

 こうして宮内庁職員から、手配しておいた婚約指輪を受け取り、それをポケットに入れて、僕は礼と車に乗った。

「はぁ、緊張した!」
「とてもそうは見えなかったけどね。両陛下に会う練習をしてたみたいに完璧だったよ」
「練習!? 練習方法なんかあるんですか!? こんなの、私と春ちゃんくらいしか、できない芸当ですよ! いきなり会っちゃうなんて!」
「――春香も今日の君みたいな話し方ができるの?」
「高校生の頃、殿下のものまねをみんなでしたんです! 私が一番似てて、二番目が春ちゃんで、三番目は、殿下の知らない女の子です!」
「……どういう経緯でそんなことを? 君、女子高の出身だよね?」
「もしも殿下のお后様のような高貴な方の奥様になった場合に備えての練習という特別秘密授業があって、高貴な方は殿下しかしらなかったので、ものまね大会だと気づいた瞬間から、殿下の顔をいっぱい思い出したんです!」
「そんな授業があったんだ」

 即廃止命令だそう。完全に、僕のお后様候補選びだったな、それ。今回はちょうど良かったけど、なんてこった。まぁ、付け焼刃で礼のレベルは無理だろうけどね。ニコニコ笑いながら、僕はそんなことを考えていた。

 こうして、雑談しながら、僕らは研究室へと戻った。
 そして合鍵で中に入った。マスターキーから勝手に作っておいたのである。
 礼は特にその事実には気づいていない。

 あとは、どうやってプロポーズするかだ。なんて言おうかな。

 簡易キッチンに立ったまま腕を付いて、頬杖をついた。