【1】
私には従兄弟姉妹が六人いる。その全員が美男美女と言って良い。一人だけ、末の女の子が小学生みたいな風貌だけど。私がドイツに帰国した時、オーウェンの家に残っていたのは、従兄弟姉妹の中では、一番年上の双子の片方、私より五歳年下の長女の緑、次の双子で七歳年下の三男の白、末の双子の九歳年下の四男の空音だった。空音が十三歳で、今年十四歳。白が今年十六歳。緑が今年十八歳だ。
私の兄弟姉妹でドイツに残っているのは、すぐ下の双子の次男の都馬。十九歳。一番下の双子の三女、真奈十二歳。今年ふたりは二十歳と十三歳になる、それぞれが一卵性双生児だ。私は二十二歳で、今年二十三歳になる。佳奈という。
ほかに私の両親の実奈と優馬が一緒に暮らしているので、合計八人がオーウェン家にいることになる。実は、私はアメリカにばかりいたので、あまり彼らのことを知らない。両親と都馬とは一緒に暮らしたことがあるけれど、妹と暮らすこと自体も初めてだ。会ったことは当然あるけれど、これから家族として生活する実感がまだわかない。
白は後半年と少ししたら、アメリカに行く。
緑も一年と少ししたら、イギリスに、こちらはプロジェクトで行くことは聞いていた。
紺(一番上の従弟の兄)と優馬(すぐ下の双子の長男)と、私の兄の亮馬とはアメリカで生活したことがある。つまり私の具体的に知る従弟は紺だけだ。紺は、天才だと言っていい。そして、私が知る中で、顔が似通った一族とはいえ、もっとも優れた容姿の持ち主だ。だから男好きの私は、白と空音に会うのが少し楽しみだった。日本人は二次成長が遅いけれど、白はもう充分大人だろうし。だから特に白に会うのが楽しみだった。子供には興味がないけれど、幼くとも見目麗しければ相手をしてあげてもいい。私はSEXが好きだ。
さて、なぜ私がドイツに戻ってきたかというと、ある感染症の研究プロジェクトに興味を持ったからだ。私もいろいろ勉強してきたけど、最初は循環器で、最近は呼吸器。主な専門は、今でもこれらだけど、どちらも発症後には私が対処することになる。その対応策を練るのが私の仕事だ。この感染症を発見したのは、私もかつて学んだドイツの超難関医大の血液学研究室の教授。自身も罹患し、先日亡くなった。共同研究していた免疫学研究室の教授が治療にあたったが、助ける手段はなかったから、サンプルを取って終わった。この若き教授は、ドイツ人で三十二歳。私の大学時代の同級生だ。彼の進学速度でも、本来ならば早すぎるし、彼もまた天才と呼ばれているのだから、私の一族の才能が特別に秀でているとしか言いようがない。ルドルフだ。ルドルフの所で免疫学をの専門医を取得したあと、血液学の研究室で専門医を空音がとり終わった年に、これらの出来事は起きた。後任の血液学の教授はこの分野に無知なので、実質感染症研究を引き継いだのは、空音とルドルフだ。ルドルフが主軸だとばかり私は思っていたが、後に違うとわかる。
それはともかく、従弟妹達に会うのが、実の弟妹よりも楽しみだった。
緑は、シェリル・オーウェンという名前でモデルをしているのだ。アメリカですら名前を聞く。そして芸能人セレブのゴシップは各国で大人気だから、身元を隠してやはりモデルをしている白(ウァイト)と空音(ソラ)との三角関係という大誤解スキャンダルは、何度も世界規模で報道されているのだ。シェリルの画像や映像ばかり流れるから他のふたりの顔は、まだ見ていないんだけど。具体的内容は知らないけれど、シェリルは確かに年下とも釣り合う程度に若く見えるから(まぁ実年齢も若いけど)、空音が子供でもうわさになってもおかしくないのだろうと私は思っていたし、きっと白は大人っぽいのだろう。
そんなことを考えながら、何か面白いことがある予感にわくわくしながら、空港へと降り立った。そしてスーツケースを引きながら歩いていて、思わず足を止めた。大きな窓の正面、背の高い観葉植物の手前。顎に手をそえ、その肘にもう一方の腕を横にし手をあてた男性が立っていたのだ。日本人離れしたすらりと高い背、完璧なスタイル。少し細いほうかもしれないが、それすらも、完璧さを彩る要素だ。しかし何よりも、顔に釘付けになった。私たちの一族の男性は、皆容姿が秀でている。だが、別の系統に思えるものの、確実に引けを取らないどころか――……あるいはその上を行くかも知れない。
私たちの一族に多い切れ長の目なのだが、日本人的で少しだけ大きい。大きいのに切れ長の目なのだ。すっと通った鼻筋と薄く形の良い唇は、完全に私の知る一族の男性とは異なる。私は、日本人や日系人の中で、最も見目麗しい人間は、現在のところ紺だと思っていた。しかし全く別の系統だというのに、そこにあったのは、完璧な美だ。なぜ即座に日本人だとわかったのかは我ながら不明だが、直感がそういったのだ。私は直感をはずしたことがない。漆黒の髪も指の一本一本も、なにもかもが完璧だった。服のセンスも、時計を含めた小物のセンスも、靴のセンスも最高だ。
気づいてみれば、珍しくうろたえていた。男性相手にこのような感覚になるのは、初めてかも知れない。それほどまでに圧倒的な美がそこにあったのだ。二十代半ば、要するに私と同年代に見えるが、もう少し上でも下でも納得がいく程度には、年齢不詳だ。物憂げな表情の理由が、気になって仕方が無かった。
私は腕時計を一瞥した。もうすぐこの場所に、これから一緒に暮らすみんなの中で、本日唯一暇な空音が迎えに来るという。待ち合わせしている時間が迫っている。その前に、声をかけて、連絡先を聞かなければ、私は一生後悔するだろう。迷わず私は歩み寄った。すると、スーツケースの音で気づいたのか、その青年が視線を私に向けた。すると先程までの物憂げな表情が一変し、射抜かれるような鋭い目で見られた。気の強そうなプライドある男の顔だった。こういう視線には、私は慣れている。手玉に取るのが楽で良さそうだ。
「佳奈か?」
しかし直後響いた声に、私は小さく息を飲んだ。え?
私の名前を知っていて、それも呼び捨て、おそらく外見から名前を推測したのだろうし、待ち合わせ場所のここに立っているというのだから、考えられる相手の素性はひとつだ。
「はじめまして。空音?」
「ああ。スーツケースを寄越せ」
「ありがとう」
私は別の意味で動揺しながらも、男性人気が高い笑顔をきちんと浮かべた。そしてスーツケースを渡した。レディに優しくは、我が一族の男性が叩き込まれる唯一の格言だ。それにしてもこれが、十三歳? 今年で中学二年生? 見えない。おかしい。確かにシェリルの恋人と言われてもしっくりくるのは確実で、むしろシェリルより年上に見えるかも知れない。似てないし。ドイツ国内でしか活動しないと決めているというが、本気を出したら、彼こそ世界を席巻できるレベルのモデルになれるだろう。