【2】
迎えの車の中で、後部座席に二人で座った。
空音は膝を組んで、腕も組んでいる。ニコリともしない。後に知るが雑誌の撮影で、ごくたまに意地の悪い笑顔を浮かべる意外は、基本的に笑わないのだ。あとは、あんまりにも周囲が馬鹿な時も嘲笑うことはある。それを除けば、緑の恋愛方面の鈍さにひきつった笑みを浮かべるくらいで、滅多に笑わないのだ。
非常に気が強くプライドの高い俺様。それが鏡花院空音だった。
自宅について、ほかのみんなにもあった。
緑は、雑誌等で見たとおりで、中身はそちらとは印象が少しかわり、明るく気さくに知的な会話をしてくれる。私は親しい女の親友を得ることに成功した。女の嫉妬は面倒だが、緑は対等あるいは彼女のほうが秀でているので、そういう関係にはならなかったのだ。
一方の白は、目元以外は私たちの一族の血を受け継いでいた。ただしその目元のおかげで、たいへん柔和で優しげに見える。ただし男性らしさはきちんと残っている。こうやって三人を見れば、それぞれ部位は似ていたから、確実に妹弟だ。白は空音とは正反対で、暖かく笑っている場合が多い。しかしその目が、私を値踏みしているのがわかった。私の値踏みし返した視線に気付いた彼は、私を誘った。
到着したその日、私は白と寝た。
白は非常に上手かった。彼は私と似通った性衝動の持ち主で、口の硬そうな相手を選んでは、性欲を解消しているらしい。遊びなれていた。そして相手選びも非常にうまい。互いに恋人もいないが、別にほかの誰と肉体関係をもとうが気にならない。つまり、安全なセフレとなったのだ。一人一部屋あるし、特に誰にもきづかれなかった。この日はそう思っていた。
翌日から、私は空音と研究室へ行くことになった。
そしてようやく、ルドルフ主体ではなく、空音主導で研究が進んでいると理解した。
「ふざけるな、そんな理論は寝言でも許されるレベルじゃない。一体それで、どこの誰が助かるんだ? あ?」
性格が極悪としか言えない空音は、自信家であり、全てをしきり、どんどん進めていく。なにもかもが完璧だ。白衣で血液のチェックをする空音が、真剣な顔でビーカーを持つ手。その指。完成された美であると同時に、それ以上の才能が怖い。私の従弟姉妹達は皆天才だから驚かないが、それを踏まえても、洞察力と集中力が群を抜いている気がした。ほかは噂で聞いた程度だけど。研究対象が感染症対策だから目立った成果こそ無いし、腕前を周囲から賞賛される機会も無い。だからあまり話に登らなかっただけで、空音の才能は、間違いなく本物だった。
空音が研究室を私よりも先に出るのは、モデルの仕事が入っている日だけだ。
そういった日、私は空音の性格の悪さと才能を語り合いながら、再会したルドルフと寝た。顔と頭がいいとはいえ、性格破綻者の嫌な男という認識を空音に対して抱いていて、既に空音の年齢など忘れきっていた。ルドルフは誠実な男性だが、性欲の解消は健康のために必要だと考えているタイプなので、こちらも互いにセフレである。そもそもルドルフは緑が好きなのだ。しかし、告白しても気づいてもらえていない。そして私は、協力する気などない。ルドルフ程度では、緑はもったいなさすぎる。ルドルフの気持ちは、私しか知らない。
そんなある日、緑と白が二人きりで食事をしていた写真が、スクープとして雑誌に載った。熱愛発覚というよりも、緑の本命は白だったのだという報道だ。恋愛に疎すぎる緑は、自分がモテないと信じきっているが、実はそんなことはない。非常にモテる。しかし悪い虫がつかないように、白と空音がそれとなく守っているらしかった。
「大好きな女性と二人きりで食事をして何か問題がある?」
カメラの前で、白はいつもどおりの笑顔で言った。国内が騒然となった。
「家族として、姉として大好きな」と言わなかった。
一方の緑の事務所は、今までどおり黙秘で、この件は緑もノーコメントを通している。
緑は、白のイメージ戦略だと信じていた。
白のイメージは、遊人だからだ。数々の浮名を流してきたらしい。年齢も非公開。
白の側も、ついに本命現るとされて、大ニュースになった。
ちょうど私というセフレができたので、寄ってくる周囲が面倒だったらしく、白は乗り気だった。また、近々アメリカに行くから、破局報道をリークする予定だと、ベッドの中で私に教えてくれた。
それから数日が過ぎたある日、珍しく空音と私は研究室で二人きりになった。
ルドルフは出張だ。白も、ここの所、専門の神経医の仕事が忙しいらしく、帰宅時間が合わない。多分それもあったのだろう。改めて空音を見て、研究がこの日の分までひと段落して彼が顔を上げたとき、ムラっとした。目があったとき、ゾクッとした。
「なんだ?」
「空音は、恋人がいるのかしら?」
「――白とルドルフが多忙だから、次は俺か?」
冷ややかな眼差しで言われて、私はがらでもなく驚いて、目を見開いた。
気づかれていない自信があった。なのに、一体いつ気がついたのだろう。
あのふたりが言ったとは思えない。
「どういう意味かしら?」
「どちらも何度か遭遇して立ち去った。近場で探すのはやめたらどうだ? 迷惑だ」
失笑しながらそう言って、空音は先に帰っていった。
しばらくぼんやりと、一人で研究室にいた。
近場だからというわけじゃない。白とルドルフは、都合が良かったからだ。
だが、空音に関してはどうなのだろう。近場だからなのだろうか?
近場にいる人間複数と関係を持つことの面倒くささは、私が誰よりもよく知っている。そう思う。一族中が知っている、スーツケースを持ってあげるなみの常識だ。常識がないことで評判のオーウェンの中で、周知されている数少ない事柄の一つだ。そして私もこれまでの人生で、近場ということを理由に、関係を持ったことはない。恋は別だけど。
――恋?
いいやまさかと私は一人笑って小さく首を振った。近い場所にいる空音にゾクリとしてしまったのは、単純に彼の容姿のせいだ。
その後、ルドルフが帰ってきてからも、白が帰ってきてからも、別に空音は態度を変えなかった。これまで通りの俺様だ。白にだけこの話をすると、別に驚かれなかった。空音は兄弟姉妹で一番鋭いというのだ。ただし、緑によく似て、性的な方面は疎いというか、興味がないらしい。
「俺のことを、下半身ゆるゆるの正欲の塊だって言うんだ。プライドが高いから、相当なレベルの女の子じゃないと相手にする気もおきないんじゃない。処女とか好きそう。佳奈なら充分レベルに達してるけど、遊んでるからダメなんじゃない?」
といって白は楽しそうに笑っていた。
つまり私たちとは人種が違うということだ。とても納得した。
――私達は、実の兄である白でさえも、空音がまだ、やっと十四歳になったばかりだと、すっかり忘れていた。見た目も頭脳も、大人としか言えなかったし、少なくとも私達が知る外側の性格は、極悪とはいえ、完全に自信家の大人だ。