【3】
こうしてあと一ヶ月ほどで、神経が犯される難病の研究プロジェクトで、白がアメリカに行くことが決まった。国内で次のスクープが報じられたのは、その頃だ。我が家に一緒に入る緑と空音が激写されたのだ。オーウェンの家なので、緑の家に空音が一緒に入ったということだ。空音も身元を隠しているし、年齢も非公開だ。白と空音が非公開にしているのは、年齢はイメージのためだが、他は研究に差し障るからだ。研究室に報道陣に押しかけられると困るからである。緑はそれを売りにしているので別だし、分野が別段公開しても問題のない精神医学だ。
この報道に、相変わらず緑も緑の事務所も黙秘。
「一緒に暮らしているのに、帰宅時間がそろった状況で、一緒に帰宅して何が悪い?」
報道陣の前で、空音は一喝した。
事実だし、正論だ。事情を知っている私達から見た場合。
しかし周囲は、緑と白の破局報道と、緑と空音の熱愛報道、三角関係の話で持ちきりだった。私は知っている。リークしたのは白だ。こうして白の計画どおり、失恋心を癒すためという感じで、白はアメリカに旅立ち、国内の多くの女性ファンを泣かせた。男性ファンも多い空音に関しては評判が上がった。しかも緑は、末の弟に特別に甘いので、尽くしていると周囲は勘違いし、結婚秒読み説が流れ始めた。
緑と二人で食事をしていた時、私はそのことをからかった。
「弟ふたりと熱愛報道、ふふっ、どんな気分なの?」
「そうねぇ。即刻否定したいけれど、弟達のイメージ戦略だし、姉としては、協力しないとね」
やはり彼女は、自分の虫除けだとは気づいていない様子だ。
「――まぁ俺様ナルシストで外見に自信がありそうな空音がモデルをしているのはわかるけど、少し遊びづらくなるのに白がモデルをしていたのは不思議ね。どういう経緯であの二人もモデルになったの?」
ただなんとなく思いついて聞いてみただけだった。
「あら? 最初にモデルを始めたのは空音よ」
「そうなの」
やっぱり外見に自信があったんだなと、私は思わず笑った。
「家族の誰にも内緒で、事務所には年齢を嘘ついて、紺の生年月日で始めたの。今は私の事務所と空音の事務所は知ってるけどね。十歳の頃よ。十六歳のフリをしたの。日本人の十三歳くらいには見えたし。私達は誰も気付かなかったんだけど、十二歳で成長しきって大人気になったから、流石に気付いたわ」
「その頃から外見に自覚と自信があったのね」
「私も空音が一番顔が整ってると思うんだけど……そうよね!? 外見、素晴らしいわよね!? 姉弟だから私にだけそう見えるわけじゃないわよね!?」
「あたりまえでしょう。これだけ人気だし」
「……なのに本人には、その自覚がないみたいなの」
「……え?」
「父さんとか、父さん似の紺や青のほうがかっこいいと信じてるし、外見には特に自信がないみたいで、本当に困るの。変な女が寄ってくるから、何度私が恋人のフリをしたことか!」
「……逆じゃなくて?」
「逆もあるかもしれないけど、空音に限っては、私が大多数よ! 尽くしてるなんて説まで流れてるもの! 違うわ!」
「……末の弟だから可愛がってるんじゃなかったの?」
「違うわよ! 私は、兄弟妹、みんな平等に愛してるわ!」
「……」
「何度鏡を見るように言っても、そんなにモデルに向いてないかとしか言わないの。そうじゃないのに! 変なところがママに似ちゃったの! ママも自分が美人だってわかってないんだもの! 言っても言っても、お世辞だと思ってるの!」
「信じられないわよ。本気で言ってるの? あなたの前でそういうふりをしているだけじゃないのかしら?」
「嘘だと思うなら白にも聞いてみて! 私と白は、いつもいつもいつも、それで悩んでるの!」
「……ええ、そうするわ」
「それで家族にバレて、研究に支障が出ない範囲なら好きにしていいって話になって、ある日忘れ物を届けに行ったら、私がその場で今の事務所にスカウトされたの。私は容姿にきちんと自覚があるから、やってみることにしたわ。なぜなのか全くモテなかったから、モデルになったらモテるかと思ったの! なのにモテないの」
「そ、そう」
泣きそうな緑に、それは、あなたこそ母親に似て鈍いのだと教えてあげようかと思って、やめた。
「そうしたら、私達二人じゃ心配だからとか言いつつ、絶対に面白がってだと思うんだけど、白も始めたの。結果的に私と白のほうが当時は時間に余裕があったから、たくさん仕事をしたの。その結果、空音と同じくらい人気になったんだけど――……空音から見るとそれも、自分より私と白のほうが外見的に魅力があるからだということみたい」
「……」
「しかもね、私と白はモデルの仕事が案外楽しいから、そういう話をしていたら、空音が聞くの。どうやったら、楽しめるのかって。空音、本当はやりたくないみたいなの。だけど、スカウトされた時の年齢もそうだけど、ほかのバイトは難しいし、救急のバイトをするなら研究室に行くように言われるから、モデルしかないのよねぇ」
「どうしてバイトする必要が?」
「空音は、感染症が流行してる現地で直接研究したいらしいんだけど、全員大反対していて、誰も金銭的援助をしないと断言してるし、研究室にもその方面での援助はないはずよ。だから旅費と滞在費を貯めてるの」
「え!? どうして!?」
「私も不思議なの! どうしてダメなのかしら!? 危ないからなのかしら!?」
「確かに危険だけど、私たちの家族が、それを理由に反対!? ありえない!」
「でしょう!? 空音だけ、ダメなの! ひどいと思わない!?」
「思うわ! なるほど、それでモデルを……え? 理由に心当たりは?」
「空音の見解だと、兄弟姉妹の中で唯一、目立った成果を上げていないからだろうなって言うの」
「どういう意味?」
「紺は資格マニア、私は精神医学の権威、ほかの三人も、国際的に研究面でそこそこ名が通ってるでしょう?」
「空音も充分通ってると思うけど……まぁ確かに私も、ルドルフが主体のプロジェクトにいるのだとばかり思ってきたのは事実ね。言われてみれば、確かにみんなは違うわ。だけど現実的には、空音がいなければ研究は進まないし、それこそ家族の方がそれはわかるはずよ。なのに、それを理由に反対するかしら?」
「だから変なのよ!」
「そうね」
それからは別の雑談をし、私は次に白がドイツへ来て会った時に聞いてみた。
「うん。外見の自覚に関しては、空音は緑の恋愛に対する鈍さと同じくらい鈍いんだよね。ただ、性的に緩くないから、虫除けは必要ないんだけど」
「本当だったのね……」
「そうなんだよね……けど寄ってくる女の子は、ただのドMか男好きで、B専だと思ってるみたい」
「えええええええ」
「なんで顔があんなにいいのに気づかないんだろう。確かに父さん達もかっこいいけどさ。レベルが違うのに。方向性も違うけどさぁ、それにしたって……俺と空音は国内を二分するライバル的大人気なわけだけど、それこそが戦略で空音のほうが人気なのに、本人は気づいてない。口では当然だとか言ってるけど、全くそんなこと思ってない」
「どうしてそんなことが分かるの?」
「小さい頃から、自分だけ父さんに似てないのを気にしてて、DNA鑑定を覚えてたから」
「なっ」
「母さん側のおじさんの写真を見せて、そっくりで、目元だけちょっと父さん似だけど、ほとんどあっちの感じだから、お母さん似なんだってみんなで教えたんだけど、納得してたけど、じゃあ一生このままなのかって感じで、絶望した感じの顔してたよ」
「……」
「まだ四歳くらいの頃の話だし、今は言わないけど、たまに家族の写真とか見てるときって、だいたい絶望してる顔だから、同じこと思ってると思う。だから写真とか大嫌いなんだけど、よっぽど研究費貯めたいんだろうね。それでいやいやなのにモデルやってる」
「そもそもどうして行かせてあげないの?」
「実奈叔母さんと父さんと祖父母と……紺と青まで反対してるんだ。このメンバーに反対されたら、無理じゃない? というか、紺がまず意外すぎるし、青までっていうのは呆然とした」
「え? 全員、一番応援しそうなのに!?」
「だから不可解なんだよね。しかも、お金はなさそうだけど、絶対反対なんかしないタイプの雛辻のお祖父ちゃんまで反対なんだよ」
「え……」
「多分、何かあるんだと思う。言えない、何かが」
「……」
「そしてあのメンバーは口が堅い。空音自身にも理由は知らされてない。だから俺にも緑にもどうしようもできない。お金かしてあげるのは出来るけど。反対してるメンバー的に、空港が封鎖されて物理的にどこにも行けなくなるのは確実」
その後白はアメリカに帰っていったし、秋に緑はイギリスに行った。
母の実奈に私はそれとなく聞いたけど、それとなく濁された。
なので深入りしないことにし、研究室での日々を過ごした。