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 ――まぁ端的に言うならば、遭難などの紆余曲折を経て、今に至るわけである。

「っ……ぁ……や、や、ァ!!」

 存沼が繋がったままの体勢で、俺を押し倒した。
 中で激しく動いた陰茎の感触に、ガクガクと震えた俺は、存沼にしがみつく腕に、さらに力を込めた。襲いかかってくる快楽が怖くなり、気づけば思わず存沼の肩をひっかいてしまった。けれど、そんなことを気にする余裕は、とっくに俺からは消えていた。

「うあ、あ」
「誉、お前は本当に綺麗だ」
「や、やだ、うあン――」

 存沼の言葉に、俺は涙で滲む目を向けた。
 触れられた頬に生まれた悦楽に飲まれそうになる。別に存沼に触られることなんて、これまではごくごく普通のことだったはずなのに、今はいちいち体が反応してしまう。

「は、ぅ」
「辛いか?」
「……っ……マキ君、も、もう、僕、ンあっ」

 なぜ辛くないと思うのだ。辛いに決まっているではないか。けれど最初の頃の辛さと今の辛さは全く違う。気が狂いそうなほどの快楽に襲われ、眼窩がチカチカと白く染まるのだ。

 ――もう放ってしまいたい。

 熱い吐息をはきながら、俺はそれを何度も訴えようとしているのに、上手く声が出てこない。存沼の温度に全身を絡め取られ、情けなく震えるしかできないのだ。背がしなる。

 存沼が激しく動き始めたのは、その時のことだった。

「ンあ――!!」

 思わず悲鳴を上げたとき、俺の乳首を口に含みチロチロと舐めながら、片手で存沼が俺の陰茎を軽く握った。

「やだ、やだよっ、待、も、もう僕――ンアあ、あ」

 目尻を涙が伝っていく。だけどそれは痛みからでも何でもない。気持ちがいいからだ。紛れもなく気持ちがいいからだった。俺の体が存沼の手で作り替えられていく気分だった。

「まだ答えを聞いていないな」

 その時不意に存沼が動きを止めた。突然止まった律動に、俺は気づけば自分の腰が僅かに動いていることに気づいた。――答え? なんだろう? そんなことより、もどかしい体が、存沼を求めていた。

 もう果ててしまいたいのに、ギリギリのところでそれができない。

「――ちゃんと、俺のことを好きだと、言って欲しいんだ」

 そういった存沼の瞳は、本当に真剣だったのだけれど、吐息に乗った笑みは苦笑したもののように思えた。存沼は今更何を言っているというのだ。この俺が、好きじゃない相手と、体を繋ぐわけがないだろうに……。俺の心は、もうとっくに存沼に絆されているのだから。




 さて、二日目。
 俺たちはスノボウェアを着込みながら、話し合った。

「歯磨きはどうする?」

 存沼がものすごく真面目に言った。組んだ指を、膝の間においている。そして身を乗り出すようにして俺を見た。確かにそれは、必要なことであると俺だって思うが……この状況で歯磨きについて考える余裕が一体どこにあるというのだ!

「……歯磨きセットを持ってきたから大丈夫だよ」

 幸い水は出るしな。世の中には、水も食料もなく外で遭難する人たちだっているのだから、俺たちはある意味恵まれているのだろう。

 今はインスタントコーヒーを淹れている。
 水道から出る思いのほか熱いお湯を先ほど保温ポット入れたのだ。
 ただ、ポットの電源は入らないから、保温効果しか期待はできない。
 無論存沼の別荘にはヤカンなど存在しなかったし、仮にあったとしても火は、IHだから使えない。

「シャワーはどうする?」
「お湯が出るから大丈夫だよ」
「湯冷めするだろう。第一、ドライヤーが使えない」

 存沼、案外細かいな。しかしふと思う。存沼はサバイバルを極めるつもりは、今のところ無いようだ。これでサバイバー存沼になってしまったら、遭難から抜け出しても、連れ回されかねない気がする。キャンプくらいならばいいだろうが。絶対アマゾンの熱帯雨林だとかが、夏の旅行に加わる気がした。それよりは遺跡の方がまだマシだろう。

「誉のサラサラの髪が傷んでしまうだろう?」
「気にしないよ。ただ確かに湯冷めは問題だね」

 まぁ前世知識のある俺は、仕事で泊まり込みでの作業があったこともあるから、二・三日ならばお風呂に入ることができなくても困らない気もする。だが存沼は思いのほか、お風呂が好きなのかもしれない。

 ただ――それよりも、もう一つ大問題があるというのに。

「トイレはどうしよう……?」

 自分でそう言って、俺はコーヒーを飲んだらまずいのではないかと、ハッとした。

 この山荘のトイレだけは、さすがの存沼の別荘だけあって、高屋敷家のトイレに匹敵する豪華さだったのだが、もちろんオール電化だ。思わずポットからお湯をお椀で汲んでいた俺は手を止めた。

 幸い、まだ俺たちはどちらもトイレには入っていなかった。だが外に出て立ちションというわけにもいかないだろう。俺はそれでも我慢できるかもしれないが、存沼は絶対にやらなそうだ。というかそもそもこの吹雪では、外に出られるのかも怪しい。

 朝、念のため扉を開けようとしたら、雪が積もっているのか凍りついているのかは知らないが、全く開かなかったのだ。

「別荘の奥に、建てかえる前の汲み取り式のトイレがある。和式だ。文化遺産に匹敵する江戸時代からのものらしいから、お前に見せようと思って取り壊さなかったんだ」

 存沼が少しだけ考えるようにしてから、そう言った。安堵で全身の力が抜けていく。俺はコーヒーを二人分淹れる作業を、安心して再開した。それから存沼にもカップをひとつ手渡し、そのあとソファに座り直した。

 時計を見れば、午前七時半。こんなことならばもっと寝ていれば良かった。無駄に早起きをしてしまった。これでは一日が一層長く感じるではないか。存沼が俺を抱きしめて眠ったりするから、起きてしまったに違いない!

 そう考えたとき、腕のぬくもりを思い出して、俺は不覚にも照れてしまいそうになった。いいや、きっとこれは、もう子供ではないのに腕枕されたという羞恥であり、存沼の腕の中にいたことに対する気恥ずかしさではないはずだ!

 そうだ、諸悪の根源は存沼だ。いやこれは責任転嫁だな……存沼は俺に楽しんで欲しかったというような事を言っていたのだし、やはり吹雪のせいだ。停電のせいだ!

 そんなことを考えていたら、存沼がコーヒーを一口飲んでから言った。

「美味いな」

 嘘だろう……? 驚いて存沼を見ると微笑された。

「誉が手ずから淹れてくれたと思うと、何よりも美味しい」

 俺は静かに目を伏せた。そして菩薩を召喚しようか迷った。そう言われて悪い気はしないが、今、そんなことを言われても困るし、ここは存沼が本気で俺のことを好きだとしても、そういった話題をしている暇はないのだ。だけどそんなことを口にするのは恥ずかしい……恥ずかしいではないか。もしもただの俺の自意識過剰な考えだった場合、羞恥で死んでしまえる。

 だから俺が抗議しようか思案していると、カップを置いた存沼が立ち上がった。

 何事だ? 首を傾げようとしたとき、不意に存沼が俺の隣に立った。
 そして頬に触れられた。本当に何事だ? ただ触れたその優しい温度に、気づけば俺は息をのんでいた。端正な顔の存沼が、少しだけ苦しそうに変わり、俺を見ている。

「――俺のせいだな」
「え?」
「誉をこんなことに巻き込むとは思わなかった。悪いな」

 存沼が――あの存沼がそんなことを言った……! びっくりして息を飲む。俺様臭など消え去っていた。動けないでいる俺は、必死で言葉を探す。これは決して存沼のせいじゃないし、存沼が謝ることなどないのだ。存沼だって巻き込まれているのだからな。

「マキ君は悪くないよ。僕は……マキ君と一緒に遊べるの、楽しみにしていたから」

 本当は全く楽しみになどしてはいなかったのだが、それ以外の言葉が見つからなかった。俺だって鬼じゃない。存沼は多分俺のために、わざわざこんな場所を用意してくれたのだ。仮に下心があるにしろ……。

 俺が静かに笑ってみせると、存沼が再び苦笑するような顔をした。存沼はこんな顔もできたのか。誰よりも近くで見てきたと思っていたのだが、この状況になってから、俺は改めて存沼の様々な表情を知った気がしている。それが少しだけ嬉しい――って、だから俺は何を考えているのだ。本当。他意はない! ないよな……?

 俺の頬に触れている存沼の指先が、どうしようもなく優しいものに思えたのだった。