【十六】喪失と血脈(※/★)






 その後の丸二年、俺は数多の兵器を生み出した。樹に絡め取られる事にも慣れてしまった。二十三歳になった俺のもとに、二次性徴を終えたミネスがやってきたのは、ある秋の日の事だった。

「もう言葉も失ったようですね」
「……」
「思考は出来ているらしいですが、ああ、復讐をユーガ殿下にお願いして本当に良かった」
「……」
「兄上が孕んだ兵器の数々が、風の国と火の国を滅ぼしましたよ。もうすぐ大陸に、地の国を要とした統一国家が生まれます。少しは役に立ちましたね」
「……」
「もう兄上は用済みだ。昨日、ユーガ殿下は、兄上の魔力を完全に吸い取ったと言っていたから、今後は孕む事も無い。残りの一生、どうやって苦しめたものか」

 ミネスは、俺を恨み続けているようだった。当然なのだろう、それが。

「とりあえずは、逃げられないように、足を奪わせてもらいますよ」
「ひ、あ――ああああああ!」

 拘束されていた俺の足首を持ったミネスが、短剣で切りつけてきた。筋を切られたのだと理解し、痛みから絶叫する。

「これで兄上は、もう走る事はおろか、歩く事にも困難が付きまとう」

 愉悦塗れの表情で、手についた血を、ミネスは舐めていた。俺は号泣しながら、暫し痛みに飲まれていた。

 無論手当はされなかった。傷が塞がるまでの間、何度も膿み、足は熱を持った。その内に、化膿から俺が熱を出した時、漸く魔法薬を塗られた。すると傷は残ったが、体調は元に戻った。けれど俺は――上手く歩けなくなった。

 そして、牢獄に放り込まれた。鉄格子の前で、王宮に訪れた貴族達が俺を見物し、時に抱いていくようになった。足が動かないから、拘束されていなくても逃げられない。今は後ろから両腕を羽交い締めにされ、正面からはぶよぶよした短い陰茎で貫かれている。

「う、ぁ……あ」
「王子様の末路も悲惨だなぁ」
「ああ、こんな淫乱な体にされちまうんだからな」

 ニタニタ笑いながら、貴族が俺の体に白液を放ったりかけたりする。それすらも、絶望的な事に気持ちが良い。

「ひゃッ、あ」

 弱っている傷を負った右足首を掴まれ、俺は泣き叫んだ。怖い。触れられるだけで、敏感な傷跡が疼くからだ。今度はそのまま四つん這いにされ、腰をもたれて挿入された。顔には別の人間が、白液をぶちまけてきた。全身がドロドロにされていく。

 そんな日々の連なりの中、俺は胸が痛むようになった。
 黒薔薇の刻印から、強い痛みが放たれているのだと気づいたのは、久方ぶりにユーガ殿下が、ミネスと連れだってやってきた時だった。

「ほら、痛がっているだろう?」
「有難うございます、ユーガ様」
「いいや。可愛い正妃の頼みだからな」

 二人のやりとりに、虚ろな瞳を向けると、双方満面の笑みだった。二人の指には、お揃いの指輪が輝いていた。

「僕、統一帝国の正妃になる事が決まったんですよ。同性婚制度が整備されているんです。一見政略的なものですが、僕とユーガ様の間には、愛があるんですよ。兄上に与えられた偽りのものとは異なる、本物の愛が。ユーガ様は、僕を愛してくれます」
「当然だ。ミネスは俺の愛しい相手だからな」

 ユーガ殿下が、ミネスの腰を抱いている。少し垂れ目のミネスの表情は明るい。
 ――ああ。俺には、永遠に与えられないものだ。
 いつか、俺はユーガ殿下の隣に、永劫立つ未来を夢想した。だが、それはミネスのものだったのだ。ミネスが羨ましい。いいや、こんな思いすら、浅ましいのだろう。

 去って行く二人の足音を聞きながら、俺はぼんやりとしていた。

 皆、俺を貪った。だが、俺に愛をくれた者はいない。その感情の存在を教えたユーガ殿下は、残酷だ。知らなければ、こんなに惨めにはならなかっただろう。黒薔薇から響いてくる痛みよりも、心が痛かった。


 ――俺が、牢獄から出されたのは、冬の事だった。
 満足に歩けない俺を、深刻そうな顔で、文官が連れ出したのだ。連れて行かれた先で、俺は目を見開いた。ミネスの首が、落ちていたからだ。玉座には、座ったままのユーガ殿下の遺体がある。

「これ、は……」
「敗戦しました」
「敗戦……?」
「統一帝国は、乗っ取られました。これまで海底に隠れていた水の国が、攻めてきたのです。あっさりと皆、殺されましたよ。水の国が、残っている我々の命を保障する代わりに、貴方の身柄を引き渡すようにと要求してきました」
「どうして、俺を……?」
「さぁ? 神産みをさせるつもりなのでは?」

 ああ、また絶望的な日々が始まるのかと思ったが、どうせ今と変化はあまりないからと、俺は小さく頷いた。そこにコツコツと靴音が響いてきたから、そちらを見る。青い装束を纏った騎士達が、そのまま俺を取り囲んだ。

「確かに青の魔力の痕跡があるな」
「それはそうだ。樹の国に嫁がれた王女殿下のご子息なのだから」
「今となっては、唯一――水の神の力を持つお方だ」
「だが、ご本人には樹の神の力が宿っているのだろう?」
「そうであっても、水の神の力を宿す器にはなれるだろう。儀式をし、水の神の力を満ちさせれば良い。無能力の弟よりはマシだろう」
「言い方が失礼だ。今後、ネルス殿下は、わが国のたった一人の国王陛下となられるんだぞ?」
「ああ、そうだったな。しかし――随分と汚されていると聞く」
「それは今確かめても問題ないか」

 騎士達はそう言うと、床に俺を引き倒した。どうせ待ち受けている未来は、これまでと変わらないのだ。俺は服を引き裂かれながら、震えていた。

「何をしている」

 そこに凜とした声がかかった。ゆっくりとそちらを俺が見た時、焦ったように周囲が姿勢を正した。入ってきた青年は、俺に歩み寄ると、ゆっくりと抱き起こしてくれた。そして羽織っていた外套を俺にかけた。

「ネルス陛下に、今後手出しは許さない。それは、特定の人間の特権となる」

 厳しい声を聞いた周囲が、顔面蒼白になりながら頷いている。俺は上手く働かない思考のまま、その光景を見ていた。赤い髪をしたその人物は、ゴツゴツした手で、俺を抱き上げた。肩幅が広い。筋肉質で長身のその青年を、俺はぼんやりと見ていた。

 その後俺は、魔法陣に乗せられた。簡易設置型の魔導具で出来た品だった。
 そして光に飲まれ、次に目を開けた時には、窓の外に水中が見える宮殿にいた。

「申し遅れましたな。俺はガイルと言います」
「……そうですか」
「今後は俺が、貴方をお守り致します。この名に誓って忠誠を」
「忠誠……? それは、何ですか?」
「? 何って……尽くすという事でしょうかね。何だろうな、改めてそう言われると。決まり文句みてぇなもんだからな。ああ、悪い。俺は平民からのたたき上げだから、気をつけないと口調が崩れるんですよ」
「……」
「さ。それより行きましょう。みんな、ご帰還を楽しみにしていたんだ」

 俺を改めて抱き上げ、ガイルが歩き始めた。そうして連れて行かれたのは、玉座がある大きな部屋だった。狼狽えた俺を、ガイルが玉座に運んだ。事態が分からず困惑していると、歩み寄ってきた文官らしき人物が、俺の頭に王冠を載せた。

 呆然としていると、数分してから、その部屋にずらりと人が並んだ。
 俺の右側にはガイルが、左側には俺に王冠をかぶせ、宰相のルアと名乗った壮年の男が立った。

「無事のご帰還何よりです、陛下」
「陛下?」
「ええ。貴方は陛下だ。ここにいる者達は、皆貴方の婿となる者です」
「婿って……俺は男だ」
「水の国には、男しか存在しません。そのため、妊娠させる秘薬が存在します」
「――え?」
「水の国では、卵の形で人が生まれます。当初は、人魚の姿となりますが。成長すれば、人の形を象れる」
「……?」
「貴方には人魚の神の血を引く神子を、沢山孕んで貰わなければならないのです。水の神の血脈が失われないように」

 その宣告を上手く理解出来ないでいると、ガイルが吹き出した。
 ――こうして、俺の新たな恥辱まみれの日々が幕を開ける事となった。