【十八】再会(※)
以後、入れ替わり立ち替わり、俺の婿を名乗る人間が訪れては、俺に卵を産ませていった。俺が吐血したのは、そんなある日の事だった。全身が冷え切り、視界は歪み、珍しく一人で快楽にも侵されていなかった寝台の上で、俺は血を吐いた。
「陛下?」
気づくと目の前にガイルがいた。ぼんやりとしたまま、俺は彼を見上げる。
「――何だ。随分と壊れるのが早いな。これだから陸の人間は脆弱でならない。いいや、天空人か。陸よりも弱いと言うが……」
もう長らく意味ある言葉を発していなかった俺は、この時も何も言えなかった。ただポタポタと血を吐いていた。
「まぁ、二百人も王族が増えたんだし、そろそろ解放しても良いだろうに……宰相閣下も何をお考えなんだろうな」
「……」
「退屈だろうになぁ、婿殿達も。こんな物言わぬ人形みたいに壊れてる奴を相手にしても。ま、すぐに陛下の最初のご子息が即位するから、それまでは国王がいるって素振りを頑張って貰わないとなぁ」
「……」
「ほら、今日は謁見の日ですよ。行きますよ」
強引にガイルが俺を寝台から引きずり下ろし、おぼつかない足取りの俺を玉座の間に連れて行った。俺は何度も咳き込み血を吐きながら、正面に並んでいる、俺の夫だという集団を見た。誰も俺の吐血に気を止める事は無い。
息が苦しい。胸が痛い。辛い。涙が滲んでくる。
「汚いなぁ」
ガイルがぼやくと、宰相が咳払いをした。
「人間の体には、我々水の国の魔力は過ぎたるものだからな。しかし目的は果たした。本日午後、後継者が立つ。それまで生きていれば問題は無い」
「その後はどうするんです?」
「地上に捨てれば良い。このようなもの、早く放棄したいというのが本音だ」
朦朧とした意識で、俺はそれを聞いていた。直後、瞬きをした瞬間、意識が暗転した。そして気がつくと――俺は砂漠にいた。俺の手には手紙があって、『地上に帰す』という言葉が、丁寧な語で綴られていた。
そのまま俺は、砂の上に倒れ込んだ。体が熱いのに、酷く寒い。ああ、このまま死ぬのか。そう思った時、遠目に駱駝が見えた。商人らしいと漠然と思った時、その駱駝が止まった。霞む目を向けながら血を吐いていると、駱駝から人が降りてきた。
「こりゃあまた懐かしい顔だ」
「……」
「覚えてるか? 俺だよ、俺。ラッセルだ」
その声に、必死で目を開くと、ラッセルがはっとしたような顔をした。
「なんだ、その血は」
「……」
「どっか悪いのか? とりあえず、痛み止めの魔法薬がある。ある程度なんにでも効く奴」
ラッセルは駱駝から荷物を下ろすと、俺の前に瓶を突きつけた。だが受け取る力も気力も無い。ラッセルは舌打ちすると、無理に俺の口に瓶を押し込み、薬液を飲ませた。すると体が少し楽になった。息が出来る。そう理解した直後、再び俺は意識を落とした。
「全く世話が焼けるな」
気づいたのは、そんな声がした時だった。俺は天井の簡素な明かりを見てから、緩慢に視線を動かした。するとテーブルの前に座っていたラッセルが、こちらを見た。
「お前が艶っぽい美人に成長してなかったら完全に見捨てたぞ」
「……」
「何とか言え。感謝の一つもして欲しいね」
「……あ」
俺は喉を押さえた。久しぶりに話すから、緊張もあった。
「俺がエガルに売り飛ばした後、どうなったんだ?」
「……」
「何でも、お前は死神だって、エガルが言ってたが」
「死神?」
「ああ。お前が行くと、そこの相手は死ぬそうだ。まずは風の国の第一王子は戦争で没したし、地の国も消えて有名な騎士団長だの変態公爵だの、後続の統一帝国の皇帝やら正妃やらも死んだだろ? 全部、お前は立ち会ったんだろう?」
それを聞いて、俺は驚いた。
「エガルが言うには、黒薔薇の刻印の呪いが思ったより強かったらしいな」
「どういう事だ?」
「元々は、今は亡き火の国の刻印ってのは、自分の伴侶と決めた相手に刻むもんなんだってさ。伴侶が死なないように、っていう祝福も宿ってるらしいんだ。性的な効果以外な。だから、お前の体に過度な負担がかかった場合、かけた相手が呪われるらしい。いやぁ俺はノーマルなセックスをしてて助かったよ」
「……俺のせいで、みんな死んだのか?」
「誰のせいかというんなら、お前に刻印をした人間のせいじゃないのか?」
ラッセルはそう言うと、テーブルの上から瓶を持って、俺の前に立った。
「冒険者ギルドからわざわざ買ってきてやった。快癒の魔法薬だ。値が張ったぞ。体で返せよ。ほら、飲め」
反射的に受け取り、俺は瓶をじっと見る。
「馬鹿なことは考えるなよ。飲まなければ死ぬ、とかな」
「……ああ」
小さく頷き、俺は魔法薬を飲んだ。俺は、今でも臆病だ。
そんな俺をじっと見てから、ラッセルが腕を組んだ。
「これからどうするんだ? 冒険者に復帰かい?」
「……俺は、もう上手く歩く事も出来ないんだ。剣を揮う事は、出来ないだろうな」
「へぇ。じゃ、天職だろうし男娼にでもなったらどうだ?」
「もう俺は……本当は嫌なんだ。体を差し出すのは。でも、熱が酷くて」
「そんな事言っても、生きて食ってくためには、働かないとなぁ。けど、ま、永遠の媚薬地獄みたいな状態は辛かろうなぁ……それこそエガルに依頼すれば、解決策もあるんだとは思うけど」
「……エガルは生きているんだな」
「あれは早々死ぬようなたまじゃない。ただ、お高いよ、あいつの魔術料金は」
「俺は代償を何も持っていないんだ」
「見りゃあ分かるって。そうだなぁ、眼球の一つもくれてやれば、喜んでやってくれるかもな。とりあえず、連れってやるよ。ただその前に、魔法薬代、払って貰う。ヤらせて」
この夜俺は、ラッセルに抱かれた。ごく一般的な性交渉が、逆に新鮮だった。