【二十】黄泉の国(★)






 一行と別れて、俺は目の前に広がる海を見た。その彼方に、小さな島が見える。ビバリアの街で聞いた伝承によると、あの島に黄泉の国があるそうだった。あそこに……ベリアス将軍の魂がいるのだろうか?

 久方ぶりに将軍の顔を思い出した時、俺の胸の刻印がズキリと痛んだ。思わず手で押さえると、そこが異様に熱かった。俺は、その熱と痛みを知っていた。ベリアス将軍に抱かれていた日々、毎日感じていたものに酷似していたからだ。

 潮風に吹かれながら、俺は直感した。ベリアス将軍の気配が、すぐそばにある。間違いなく、いる。

 その夜は、街の宿屋に泊まった。マズラが最後に、報酬だと言って俺にくれた金貨のおかげで、体を売らなくても滞在出来た。翌日には、小さな舟を借りる事も出来て、島まで送ってもらえる事になった。

「ここまでが限界だ。街の者は誰も立ち入らない禁域なんだぞ」

 砂浜が見える位置で舟を止めた街人に言われた。頷き、俺は海に降りる。そして礼を言ってから、浅瀬を進んだ。水を吸って重くなった衣を纏ったまま、砂浜に上がる。足跡を残しながら、俺は正面に見える森へと進んだ。

 ――迎えには来ないと宣言された。街の人々は、俺が死にに行くのだと思ったらしい。そういう旅人は多いそうだ。引き留められる事はなく、代わりに祈りを捧げられた。

 森の中は暗く、どこまでも高い木が伸びていて、空が見えない。昼なのに、夜のように暗い。暫く進んでいくと、ポツリポツリと蛍のような光が見え始めた。それらを見回していると、ツキンと胸から快楽が広がった。進むにつれ、それはどんどん強くなっていく。

 自分が進むべき方向を、すぐに理解した。快楽が示す方向に歩けば良いのだ。俺の体はすぐにドロドロに蕩けそうになっていったが、必死で歩く。そうして開けた場所に出た時、一際大きな光と出会った。それに引き寄せられるように進んだ頃には、俺は快楽以外何も考えられなくなっていた。ダラダラと汗が零れてくる。無意識に俺は、光に向かって手を伸ばした――すると直後、ギュッと手首を掴まれた。

「漸く来たか」

 嘗て、憎んでいた声が、その場に響いた。ハッとして目を見開くと、目の前にベリアス将軍が立っていた。過去の姿と全く変わっていない。

「ああ、刻印をしておいて良かった。唯一の生き返る術だからな」
「っ……あ」
「今度こそ、永劫お前を辱めてやる。安心して良い」
「ち、違う。俺は解放を願って――」
「解放? それは俺に抱かれたいという意味以外を示すのか?」

 ベリアス将軍が俺を抱きしめた。瞬間、全身が沸騰した。

「あああああああ」

 その腕の感触だけで、俺は果てていた。ガクリと崩れ落ちた俺を、ベリアス将軍が抱き留める。そして首筋に噛みついてから、強引に服を剥いだ。茂みに押し倒され、土の臭いの中、俺は剛直を挿入された。その時、俺は絶望した。

「あ、あ――っ、気持ち良い、やぁあああ」

 これまでのいずれの快楽よりも、俺の体にその熱は馴染み、全身を蕩かしていく。
 俺がずっと求めていたのはこれだったのだと気づかされた。

「う、ぁ……」
「たっぷり可愛がってやろうな。何年が経ったんだ? 人の世では。黄泉の国は退屈でな。自慰も出来ない光の形は苦痛だったんだ。ずっとお前が欲しかったんだ。くっ、良い体に育ったな。俺好みの淫乱になって」
「あ、あ……ああ……ア――!!」

 ギュッと目を閉じると涙が溢れた。もう快楽しか考えられない。体が熱い。だが――全身が歓喜している。繋がっている。

「ここが好きなんだったな。覚えているぞ」
「は、ァ……ああ……そこは、あ……そこ、そこ、もっとしてくれ、ああああ!」
「素直に育ったらしい。少しは可愛げが生まれたか?」

 激しく俺に打ち付けながら、ベリアス将軍が残忍な顔で笑っている。
 俺の体勢を起こし、繋がったままで角度を変え、下からベリアス将軍が俺を貫く。膝の上にのせられた俺は、最奥を穿たれ、夢中で首を振った。

「あ、ああ……あ、ア」
「腰使いが上達したじゃ無いか。俺以外の主人はどうだった?」
「う、う……あ、あ……ダメだ、俺、俺は……ベリアス将軍のじゃないと、ダメだ」
「だろうな。誰かが刻印を封じていたようだが、今、俺の力を注ぎ直した。黄泉の国では体は無いが、魔力がたまる。今度こそ逃さない。人には過ぎた力だが、一度人の形を失った俺は、既に不死となり、今となってはこの大陸で一番力を持つだろう」
「あああ……あ、あ、う、ぅ……うあ、あ、動いて」
「もっと可愛く頼んでみろ」
「ぁ……あ……」
「年を経てますます俺好みになったな。艶がある。淫靡だ」

 正面から俺を抱きしめ、ベリアス将軍が俺の頬を舐める。涙を舐められただけで、俺の全身に快楽が走る。久方ぶりに与えられた黒薔薇の刻印のもたらす本当の熱に、俺は我を失った。

「ひ、ぁ……あ、ああ」
「腰が止まったぞ?」
「だめ、も、もう力が入らな――っ、ぁ」
「お前が動かないのならば、今日はずっとこのままだ」
「嫌だぁあああ」

 乳首を吸われ、黒薔薇の上に手を置かれる。すると強い快楽が全身を走り抜けた。俺はいくつもの悦楽を体に叩き込まれてきたはずなのだが、これほどの純然たる気持ちよさを覚えたのは、あの日この人物を殺めて以来なのだと、体で理解させられていた。

「俺を失えばどうなるか、もう分かっただろう?」
「う……うあ……吸わないでくれ、あ、あ、おかしくなる、やぁ、嫌だ」
「安心しろ。もうお前は狂ってる」
「ひ、ひゃ、ひあぁ……ああああ」

 泣き叫ぶ俺の乳首を、将軍が舌で転がす。俺は思わず自分の陰茎を、引き締まっているベリアス将軍の腹部に擦りつけた。

「人の体で自慰をするな。本当に堕ちたな」
「あ、あ」
「――黄泉の国では、全て見える。人の世の事が。俺はずっと見ていたぞ。お前が誰にどのように抱かれ、どんな風に啼き、兵器や子を孕んできたのか。実に愉快だった」
「うああ、あ」

 下から突き上げるように、ベリアス将軍の陰茎が動いた。俺の内側が、将軍の形を思い出していく。そうだ、俺にはこの剛直が必要だったのだ。これがなければ、俺は生きていけないのだ。

「黄泉の国からの生還者は、魔王となる」
「あ、あ……ああ……ア、ァ……」
「魔力で孕ませる事も可能になった。兵器も子も、いくらでも種付けしてやるぞ? ん? 今まで、誰を思って抱かれてきたんだ? 正解をしっかりと言えると期待する」
「俺、は……違う、ずっと嫌で……やぁあああ、あ、そこ突かないでくれ!!」
「俺で無ければ嫌だったという意味以外を認めるつもりは無いが?」
「あ、あ、あ……ア――!! 深い、深い、ああ」

 その時、ベリアス将軍の陰茎がより存在感を増した。それは、もう人の陰茎と呼ぶには太すぎる存在感を持っていた。内部をどんどん押し広げられていく。どんどん奥を刺激される。

「正解を一度だけ教えてやるから復唱しろ」
「あ、は……」
「『ベリアス様を思って抱かれていました。貴方だけの心です』」
「あ、ああ、そんな、違う、俺は――いやああああああああ!」

 否定しようとした俺を、強引に再び引き倒し、激しくベリアス将軍が動き始めた。残酷なほどの快楽が押し寄せてくる。

「うあ、あ……あああ、あ、分かったから、あ、俺は、ベリアス将軍の、事、思って……いやぁああ」
「魔王となって人の世を滅ぼすからには、数多の兵器がいるだろうからな。今後は、休めると思うな。その正解を教えられても言えない愚鈍な頭でも、自分の仕事はもう理解出来るだろう?」

 せせら笑ってから、ベリアス将軍が俺の中を白液と魔力で染め上げた。
 ブツンと俺の意識が途絶した。