【五】他人事





「――と、いうわけだ」

 翌日の日曜日。
 明楽は昼間から眞岡の部屋を訪ねて、盛大に愚痴っていた。籍を入れたとなれば、結婚に関して公表する事は、問題ないので、思わず明楽は全てを眞岡にぶちまけた。すると眞岡が複雑そうな顔で笑った。

「あーあ。貴重なタチがまた一人減りましたね……」
「俺たちの班は、全員タチだろ?」
「んー、青海さんは外見からの判断だったし、来道さんはそんな感じだけど、束瑳さんは多分受け身ですよね?」
「知らん。俺、眼鏡の白衣に興味がない」
「清々しいですよね、本当。じゃあ、青海さんには興味は持てそうなんですか?」
「だから勃つ気がしない。顔が良くてもな、俺はバイだが、別に男が好きなわけじゃないんだ」
「分かる。俺もどっちかって言うとネコらしいネコが好きだし、ここの市、よりどりみどりですもんね」

 うんうんと頷いてから、昼ではあるが、眞岡も麦酒の缶を開けた。
 二人で再び軽く缶を合わせて乾杯をしてから、ゴクゴクと飲む。

「ただ、たまにはああいう艶っぽい男前も味見はしたくなりますよね。どんな顔で啼くんだろ?」
「ならん」
「またまた。そんな事言ってると、浮気されちゃいますよ? まぁ、先制して即昨日娼館に行った明楽さんには叶わないかもですが」

 笑っている眞岡を、目を眇めて明楽が見る。

「他人事だと思って」
「他人事ですもん。いいなー、でも俺もいつか、結婚したいなぁ」
「若人には夢があっていいな」
「俺、若いですよ? ただ、明楽さんだってまだまだ!」

 そんな雑談をしていると、少しだけ気は楽になったが、結婚に対する現実感は微塵もわかない明楽だった。その後定時連絡と仮眠に備えて、零時前に、いつも通りに解散したのだが、帰宅先に悩んだ。『午前四時だけは、共に暮らしている証明をするべき』だと、前回の連絡時に上司から指摘を受けた事を、理性が想起させたからだ。その結果、一度自宅に戻って着替えをカバンに入れてから、午前一時の手前に、明楽は新しい己の家である青海宅へと向かった。チェーンが外れている事を祈りながら合鍵を使うと、あっさりとドアは開いた。リビングから漏れる光が外からでも分かったから、中にいる事は知っていたが、チェーンをかけないのは不用心極まりない。

「明楽……」

 するとリビングのソファに座り、ノートパソコンに向かっていた青海が顔をあげた。もしかして万が一、自分のためにチェーンを開けて待っていたのか、起きていたのか、それともただの仕事で常日頃チェーンはかけないのか、と、諸々聞きたくはなったが、眠かったので、明楽は取りやめる。

「寝る。朝は勝手に出る。今後も同じだ。朝四時近辺だけ俺は、ここに来る」
「そうか」

 それだけ言うと、青海がパソコンに視線を戻したので、明楽もまた、勝手に自分の部屋にすると決めた一室へと入り、そこに寝袋を敷いて寝た。明日には、ベッドを通販しようと考えつつ、アラームがAM03:55にセットされている事を確認してから目を閉じる。現実とは不条理ではあるが、とりあえず今宵は寝て忘れようと決意したのだった。