【九】観察
それからの一ヶ月、明楽は青海を観察した。まず一点、青海は驚くべき事に――危機感が少なく無防備すぎた。武力に自信があるため、これまで何とかなってきたのだろうが、じっくりと観察すれば、それこそ来道に誘拐されるのも納得なレベルで危機感に欠如していた。隙が無いのは美貌だけで、その内実は、隙だらけである。
明日は、また満月であるから、今日までが青海の勤務の区切りだ。
そうスケジュールを脳内で確認しつつ、両目を極限まで細くし、明楽は頬杖をついていた。その不機嫌そうな視線が向かう先は、眼前にいる見角大尉と青海に対してである。
「青海、明日は無理せず休むようにね」
長身の見角大尉は、少し屈むと、優しい顔を青海に向け、その手で青海の額に触れる。されるがままの青海の表情もまた、いつもとは異なり、柔和な笑顔だ。今では瞳を見るだけでそうと分かる。マスクをしていても。
「有難うございます」
「明楽とは上手くやれているか?」
「……昨日、ピーマンについて、少々口論をしましたが、おおむね」
「そうか」
ピーマンの肉詰めを作った結果、綺麗にひき肉だけ食べようとした昨夜の青海を、複雑な気持ちで明楽は思い出した。だがそれ以上に、見角大尉と青海の顔の近さが気になる。本当に親しいらしい事に、いちいち苛立ってしまう。
「明日は思い知らせてやらないとな」
ボソリと昼間呟いた明楽は、翌日の満月、その通りにした。
「ああああああああ! あ、あ、ああああ!」
唾液や精液の交換が無ければ体が熱いままであるのを知っているのに、キスをする事もせず、陰茎を挿入することもせず、もう数時間、明楽は青海の乳首を嬲っている。ボロボロと泣いている青海は、既に声を上げる事しか出来ない様子だ。時折戯れに指で後孔を解しもするが、前立腺を軽くつつくだけにとどめている。
「やぁ、ァ……あ、ああ、ァ……明楽、ァ!」
「どうして欲しい?」
「挿れて……くれ……お願い、お願いだから!」
「じゃ、勃たせてくれ」
「っ」
「その前に、きちんとキスが出来たらだな。ほら、やれ。俺の口を貸してやる。本当は、どこの誰とチューしたいのかは知らないけどな?」
酷薄に笑ってから、明楽が触れるだけのキスをする。すると、唇が離れてすぐ、必死な様子で手を明楽の首に回し、目を伏せ顔を傾けて、青海がキスを返してきた。そのたどたどしく、率直に言えば下手くそなキスに――満足感と罪悪感を同時に抱いた明楽は、複雑な心地になる。だから己の口腔に青海が舌を挿入した瞬間、甘く噛んでやる。すると、ピクンと青海の肩が跳ねた。以降は後頭部に手をまわし、存分に唇を貪る。すると、少し青海の体が楽になったようだった。
「ほら、次はフェラ。しろよ」
「っ、ん」
素直に青海が口淫を始める。青海が流されやすい性格だというのも、もう明楽は理解していた。やりやすいが、不安になるほどでもある。詐欺にでもひっかかったらどうするのかと、いちいち心配になるほどだ。実際には、見ているだけでガチガチになるため、ド下手くそな口淫ではあったが、明楽の肉茎は反応した。
「もういい」
いつか仕込んでやろうと思いつつ、自分の上にのるように、青海を促す。
そうして下から貫いた。
すると背を反り、青海が嬌声を上げた。それに気を良くして、腰を掴み、ガンガンと突き上げる。おもいっきり結腸を責めたて、奥深くに精液を放つ。するとその衝撃で果てたようで、気絶するように青海が意識を飛ばして眠り込んだ。その体を優しく寝台に横たえて、己の陰茎を引き抜きながら、明楽は考える。
――気づいたら。
大切になってしまっていた。体に絆された可能性。だが、それでも良いと思う己がいる。ただどちらかといえば、無防備すぎて心配になるという表現が正しい自信はあるが。しかし紛れもなく、今宵の行いなど、ただの嫉妬からの意地悪だという自覚もある。
「まずいな、コレ……」
頬を涙で濡らしたままで眠ってしまった青海を見ながら、明楽は嘆息した。
見ているだけで、心が疼く。その理由、そんな情動の名前を知らないほど、明楽は子供ではない。
「俺、好きらしいな」
この日、明確に明楽は、青海が好きだと自覚した。
滅多に本気にはならないが、好きになったら真っ直ぐなのが明楽だ。現在、満月の日しか体は重ねていないが、無論それ以外の日も、青海の事をずっと抱きしめていたくなってくる。だから、八月の新月のその日、明楽は最も青海の腹部の淫紋が薄れているタイミングで、声をかけた。
「青海」
「なんだ?」
最近導入した食器洗い機に、少しだけ家事を覚えた青海が皿を入れている。顔をあげた青海の一見すれば男前だが、何処か純粋な瞳を見つつ、明楽は述べた。
「寝室、一つにしたから」
「え?」
「お前の布団は敷きっぱなしだし、俺は部屋に筋トレ器具を導入するから、ベッドを移動させたいんだ。これからはそちらを使う。既に移動しておいた」
デスクワークの兼ね合いで、常時は青海の方が帰宅が遅いので、定時に帰る事をよしとしている青海は、既に準備を終えていた。青海は特に疑問を抱いた様子も無い。
「そうか」
「ほら、さっさと終わらせろ。寝るぞ」
「先に寝ていてくれ」
「――前々から考えていたんだけどな、満月の日の状態しか知らないから、普通の反応を知っておきたいんだ」
「ん?」
「比較もしておいた方がいい。その――今後の摘発時の事情聴取に備えての、『職務上』」
こういえば、青海が断る事は無いだろうと明楽は考えていた。そして青海もすんなりと頷いた。
「分かった」
あまり感情の見えない青海を見て、ただ明楽は聞きたくもなった。
本当に、分かっているのか、と。