俺はレクを抱きしめながら、螺旋状の階段を、ライナス様の後について登っている。ライナス様の髪は、本当にふわふわに見える。暗い茶色なのだが……胴長であるレクの耳の色にそっくりだ。目の形はアーモンド型で猫のようなのだが。
階段は塔の壁に沿って築かれていて、一階から一番上まで吹き抜けの中央では、巨大な歯車が動いている。俺はそれが物珍しくて、何度もそちらを見てしまった。そんな俺に、時折前を歩くライナス様が振り返る。
「君はさ……」
「はい?」
「……魔道機械に興味があるの?」
「あれは、魔道機械なんですか? 人間ってすごい!」
魔道機械は、魔道具の中でも精巧な道具だと、本で読んだことがある。俺が目を輝かせると、短くライナス様が息を飲んだ。そして何故なのか、唇を片手で覆うと、心なしか頬を赤く染めた。やはり、自分と同じ種族の功績を褒められて嬉しいのだろうか?
「え、あ……いいや、俺には邪な思いも、出会って数時間で落ちる運命の恋なんていう戯言も、何も無い、そう、何も無い」
「?」
「ベル、君は……いくつ?」
「何がですか?」
「歳。年齢」
「七百八十二歳です!」
「は?」
俺の言葉に、ライナス様が目を見開いた。それを見て俺は思い出した。
「あ、魔王国では魔王歴という暦を使っているから、人間とは年の数え方が違うんです」
「なるほど、驚いた……壮絶な年の差があるのかと焦った。完全に最初は、俺が年上で君が年下だからあれだったんだけど、って、違う、なんでもない」
なんだかライナス様が挙動不審になっている。そんなに暦のことは、衝撃的だったのだろうか?
「人間に直すと、俺は今年で二十歳です。誕生日は来月です」
「……ふぅん。俺は先月三十歳になったから、ぴったり十歳違うね」
「え? 二十代半ばくらいだと思ってました。人間って若い!」
「……人間というか、俺が若いという解釈にはならないの? 君の中で、俺は普通で平均的とのことだけど、外見年齢に関しても俺が平均値だと考えたのかな?」
どこか疲れたように、ライナス様が言った。特に深く考えていなかった俺は、首を傾げるしかない。その内に、十三階に到着した。
「ここは不吉な数字の階だから、俺の招きなしには、誰も入れないようになっている」
仰々しい鍵を開けながら、ライナス様が言った。頷きながら、俺は中に入った。するとすぐにレクが俺の腕から飛び降りて、室内を走り回り始めた。
綺麗に整理整頓されているのだが、室内はどこか埃っぽい。というか、窓枠には埃が積もっている。家具は、本棚と研究用らしき机、横長のソファとベッドがある。
……魔王国の俺の部屋の間取りに近い。つまり、一人暮らし用の小さな部屋といった空気だ。
「これから君には俺の身の回りの世話をしてもらう。この部屋で、俺は研究をするから、君は書物で自習しながら家事をして」
「寝泊まりはどこで? 何時に起こしたりしたら良いですか?」
「君も俺もここだけど」
「俺、俺、ソファで寝ないとダメなんですか?」
「え?」
「あのベッド小さいけど、俺とライナス様の二人で使えるかなぁ……」
俺はフカフカの枕でないと安眠できない。そう思って不安になり聞くと、何故なのかライナス様が噎せていた。
「べ、別に俺は、他の連中と違って下心はないから、ベルに性的な世話を求めるつもりはないよ」
「静的な世話? 俺は、動的な世話というのがよくわからないんですが……自分で考えて世話をしろという話か? それより、あの、俺はどこで寝ればいいんですか!?」
「……翻訳魔術、やっぱりいるのかな。それとも難聴系? 聞いてない系? いいや、勘違い系? なんなんだろう、魔族。人間の冒険者も大概ちょろいけど、魔族が主人公属性すぎる!」
俺は、ライナス様が何をいっているのか、よくわからなかった。その時、ノックの音がした。
『ライナス様。お伝えするのを忘れていたのですが』
外から弟子らしき人の声が響いてくる。一体、何人弟子がいるんだろうか。
「なに?」
『魔族をお連れとのこと、念のためと思い、隣の旧仮眠室も、この部屋から移る前に整えておきました。念のため、拘束具も用意しておきました。魔族が万が一暴れた場合、お使いください』
「君には正常な危機感があって安心したよ、バレル。三番目の弟子の君が一番まともだ。まだ来たばかりで、やっと俺の世話が終わったばかりなのに……ありがとう」
ライナス様の声が、どこか安堵するようなものに変わった。話を聞いていると、どうやら俺の前に、ライナス様をお世話していた日が浅い弟子らしい。
その後、バレルが去ると、ライナス様が俺を見た。
「君は仮眠室を使っていいよ。ちょっと確認してみよう」
拘束具という不穏な言葉が耳に残ったが、フカフカの枕には変えられない。頷き俺は、左手の壁についている扉へと、ライナス様の後に従って向かった。
「!」
扉を開けると、ライナス様が硬直した。後ろから俺は覗き込む。
「なんだこの、花街の安っぽいラブホみたいな部屋の内装は!」
ライナス様が叫んだ。室内には、巨大なベッドしかない。俺は拘束具を目で探したが、特に見当たらなかった。お馬さんの乗り物のようなものがあって、その上から手錠付きの鎖が垂れているが、あれだろうか。その上には、ろうそくと鞭が置いてあった。だけど、室内をピンク色に照らす電気が、天井にはある。ろうそくは使わなさそうだ。
「あいつ、あいつ、拘束って……! 暴れたらって……! それ以前に俺にSM的な変態趣味があると思……まさかの木馬……鞭、ろうそく……うああああ、あいつが一番まともじゃない!」
ブツブツと赤面しながらライナス様が唇を震わせている。それから俺に向き直ると、ガシッと俺の両肩に手をおいた。
「違うから」
「え?」
「俺は変態ではないし、そういう意味でも怖くないからな!」
俺は再び、ライナス様のいっていることが理解できなかった。ただ、言語が理解できないというより、文化が理解できないのだと思ったのだった。