【7】はじめての自習。




 ぐっすりと眠って起きると、部屋の様子が変わっていた。こちらの方が落ち着く。白と黒の調度品が多い。何より電気の色がピンク色ではなくなっていた。窓も開いていて、もうすっかり朝らしい。


「目が覚めた?」


 俺が起き上がると、近くの椅子で膝を組み、読書をしていた様子のライナス様が、不機嫌そうな声で嘆息した。


「今日からは、きちんと俺の身の回りの世話や、魔術の自習をしてもらうから」

「は、はい!」


 慌てて俺は、かけてあった毛布を畳んだ。掃除係をしていた俺は、反射的にシーツも剥がす。魔王城では、毎日取り替える仕事もあった。


「誓って俺は寝込みを襲ったりしていないし、そのシーツは綺麗だよ」

「?」

「……いや、なんでもない。誤解を生みそうなことを言うのは俺はもうやめる。俺の弟子達の無能っぷりも再確認したしね」


 ため息をついたライナス様は、それから立ち上がると、テーブルの上にあった巨大なスケッチブックと、一冊の魔道書を見た。


「魔族とは文化の違いもあるとわかったし、いろいろな意味で君も俺も危険かもしれないと思ったから、こちらの部屋に監視魔術をかけなおした。俺が直接ね。決して馬鹿弟子達が話していたような、独占欲からの監禁だとかでは無いから誤解をしないように」

「はぁ……?」

「君にはここで自習をしてもらう。世話能力を見るために俺も少しの間ここにいる。夜は、俺はあちらに行くから、気に入ったようだし君はここで過ごして」

「シーツはどうしたら?」

「……弟子達がまたあらぬ噂を立てそうだから俺が変えるよ……ああ、なんで俺が……むしろ俺が世話をしてるってこれ……」


 その後俺は、ライナス様が用意してくれたサンドイッチを食べた。俺は料理をしなくて良かった。ライナス様は優しい。


 こうして自習をすることになったので、俺はライナス様が用意してくれた服に着替えてから、テーブルの前に座った。正面では、ライナス様が読書を続けている。


「これは……!」


 そして――俺は魔道書を見て、目を見開いた。


「驚いた? ヴェルサリア独立派の――」

「はい! 独立派の子供向けの、魔法陣の描き方ですよね! 本物だ!」

「えっ?」

「魔王国図書館で写本を見ました! すごい! 本物だ!」


 俺が目を輝かせると、ライナス様が焦った顔をした。


「確かに本物だけど……まって、子供向け?」

「?」

「それは古代魔術の中でも難易度が高い魔法陣を現代語編成した、非常に難易度が高い、どちらかと言うと玄人向けの魔道書だけど……?」


 俺は首を傾げた。


「魔王国図書館では、この本は人間の初心者未満の子供が読む本だっていう解説の紙が……」

「へぇ。魔族も思ったよりは、人間を研究していたというか、馬鹿にしていたのかな。そこまで言うんなら、君はもう子供というより大人だし、そこに書いてある魔法陣は、スケッチブックに再現可能で、発動もできるよね?」


 するとライナス様が何故か、嘲笑するように言った。何故だろう。


「勿論です!」

「え!?」

「じゃあまず、台風を風魔術で相殺する、第三級攻撃魔術の――」

「待ってくれ、やめろ! 危険すぎる!」

「暴発しないように結界を構築してから――」

「違う、今は台風は来てないし、空が危ない! 本当に使えるなら街にも被害が出る!」


 狼狽えたように、ライナス様が俺の手首を取り、首を大きく振った。


「そ、そうだね、ベルが魔術の勉強を正しくしていたのは、さらっと魔術の名前が出てきたから理解した。まずは、ほら、そこの観葉植物を凍りつかせるような、小さい魔術をやってみよう。お願いだから」


 頷いて俺は、氷凍魔術の魔法陣を、スケッチブックに描いた。本当は脳裏に描けば十分なのだが、描けと言われたからだ。それから発動させると、観葉植物が凍りついた。


「俺の弟子より精度が高い。練度も……魔族、やはり侮れないな。ベル、君が使える中で、どの魔術が一番強い?」

「覚えている中では大地を砕いて星を消滅させるという魔術ですが」

「ぶは、え!?」

「それを使ったら俺達滅亡しちゃうから……」

「絶対に使ったらダメだからな! というか、それ、俺が使える最上級と一緒じゃないか……!」

「でも、その発動を阻止する結界魔術を創り出しました!」

「待ってそれ俺よりも強い……!」

「え?」

「というよりさっきから君が話している内容は、人間側では数百年前の標準で、今は古代魔術扱いで、俺くらいしか使える者はいないんだよ」


 ライナス様が震えながら笑っている。


「昔のなんですか……魔王国から人間の国に行った最新の魔族も、大昔だからなぁ……」


 つまり俺は古いのだろう。古すぎてライナス様は困っているのかもしれない。


「もしかして、スケッチブックなしでも発動できる?」

「はい!」

「……俺と同じクラスだ……しかも俺は攻撃特化だから、結界相性によっては不利だ。主人公は最強だとよくいったものだけど、最強属性まで……うわあ」


 ライナス様が、どこか疲れたような眼差しで、遠くを見ている。それから俺に指輪を見せた。


「君の記憶している魔術を把握するための魔道具だよ、合う指にはめて」

「左手の薬指にぴったりです!」

「誰かきたらまた誤解されそうな位置だな!」


 こうして、俺は魔術の測定をされた。


「……ギリギリ俺の方が強い、か。でも組み合わせ次第では、俺も気を抜けないな。君、もう、自習は不要だ。今後はこの魔術総府での生活のために、俺の世話の他は、俺に魔族の魔術についてや結界魔術について教えてもらえるかな?」


 このようにして、俺の新しい日々が始まった。