その後、ライナス様が良い香りのお茶と、クッキーを用意してくれた。そして手帳と、豪華な装丁の本を一冊取り出した。メモ用らしい。
「まず、いくつか質問させてもらうね」
「はい!」
「ベルの好みのタイプは?」
突然の言葉に驚いた。好みのタイプ?
「優しくて気がきく、博識な人です!」
「そうじゃなくて――」
「具体的にはライナス様みたいな人です!」
最初は怖いと思っていたが、ここへ来てからと、本日のシーツ交換や朝食を用意してくれたりといった実際の人間性に触れて、今では俺は、ライナス様への印象が変わっていた。
好みのタイプというのは、人間の文化で時に問われる、尊敬する人のことだと、文化についての本で読んだことがある。だから俺は、ライナス様を褒め称えたつもりだった。
すると――ライナス様が赤面して、震える手でペンを取り落とした。
「そ、そうじゃなくて、好みの魔術タイプで……え、え? 俺のことが、好み……?」
「好みです!」
俺が満面の笑みでライナス様をじっと見ると、真っ赤な顔のままで、ライナス様が片手で唇を覆った。
「違う、どうせ勘違いだ、俺はもう信じないぞ」
「俺はライナス様を尊敬してます!」
きちんと伝えようと口に出していうと、ライナス様が目をギュッと閉じた。それから両腕を組んだ。眉間にはしわが刻まれているのだが、頬が緩んでいるという、謎の表情だ。
「ね、念のため、本当、ただの念のために聞くけど、ベルが恋人にするなら、どんな人が良い? あ、あ、あくまで、意思疎通がきちんと取れているかの確認だから! 言い訳じゃないからな」
「恋人?」
その言葉に、俺は昨日キスをしてしまったことを思い出した。今の今まですっかり忘れていた。今度は俺が赤くなってしまう。
「これまで恋人ができたことがないからわからないけど……キス、初めてした……」
「っ、ファーストキスだったんだ。それは、その、悪いことを」
「嫌じゃなかったです。嫌じゃないキスができる人が恋人だ、きっと。うん、ライナス様みたいな人が恋人だったらいいな」
俺は口に出しながら考えていた。俺は魔術の勉強には積極性があるが、好きな人ができても積極的に行動したりはできない。ライナス様のように積極的な相手が、俺の恋人には向いているだろう。別にライナス様本人という意味ではない。積極的な人がいいという意味だ。
「俺の心臓に、耐久レースを強いてる感じ?」
「?」
俺が首をひねると、顔を背けてライナス様がつぶやき始めた。
「ダメだ……ただの文化の違いだとは理解しているけど、見ているとばかな子ほど可愛い理論が俺の中で……うわあ、しかも……出会って一日なのに、顔の好みさは別として……抜けてる中身と微妙な頭の良さ、全部好みだ……もうやめてくれ……」
俺は、何をどうやめて、どうしたらいいのだろう。ライナス様が何を言いたいのか、あんまりよくわからない。ただ、バカというのは、頭が悪いという意味だ。
「……ベル」
「はい……」
「……っ、よし、もう俺は自分に素直になる。頑張れ俺、頑張ろう。うん。ええと、俺とのキスは嫌じゃなかったんだ?」
「はい!」
「じゃあ、もう一回する?」
「今はもうお礼をすることは特にないし、文化の違いも理解したから大丈夫です!」
「それは、断り文句?」
ライナス様はそういうと立ち上がり、俺の隣に座った。
「ライナス様……?」
「お礼をしてもらう理由はいくらでも思いつくよ。シーツ交換とか」
「っ、あ」
僕の顎に手を添え、ライナス様がじっと僕を見た。そして微笑した。何故なのかこめかみ付近に汗が浮かんでいる気がして、焦っているようにも見える。それを確認した時には、触れるだけのキスを、唇にされていた。
「ライナス様、唇じゃなくて、額とかで……っ、ン」
今度は、深いキスを唇にされた。息苦しくなる頃には、角度を変えて、再び口を貪られる。
「ここまでの間に集まっている魔族情報だと、甘い言葉が文化にないから弱かったはず……! 囁け、俺」
俺が肩で息をしている前で、ブツブツとライナス様が何か言っている。
「ベル」
「ん……」
キスのせいでふわふわする体で、僕はキュッとライナス様のローブをつかんでいた。
「可愛いね、ベルは」
「え? 何が?」
「バカで……あ、いや、本音を言ってしまった、じゃなくて――その、美しい海のような青い瞳も、夜のような黒髪も、白い肌も、桜色の唇も……性格も、何もかも、無防備で……守りたくなる。俺に、君をずっと守らせてくれない?」
俺はそれを聞いて、ぽかんとした。
「ライナス様、頭でも打ちました!?」
「げほっ」
思わず俺が叫ぶと、ライナス様が咳き込んだ。
「こっちも言うの恥ずかしいんだから、そう言う冷静な言葉はやめてほしいんだけど……」
「安心してください、別に俺は口説かれて恋人にしてもらわなくても、危険な魔術を使ったりしません!」
「待って。俺はそう言う場合自分で阻止するし、恋人として篭絡して自分の手元に置くような行為もしない。俺は卑怯なことは得意だけど、恋人相手には誠実でいたいんだ」
それを聞いて、俺は目を丸くした。
「とすると、ライナス様は俺が好きなんですか!?」
「ま、まぁ……そうなるかな。魔方陣でここへと帰ってきて、君が魔道機械を見ていた時に、あんまりにも好奇心旺盛そうな瞳をしていたのを見てから、ずっと胸が煩くてね。理由は恋だとしか考えられない」
「!!」
唖然とするしかなかった。魔王城では違ったのに、ライナス様まで……チョロかったらしい!
だ、だが。
言われたら嬉しくなってきて、俺の頬も熱い。確かに魔族の文化には、甘い言葉を囁くと言ったものはないのだ。
「ベル、君が好きだよ」
「ライナス様……」
ライナス様が、そっと俺の頬に手を添え、顔を近づけた。
そのまま俺は、流されるように、改めてキスをしてしまったのである。