【3】沈黙のお茶会



「よく来たな。っつぅか、遅」



 軽い口調で、第三十二代エステリーゼ王国の国王であらせられる、ミスラ=ルア=エステリーゼ陛下が俺に言った。陛下は、御年三十二歳。国王業としては若かりし王かもしれないが、見た目も若い。



 俺は深々と礼をしながら、瞬きをしつつその姿を思い出していた。そして膝をつく前に、もうひとり視界に入っていた、謎の出席者について考えていた。いつもは大抵、陛下と一対一なのだ。無論周囲に近衛はいるが。しかし本日は、陛下の横に誰かが座っていた。見知らぬ誰かであり、俺が当主後継者スキルとして身につけた顔面記憶術でもヒットしない、本当に見た事の無い人物がひとり座っていたのである。誰だ……?



「面を上げて、たって、座るように」

「恐れ多くも畏まりました」



 頷き俺は顔を上げて、緑色の髪をした陛下の横をチラッと見た。そこにはやはり、見知らぬ青年が座っている。漆黒の髪に、同色の切れ長の瞳をした人物で、年の頃は陛下よりは年下だろうが、俺よりは年上に見える。つまりは二十代後半といった所だろう。



「失礼致します」



 座ってから、俺は改めて青年を見た。俺の瞳の色が昼間の海色だとすると、見知らぬ人物は、夜の海色の目をしている。髪の色は、俺は金髪だ。叔父と俺はそこがそっくりなので、親子と間違われているパターンまであったりする。俺の父の訃報は大きかったはずなのだが……『あの人が死ぬわけがない!』として、王国全土では信じていない者までいるようなのだ。金髪は、レンドリアバーツ侯爵家に多い色彩である。ただ、蒼い瞳は母譲りだ。レノンはその点、叔父譲りで、紫色の目をしている。



「ああ、こちらは俺の従兄でな」



 陛下のその声を聞いて、俺は脳内リストを検索した。



「隣国エドワーゼ帝国の第一皇子、ゼルディア様ですか?」

「――よく分かったな」



 すると俺の声に、青年が頷いた。安堵した。が、己のデータベースに、俺は絶対的な自信があるので、そこまで驚きはしなかった。



「さすがは名立たる直轄部隊エンブリオの隊長というだけはあるな」



 続いて響いたゼルディア様の声に、俺は会釈をした。よく言われるが、そんなものは、ただの雑用係の筆頭の渾名だ。



「実は、古の翻訳魔術を最先端の術式に更新していると耳にして、折り入って頼みがあってきた」



 その言葉に、俺は顔を上げた。まじまじとゼルディア皇子殿下を見る。



「竜族語も更新版に含めて欲しいのだ」

「……失礼ですが、人外語ですが……?」

「種族を超えてであるのは分かっているのだが……どうしても、意思疎通を取りたくてな」

「こいつさぁ、竜族のお姫様に惚れちゃってんだよ」



 陛下がへらへらと笑いながら付け足した。俺は頭痛を覚えた。



「頼んだぞ」

「頼むねぇ」

「……尽力いたします」



 出来るかどうか、実現可能か否かはともかく、断れば死刑だ。なのでそう濁した時、俺の後ろで茂みが揺れた。



「呑気に茶会か」



 視線を返すと、そこには宰相閣下が立っていた。御年三十七歳。俺よりも十三歳年上の宰相閣下もまた、宰相位につくにしては若いと言われている。



「久しいなイルゼ」



 ゼルディア皇子殿下が言った。ミスラ国王陛下も笑顔だ。宰相閣下は嫌味がデフォルトだと二人共ご存知のようで、空気が悪くなったりはしない。



 イルゼラード=クロス宰相閣下は、クロス侯爵家を最近相続した。元々は、俺のお手本だった人物である。今の俺の境遇では、全く立場が異なるわけではあるが。



「安心していい宰相。ゼルには好きな相手が居る」

「どういう意味合いですかな、陛下?」

「そのまんまだけど?」



 二人のやり取りを聞きながら、俺はカップに手を添えた。陛下と宰相閣下は、茶席に恋人がいないか好きな相手がいない人物がいる時、常にこんな話をする。『安心していい』――というのは、お互いがお互いだけだという意味だろうかと、俺は考えている。つまり二人は、付き合っている……?



 ミスラ陛下にはそれこそ後宮に何人かのお妃様がいるとはいえ、恋は別段良いだろう。と、いうことで、俺は陛下と宰相閣下は付き合っているのかな、と、考えていた。



「……」



 するとその時、ちらりと宰相閣下が俺を見た。俺も視線を返す。



「……脈がゼロらしいから、他者の恋人関係以前の問題だ」

「?」



 話の方向性が見えなくて、俺は首を傾げた。

 ミスラ陛下が爆弾発言をしたのは、その時の事である。



「竜族間との翻訳魔術の制作に失敗したら、リュクスはイルゼと結婚ね」

「!?」



 俺が目を見開くと、俺の隣の椅子を引きながら、宰相閣下が鼻で笑った。



「それは良いな。失敗を祈る」

「宰相閣下!? からかわないで下さい!」



 思わず抗議すると、何故なのか宰相閣下が遠い目をした。



「……真剣になにを言えばいいと言うんだ? これ以上」

「え?」

「好きです、付き合って欲しい、結婚してくれ、その他」

「……」



 俺は沈黙した。いずれも宰相閣下からは冗談で言われた事がある。しかし俺は侯爵家の跡取りなので断ってきた。ただ、ふと思う。冗談ではなく本気ならば、良かったのになぁ。打算的な政略結婚とはなるが、レノンの後継人をするにしても相応しいだろう。



 この国では同性結婚が認められている。養子縁組も盛んだ。



「リュクス?」



 俺が黙っていると、宰相閣下が不思議そうな顔をした。俺は慌てて顔を上げてから、曖昧に首を振る。



「嫌なら嫌ってちゃんと言ったほうがいいよー」



 国王陛下がそんな事を口にすると、ゼルディア様が吹き出していた。結局、よく分からないお茶会だった。が、とんでもないというのは、この事ではない。