<0.5>SIDE:時島紫


盆栽バサミを片手に@ゾンビからの抜き出しですが、出来ればご覧下さい。
盆栽バサミを持ったまま、俺はたまには家の敷地外へと出てみようか悩んだ。
こちらの玄関の逆側は、コンビニになっている。

叔父さんが、自衛隊を辞めたあと、一念発起してはじめたのだ。

俺はそこでバイトを――するでもなく、大学にもいかず就活もしないというダラダラ四回生生活を送っている。最近では、自他ともに認める引きこもりだ。カノジョにすら、会う時はこの家に来てもらっている。最近結婚を迫られているが、両親なくともこの家は叔父さんのものであり、俺のものではない。財産もそうだ。それに今後一生働かずに生きて行くことを考えると、家庭を持つのはちょっと厳しい。
そろそろ別れどきだろうか。
ま、別れの季節だしな。

少しさみしいけど、俺よりは幸せにしてくれる男がいるだろう。

俺、人を幸せにするとか無理だし。
そんなことを考えていたら、向かいの家の犬が、凄まじい声を立てた。

「?」

ぐぉおおおおおおお?? っぽく鳴いている。
未だ嘗て聞いたことのない声だ。みれば目玉が飛び出し、首輪を引きちぎろうとするかのように、体を左右に激しく動かしている。

「!?」

いよいよ何事か、と思った。まさか首輪が変なところに絡まっているとか……?
助けないと、と思ったら、向かいの家のご主人が出てきた。

「どうした太郎、……ぐぁ!」

ご主人は漫画みたいに呻いた、が、俺の目には肉に突き刺さる牙、飛び散る唾液、滴る赤と黒の血、殴りつけられ潰れた犬、なのにすぐに起き上がり、腐っていたらしく――削げた犬の顔面から覗く骨の白が、臨場感たっぷりに、なのに非現実的に広がった。
え、え?
なにこれ、なんだこれ?
救急車?
動物救急?
と、考えて呆然としていると、今度は倒れこんでいたご主人が立ち上がった。

無事でよかった。
……――よな、無事だよな?

ご主人の顔面が潰れていた。ただ目だけが飛び出している。
ハサミを持ったまま俺は腕を組んだ。冷静になろう。
首輪に繋がれている犬と同様、ご主人も首を勢い良く左右に動かし始めた。
転倒時に脳にダメージを受けたのだろうか。やはり、救急車か。

「あなたー?」

そこに向かいの奥さんの声が響いた。俺が通報しなくても良さそうだと、情けないことに、ホッとしてしまった。

「きゃー??!」

なんていうような、また漫画みたいな声がした。
確実に俺の頭の中で、「??!」で、再生された。
しかし愛を交わし合うにはあまりにも程遠い感じで、字面のままご主人が奥さんの首に噛み付いた。裂ける首筋、吹き出す血液。え、警察?
これは、あれか。

転倒のせいで混乱して、奥さんに襲いかかってしまったのか。
じゃあやっぱり救急車?
が、直後奥さんの目もまた、今度は俺のまっ正面で飛び出してきて、体を激しく動かし始めた。見守っていると、綺麗な手の先から、紫色に腐るように変わって行き、次第に動きが緩慢になる。のそのそ、と二人と一匹が動いている。
なんだ、なんだろう。あ、夢?

瞬間、向かいのご家族が俺を見た。なんかやばい。
そんな気がしたので、夢だと思うことにして、俺は門を閉めた。

江戸時代から続く武家屋敷的なものを、泥棒よけに最先端のシステムで防衛している我が家の守りは硬い。地下には核シェルターもある。
災害に備えて備蓄も、叔父さんがしている。
代々この時島家では、有事の際に備えて準備を万全にしろ、と、戦国時代(?)から伝わっているらしい。嘘っぽい。

まぁいいかと考えて家の中に戻ると、銃声が響いてきた。

叔父さんがFPSでもやってるんだろうかと思うと、何かが飛んできた。
薬莢ぽかった。本物を見たことがないから、多分だ。

「おーい叔父さん。銃刀法違反がバレるぞー」

声をかけたが、轟音が響いてくるだけだったので、両手で耳を塞ぐ。

「緑おじさーん」
「うるせぇ紫! テレビ見ろ!」

は? と思いながら、俺は声の方に歩み寄った。

「うるせぇとはなんだ! 行き遅れ!」
「どこに行けっていうんだよこの状況で!」

なんだか本気でキレているようなので、小心者の俺は、素直に居間へ行った。
ミドリが叔父、俺がユカリだ。
そこには、つけっ放しのテレビがある。
緊急特番らしかった。
右上にデカデカと赤い文字で、



ゾンビ!



と、書いてある。
あー日本終わったなと思った。もう四月1日はとっくにすぎて冬だし、三月になって気が狂うよりは早いし、水銀がバカ売れなんて話も聞かない。
ちなみに俺は大学で児童文学を学んでいて、卒論はありがちだがアリスだ。院に行くわけでもないし、適当に選んだ。リアリストな叔父といると、ファンタジックな世界に逃避したくなる。

両親が亡くなったのは、中学一年の時だったなぁ。
喪主を勤めてくれた叔父さん、あの日始めてあったんだなぁ。
懐かしいなぁ。
なぁなぁなぁ、でいいんだよ。俺、なぁなぁでいきてきたからさぁ、ゾンビとかいらねぇ、本気でいらない、マジ無理、ガチ無理! 冗談だろ? このテレビとかおじさんが仕込んだんだよな? 向かいのご夫婦と犬とか共犯だよな? いやぁよくしつけられた犬だ! はっはっは! はっはっは……はは、は………っ!

どうしよう俺、どうしろっていうんだよ俺に。
テレビの向こうで、アナウンサーさんが襲われて、向かいの奥さんみたいになったよ。俺もああなるの? そうなの? 無理すぎるからな、それ!
地上波の放送OUTだろうと思いながらグロ映像を見て立ちすくんでいると、銃声がやんだ。シャッターか何かが閉まるような音がする。
いや、シャッターじゃない。この音は、シャッターのさら手前におじさんがしこんだ防弾ガラスの壁の音だ。二回だけ聞いたことがある。

そんなことを考えていると、大型の銃はおいてきたのか、片手に普通(?)の銃、もう一方の手に防弾ガラスの操作用タッチパネル式リモコンを持った叔父さんがやってきた。

「大丈夫か紫?」
「いや、どのへんが?」

叔父は返り血をあびている。

「噛まれて、牙からZNBウイルスを注入されない限りゾンビにはならない。"ゾンビ牙"の無い蚊やダニには噛まれても平気だ。この家にはいないけどな」

「ちょっと待って。これってガチで、アイアムレジェンド的な感じなの?」
「外に出てみるか? させねぇけど」
「は?」
「お前は俺が守るって十年くらい前に決めたからな」
「多分九年じゃね、それ」
「細かいことはいいんだよ」

あ、はい。
俺が黙ると叔父さんがタバコを銜えた。
鷹みたいな目つきだ。元々は空軍にいて、視力が悪くなって、陸軍に行ったときいたが、本当にそんな変更ありえるんだろうか。あ、叔父さん曰く、軍じゃなかった。ただ自衛隊にいたのは本当らしく、シーツはピシッとしいてくれるし、歩調もなんかピシッとしているし、地図もなんか変に読めるし、制服姿も見たことがある――だけだったらただの変な人だが、上司や後輩や同級生(?)の人が、無理やり連れて行かれた航空祭で声をかけてきたから、あれが盛大な仕込みじゃない限り、本当に在籍していたのだろう。あの時は、綺麗なカノジョさんですねとか言われて、俺はキレた。友達紹介してとか言われたから、当時男子校だったので、サバゲ好きなやつを紹介してやった覚えがある。消えろ。

「とりあえず飯にするか」
「この状況で叔父さん、なに食うんだよ? ニラ?」
「ニラ? 普通に納豆と米と味噌汁だ」

我が家の定番である。味噌汁はレトルト、米はサトウノゴハンである。
レンチン! レトルト! そのまんま食べられるやつ!
これこそが我が家の三種の神器(?)である。




このようにして、俺たちの新しい生活は始まった。