【17】翌朝




 目が覚めると、喉がカラカラに枯れていた。

「う……」

 俺は掠れた声で、水を求めようとした。すると隣にいたユフェルが、俺に気づいた。

「大丈夫か?」
「……み、ず……」
「ほら」

 ユフェルがグラスを渡してくれたのだが、体に力が入らず、俺は取り落としそうになった。するとユフェルが静かに飲ませてくれた。

「ここは……っ!」

 俺は最初、自分がどこにいるのかすら分からなかったが、すぐに気づいて顔面蒼白になった。慌てて体を見ると、全身に赤いキスマークが散らばっていた。太ももの間からは、垂れてくる白液の感触がする。

「俺……その……」
「付け入るような真似をして悪かったとは思うが、あのままではカルネも辛かったと思うぞ。これはいい訳だが」
「……子供が、卵が出来たのか?」
「――一度きりでは何とも言えない。孕めば、媚薬の効果は収まると言われてはいるが」
「……」
「つまり夜になれば分かる」

 それを聞いて、俺は震えた。

「解毒薬とか、無いのか?」
「存在する」
「! すぐに――」
「手配するのならば、自分ですれば良い」
「え?」
「俺には、現在の状態の方が都合が良い。悪いが、俺が手配する事は無い」

 ユフェルはどこか遠くを見るような眼差しで言った。俺は目の前が真っ暗になった気がした。俺だってSランクの冒険者になったのだから、収入はあるし、薬師を探す事は可能かもしれないが、即日中にそれが叶うとは思えない。

 だが、愛の無い子供を産む事には、抵抗しかない。そもそも、男ながらに孕む事自体怖いのだが、それよりも、愛の有無が俺は気になる。子供は、生まれてきたら、可愛くて愛せるかもしれない。だが――ユフェル側には、愛情はきっと無い。次期の次期の魔王とする為の道具となるのだ。

 それは、俺の両親が、俺を道具だと思うのと、きっと同じだ。俺は両親に会ったからこそ、そんなのは嫌だと思う。そこで俺は、冷ややかだった両親の事を想起して、陰鬱な気分になった。

「そんなに俺の子供を産むのは嫌か?」
「……愛がないのは、子供が可哀想だから……」
「そうは言われてもな。君しかいないんだ。それに、君側に愛が生まれなくとも、俺は大切にする用意がある」
「愛が無いのは、ユフェルの方だろ……?」

 俺が涙ぐむと、ユフェルが小さく息を呑んだ。水を飲んだらマシになってきた喉で、俺は続けた。

「伴侶紋があるだけの俺の事だって、愛がなくても問題無し。子供だって、ユフェルの後継者になれば問題無し……そんなの……」

 正直、辛い。
 俺の言葉に、ユフェルは暫しの間、沈黙していた。それから、そっと俺の頬に触れた。

「俺には、身分と立場がある。そこには、個人の感情は介在させるべきだとは、俺は思わない。ただ、な。毎日冒険をして喜んでいる君を見ているのは、非常に楽しいし、カルネとの子供ならば、後継者という意味合いを超えて、家族として愛する事も出来るように思っているんだぞ?」

 それを聞いて、俺は顔を上げた。すると真っ直ぐに視線が合った。

「カルネこそ、俺の事を少しで良いから好きになり――信じてくれ」
「ユフェル……」
「しかしそれにしても――ドール伯爵夫妻の策略に俺は便乗したが、彼らは非道だな」
「……」
「便乗した俺を不審に思うのは、よく理解出来る。とはいえ、俺のカルネに薬を盛るとは……いくら家族といえど、許しがたいな」

 ユフェルは不機嫌そうにそう言うと、俺の髪を撫でた。

「加害者の俺が言うのもなんだが、辛かったな」
「……俺は、ギルドに行ってくる。解毒薬、探さないとだから……」
「まずは、朝食に招かれているが」
「食べる気力が無い……」
「では断るとして――顔色が悪い。もう少し、眠ってはどうだ?」
「……」

 俺の体を優しく横たえて、ユフェルが嘆息した。俺は泣きそうになってしまった。
 そのまま、気づくと俺は寝入ってしまったらしい。
 目が覚めると、体が綺麗になっていた。

 その後、服を着直して、俺とユフェルはドール伯爵邸を後にする事になった。晩餐時と同様に両親は優しげな笑顔である。ネリスだけが少しばかり寂しそうな顔をしていた。

「兄上、また遊びに来てくれ。今度こそ、いっぱい話をしましょう!」
「有難う」

 ネリスが昨夜の件に関わっていたのかは不明だが、俺の中で、ちょっとした癒やしとなった。多分もう二度と、この家には自発的に来る事は無いだろうが……。

 馬車に乗り込むと、それだけで肩から力が抜けた。そんな俺の体を抱き寄せると、ユフェルが言った。

「ネリスは無実だと思うぞ」
「……そっか」
「少なくとも、俺よりはな。何も知らなかったはずだ。客間には自分も行くと、最後まで心配して言い張っていたからな」
「……」

 そうである事を、俺も祈った。
 帰宅して、アーティさん達の顔を見ると、不思議と『帰ってきた』という感覚がした。この王都の家は、俺の中で既に、一つの帰る場所らしい。俺は入浴をする事にして、これからどうしたら良いのか考えた。

 確固として存在するのは、冒険者として生きていくという部分だ。
 ……一人でも。
 村でだって、みんなはいたが、基本的には一人だったのだから、なんとかなるだろう。

「……」

 それから俺は腹部を抑えた。もしも、卵が出来ていたら……。
 ユフェルに任せるのは不安しか無い。だが俺個人が、今後ユフェルについていく自信も無い。俺が子供を連れていなくなったら、ユフェルは怒るだろうか?

「怒るだろうな……」

 何せ子供を産むために、俺はここに存在しているようなものなのだから。
 そう考えると、どんどん憂鬱な気持ちになっていった。
 冒険者として順風満帆な滑り出しをした分、この展開は予想外だったとも言える。

「まぁ、まだ子供が出来たと決まったわけでもないしな」

 あとは、夜を乗り切るだけだ。
 俺は、前向きに考える事にした。