【18】解毒薬と素材



 冒険者用の簡素な服に着替えて、俺は食堂へと向かった。さすがに小腹が空いてきた為、イワンさんが用意してくれたブランチを食べる事にする。正面の席にはユフェルが座していた。

「何ていう魔法薬だったっけ?」

 俺が尋ねると、ユフェルがスクランブルエッグを食べながら、顔を上げた。

「さぁな」
「え」
「繰り返すが、俺は解毒されない方が有難い」
「……そんな事を言わないでくれ」

 俺にだって、俺の生活がある。なるべく夜は一緒にご飯を食べようと思っていたわけであり、帰宅する予定ではあったが――今後は、Sランクとして泊りがけの依頼をこなす事だってあるかもしれない。

 ハッシュドポテトを食べ終えた俺は、それ以上ユフェルが何も教えてくれないと悟り、憂鬱な気分で席を立った。そして裏門から出て、冒険者ギルドを目指す。

「カルネ! マンドラゴラ討伐、さすがだったな!」

 するとディアスさんが出迎えてくれた。開口一番そう言うと、バシバシと俺の肩を叩いた。何だか日常に戻ってきた気分になり、一気に俺の気分が晴れた。

「あの数を、ほぼたった一人で討伐するなんて! 期待の星だよ、カルネは!」
「有難うございます……あの、ディアスさん」

 そこで俺は、意を決して口にする事に決めた。

「魔法薬の解毒剤を探しているんです……薬師に心当たりはありませんか?」
「どんな魔法薬だ?」
「えっとその……」

 俺が視線を彷徨わせると、ディアスさんが腕を組んだ。

「言いにくい部類のもんか?」
「はい……」
「だったら直接、薬師を紹介する方が良いだろうな」

 ディアスさんの言葉に、大きく俺は頷いた。するとディアスさんが、紙に地図を書いてくれた。

「このギルドの御用達で、王都随一の薬師の住所だ。なんでも来いの凄腕だ」
「有難うございます!」

 俺は光が見えたので、嬉しくなった。
 そこで、この日は、その足で薬師の元へと向かう事にした。
 まだ、全身が鉛のように重い。それだけ昨日の行為は、俺の体に影響を残しているのだと思う。暫く歩いていると、少し体調が悪くなってきた。腰が痛い……。

 しかし解毒しなければ、今夜も大変な事になるのだ。
 そう判断して、俺は必死に王都の路を歩き、郊外の建物の前に立った。
 裏路地にあるその店の前には、小さな看板が出ていた。

「すみません」

 中に入って、俺は声をかけた。すると、一人の青年が顔を上げた。

「はい?」
「実は解毒薬を作成して欲しくて……」
「解毒薬? 一体、なんのです……か、というか、甘ったるい香りがしますね。なるほど、【魅月油】でも使われたんですか?」
「それだ!」

 俺を前にするだけで、薬師の青年は、幸い薬の名前を言い当ててくれた。

「少々お時間を頂く事になるんで、盛った犯人を騎士団につき出す方を優先した方が良いっすよ」
「え? 騎士団?」
「ええ。同意無しに薬物を摂取させるなんて、犯罪ですから」
「……その、それは……」

 確かに犯罪かもしれないが、仮にも両親だ。騎士団につき出すなんて、俺には出来無い……。

「何か複雑な事情でも? あ、俺は、ランスと言います。ちょっとおかけになっては?」
「有難うございます……」

 丸太のような椅子に俺が座ると、ランスが湯呑を差し出した。濃い茶色のお茶は、ホッとする味がした。薬師の工房全体にも、不思議な清々しい香りが漂っている。そこで俺は、改めてランスを見た。金髪に緋色の瞳をしている。

「取り寄せたり、これから冒険者に依頼して取りに行ってもらったりして、素材を集めなければならないから、一ヶ月はかかりますよ」
「えっ、そ、そんなに……?」
「素材さえあれば、一週間という所ですかね。熟成させなきゃならない薬液もあるんで」
「素材なら、俺が取りに行く。なるべく早く頼めないか?」
「お客さん次第となるかなぁ。ええと、必要な素材は、ざっとこんな感じです」

 そこでランスが、紙に素材を書き出し始めた。
 緑竜のウロコ、人魚の爪、グリフォンの羽、不死鳥の涙……他にも大量の魔獣の素材が必要らしい。

「頑張ってみる」
「それぞれの所在地は、冒険者ギルドで聞いた方が早いかと」
「ああ、有難う……」
「頑張って下さいね!」

 こうして、一応、解毒薬の作成目処は立った。SSSランク前後の魔獣が多かったが、やるしかない。マンドラゴラ(大根)を倒す事が出来たし、擬似モンスターとしては緑竜も倒しているのだから、なんとかなると信じるしかない。

 工房をあとにして、俺は再び冒険者ギルドに引き返した。そしてガゼルに魔獣のそれぞれの地図を書き出して貰った。

「なんか大変そうな討伐ですね。ギルド経由じゃない個人依頼?」
「まぁ、そ、そんな感じだ」
「Sランクともなれば、そういうのも多いからなぁ」

 ガゼルにはなんとか誤魔化して、俺は地図を凝視した。幸い、王都から近い場所に生息しているものばかりだった。エリスの森の第十七区画に隔離されている魔獣が多い。

「早速行ってくる」
「お気をつけて! あ、素材のみでも換金できるんで!」
「分かってる」

 しかしその素材を今回は使うので、ギルドに持ってくる余裕は無いかも知れない……。そう考えて俯きつつ、俺はエリスの森へと向かった。腕輪の魔力を感知して、次々とゲートが開いていく。

 この日はまず、グリーンドラゴンから退治する事に決めた。そして、焦りも手伝い、すぐに次の人魚を目指した。何度か、俺は瘴気を浴びたり、爪で腕を傷つけられたりしたが、無事にこの日は五体の素材の入手に成功し、今度は工房へと向かった。

「え、お客さん、早くないすか?」
「……急いでるんだ」
「な、なるほど」

 俺は素材を手渡して、疲れきった体でこの日は帰宅した。入浴すると、傷にお湯がしみた。だが、問題はそちらでは無かった。月が昇り始めた頃から――全身が熱を帯び始めたのである。