【5】賞金の使い道=寿司


 翌日、体育館で、賞金贈呈が行われた。後日、意気込みも撮影されるらしい。
 本戦の撮影は、一週間後とのことだった。
 丁度夏休みが始まる。夏期講習の時期ともずれていた。

 応援団がかり出され、一足早く、取材陣の前で踊っていた。

 それ以外は通常通りの授業で、時野は要とノートの貸し借りをしたりしながら、期末テストに備えた。昼食は、サンドイッチだ。時野の趣味は料理だ。

 放課後が訪れた時、相が振り返った。

「お前ら、今日空いてんのか?」

 これまでに相にそんなことを聞かれたことはなかった。そして空いていたとしても、あまり一緒に出かけたいとは思わない。相と共に街を歩くと、近隣の学校の不良生徒から絡まれるともっぱらの噂だ。

「私は空いていますよ」
「お前はいつも空いてるだろ」

 縁に向かって相が溜息をつく。要は、ノートや教科書を机にしまいながら顔を上げた。テスト前であろうとも、要がそれらを持ち帰ることはない。どのようにして勉強しているのかは、本当に謎である。時野はと言えば、真面目に鞄に入れた。

「俺は空いてるよ。時野は?」
「空いてる……」

 要が正直に答えているのだからと、時野も頷いた。すると相が、臨時朝会で代表して受け取った賞金の封筒を無造作に取り出した。

「じゃ、寿司屋、今日でいいか?」
「構いませんよ」
「別に良いけど」

 縁と要がそれぞれ同意した。本当に行くのかと、時野は少し驚いていた。要とは、春から何かとよく話をする仲になったが、実を言えば、縁や相とは班における事務的な会話以外は、ほとんど絡んだことがないのだ。

「では、私の家の行きつけのお寿司屋さんに予約を入れておきます」
「ん。タクシーも呼んでくれ。どうせお前の所の行きつけって、高級かつ遠いんだろ」
「ええ、まぁ」

 当然だという顔で頷いた縁が、携帯電話を取り出す。

 それから四人で、教室を出た。校門の正面には、タクシーが止まっている。

 後部座席の一番奥に縁が陣取った。要は、それとなく助手席に座った。相は動かない。結局流れで、時野が後ろの中央にのり、扉側に相が座った。

 そうして二時間ほどタクシーに揺られた。都外に出た山の上に、ひっそりと高級旅館があり、そこの一階奥が隠れ家的高級寿司店だった。明らかに制服姿の四人は浮いていた。
しかし案内に出てくれた店の人々は、縁の姿に腰を低く折った。

 さすがは大金持ち。
 変に納得してしまう。
 そのまま時野達は、奥の最高級席へと通された。

「本日の旬のネタと、いくらと中トロと卵を。相、貴方も何かいりますか?」
「おぅ。カッパ巻き」

 頷いて縁が、注文する。手慣れていた。

 時野は、臆した様子がない相と要を、すごいなと思った。一応時野は芸能人などをしているが、ごくごく平均的な一般庶民だと自負している。だからこんな高級そうな店に入る時は、躊躇してしまうのだ。

「それにしても、面白いことになってきましたね」

 縁が湯飲みに手を添えながら笑った。どこが? と時野は聞きたかったが、言葉を飲み込む。曖昧に笑っていると、相が縁を見た。

「何がだ?」
「なんでもこのクイズ番組は、各国で放映されているらしいのです」
「海外でも?」

 要が首を傾げながら尋ねた。すると縁が大きく頷く。

「出題内容は異なりますが、ほぼ同じ水準の問題であるようです。しかも回答者は、高校生以上ですが、多くの国では、大学生や研究者達のチームばかりが通過しているようです。主催しているのは、クイーンズ・カンパニーというイーストヘブンに本拠を置くコングロマリットです」

 そういえば、本戦には大学生チームなどが出ると聞いたことを時野は思い出した。

「イーストヘブン? どこだ、それ」

 相が腕を組む。すると要が口を開いた。

「北欧だよ」
「その通りです。クイーンズ・カンパニーは世界屈指の大企業です」
「さすがにそっちは、名前ぐらいは聞いたことある」

 頷いた相の言葉に、時野は視線を逸らした。初めて聞いたからである。

「恐らく各国の本戦終了後は、世界大会があるのでしょうね」

 縁がそう言って目を輝かせた時、早速寿司が届いた。まるで宝石のように輝くネタに時野は目が釘付けになるのを感じた。すごく、美味しそうだった。実際、口に入れればとろけるように美味だった。こんなにも美味しい寿司が存在するのかと、うっとりした気分になる。

「美味っ」

 相も同様の心境らしく、目を見開いている。要はいつもとかわらず、無表情で、黙々と食べている。縁は微笑していた。

「ここは私もお気に入りなのです」

 食べることに夢中になり、相と時野はそのまま黙った。それには気づかず、縁がつらつらとクイズ番組の情報を話し続ける。相も時野も全然聞いていない。唯一、要だけが適宜相づちを打っていた。一番食べるペースが遅い要は、ゆっくりと三貫目を片づけたところで、ふと呟くように言った。

「あのパズル……」

 十五貫ほど食べていた時野は、やっと我に返った。そして顎に手を添えた。

「2KHの立体パズルだっけ?」

 テレビ局で聞いた単語を持ち出す。すると要の瞳が細くなった。

「なんでもクイーンズ・カンパニーの創始者本家の出であるクイーンズ博士が開発したパズルのようですね」

 縁はそう続けると、鞄の中から、球体を取りだした。

 時野は昨日、その玩具のCMを撮ったため、現在様々な玩具店にそれが並んでいることを知っていた。相が緑茶を飲みながら、それを一瞥する。

「このパズルだけ異質だよな」
「異質?」

 相の声に、縁が首を傾げた。時野もその言葉の意味を思案する。

「昨日の問題、あれは、論理と一般教養と実技とコレにわけられるだろ? 一般教養と実技は出来る人間がいないとどうにもならねぇけど、論理は思考で解ける。でもな、これは、思考なんて言葉で片づけられねぇだろ」
「俺もそう思う。これだけは、知能検査みたいなものだよ」

 要が怪訝そうな眼差しで頷いた。

「では今後も、そのような分類の問題が出るのでしょうか」

 縁が頬に手を添えた。それからニヤリと笑った。

「勝ち残り、我々が天才だと証明しましょう」

 どこから来るのだ、その自信は。時野は突っ込みそうになったが堪えた。