【8】インテリジェンス・デザイン――筆記試験――



 さて、航海翌日。二日目の朝が訪れた。

 目覚まし時計が八時に鳴り響いた。叩いて起きた時野は、まだ全員が寝ていることを確認した。本来であれば、自分だってまだ寝ていたい。だが、そう言うわけにも行かないだろう。おずおずと布団から出て、時野は皆を起こした。

 各自シャワーを浴びたり珈琲を飲んだりしていると、部屋に朝食が届いた。
 午前九時。
 皆で食卓を囲む。

 料理と共に、分厚い辞書のような冊子が届いた。
 そして食べ始めて少しすると、自動的にテレビが付いた。

『さて、本日の課題は筆記試験です。辞書類の持ち込みはいっさい不可。カンニングは禁止です。専門の監視管が立ち会います』

 その声に、時野は壁際に立っている、二人の黒服の男を見た。片方は黒人男性、もう一方はスキンヘッドの白人男性だった。どちらも黒いサングラスをつけている。ネクタイもスーツも靴も黒い。

『期限は今から本日の23:59です。ファイト!』

 高瀬の声が終わると、テレビには砂嵐が映り、その後自動的に切れた。
 とりあえず、四人は食事をした。
 食後、歯磨きをし、改めて皆で珈琲を手にテーブルを囲んだ。

「中身は?」

 相が問うと、ぱらぱらと要が冊子を開いた。

「国数英理社……うーん、物理とか医学とか歴史とか、英語以外の言語とかもあるから、一概には分類できない」
「私は寝ていますね」

 縁がきっぱりと宣言した。カップを傾けた彼は、喉を動かした後吐息する。

「筆記は苦手なのです」
「お前、語学は行けんだろ?」

 すると相が、片目を細めて縁を見た。しかし縁は首を振る。

「会話は出来ますが、読めません」
「使えねぇ」
「うるさいですね」
「ま、俺なんて日本語も怪しいけどな。ってことで、俺もリタイア。あ、まぁ、漢字と古文は行けるかもな。けど古典系は時野も得意だろ?」
「いや……俺は人並みだけどな」
「へぇ。じゃ、任せたぞ、要」

 相はそう口にし、珈琲を飲み干すと、ベッドへと向かった。そして持参していたらしい小説本を開く。縁も同様に立ち上がり、ベッドに横になった。彼はヘッドホンをつけて、ゲーム機に向かっている。残された時野は、要を見た。

「手伝えることがあったら言ってくれ」

 勿論、時野もリタイア姿勢である。一任された要はと言えば、シャープペンを手に取ると、冊子に向かったのだった。

 一応テーブルに残った時野は、両腕を卓上に預けて、考え事をしていた。

 昨日の縁の活躍は、それにしてもすごい。純粋に尊敬する。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、別にただの馬鹿ではなかったのだ。そんな思いの反面、些か不可解に思う。このように大それた会場まで用意されているのが、まずすごい。だがそれ以上に、クイズの内容が、とても純粋なものには思えなかったのだ。それこそ独自の才能がなければ、回答できない気がする。特に昨日の問題など、知識を詰め込んだだけではどうにもならない。

 ただ、知識を詰め込むと、その点を切り取ったとしても難易度が高い。冊子に向かう要は、いつも通りの無表情だが、それとなく設問を見た限り、辞書無しで解くことなど常人では不可能だ。しかし淡々と要は回答を記入している。すごすぎる。

 その後、要がペンを置いたのは、丁度時計が十二時半を指した時だった。
 直後部屋の扉が開き、昼食が運ばれてきた。相と縁が歩み寄ってくる。

「まぁた美味そうなんだから困るよなぁ」

 そういって、相がナイフとフォークを手に取った。縁はスープ用のスプーンを手にしている。豪華だが、マナーを気にする部類の料理ではなかった。

「で、終わったのですか?」

 縁が尋ねると、要が小さく頷いた。

「まぁね。一応、二回見直しもしたけど、間違っているかも知れないよ」
「あの量、終わったのかよ」

 相が目を見開きながら、フォークを銜えた。やはり、要はすごい。時野はソーセージを食べながら、一人頷いた。

「期限よりも前に提出できるのでしょうか?」

 縁が首を傾げて、黒服の二人を見た。すると黒人男性が歩み寄ってきて、流暢な日本語を口にした。


「承ります」

 そして、一同は頷きあい、要は冊子を手渡したのだった。

 食後は四人でトランプをした。相が持参していたのだ。みんなでババ抜きをした。ルールを全員知っているのが、それしかなかったのだ。結果は、時野の圧勝だった。

「お前、強すぎ」
「いや、お前らが弱いんだろ」
「嫌味ですか?」
「時野は強すぎるよ」

 三人に言われ、時野は微笑した。確かに、昔から時野は、くじ運が良かった。抽選では、必ず何か良い物が当たる。だから、「運も実力のうち」という言葉が時野は好きだ。昨日縁に言われたのは、人生初の例外である。

 そのままゲームに興じて夕食まで過ごし、その日のディナーの中華を食べた後は、シャワーを浴びるなどして、皆で早めに就寝した。

 翌朝も、目覚まし時計で起きたのは、時野一人だった。

 三人を起こした時野が珈琲の用意をしていると、午前九時に、やはりテレビが勝手に付いた。本日はブランチらしく、朝食はまだだ。十一時頃に届くと案内にあった。それでも早く起きたのは、昨日の問題の結果発表があると知らされていたからだ。

「おお……!」

 思わず時野は声を上げた。全問正解は計4つの組。見事、時野達のこの6組も名を連ねていた。なんともいえない高揚感に襲われる。

「さすがは要ですね」

 縁が薄く笑いながら、珈琲を飲んだ。相は画面を一瞥し、なにごとか考えるような顔をしている。時野は純粋に嬉しいと思っていた。

『本日は、昨日の問題の解説を行います』

 ピエロの画像の隣に映っている高瀬アナウンサーの声がした。

 テレビからはその日一日、大学レベルだという数学の話題や、露西亜や中国、伊太利亜等々様々な言語の解説が流れたが、四人は全く聞いていなかった。本日は、ジジ抜きをしている。やはり時野の圧勝だった。