【11】インテリジェンス・デザイン――2KHの立体パズル――




 最終日、本日夜には着港することが知らされた。終着地は、合衆国の孤島だった。無人島に、今回の『国際大会』のために建造されたホテルがあるのだという。時野が止めた目覚まし時計に誘われ、眠い眼を擦ることになった四人は、朝七時、合同の朝食会場へと姿を現した。眠すぎて食欲がないというのが多くの感想だった。四人に共通しているのは、低血圧だと言うことである。それぞれがトーストなどを手に、ぼけっと段上を見ていた。

 高瀬が姿を現し、何事か喋っている。

 時野はあまりよく聞いていなかった。ただ、その直後舞台袖から道化師が現れたため、一気に意識が覚醒した。ピエロは手品のように、不意にその手袋を填めた両手の上に、球体を取り出した。

「ええ、では、今から五分以内に、このパズルを立方体にして下さい」

 高瀬の言葉が響くと、各組に、それぞれ一つずつ球体が配布された。
 6組で受け取ったのは、要である。

「うあ、眠い。つか、このパン、不味くねぇ?」

 相が欠伸をすると、縁が紅い眼で頷いた。

「不味いです。私はもう飽きました。帰りたいです」
「まぁまぁ二人とも、これで最後だろ?」

 時野もまた辟易しつつもそう言うと、面倒くさそうに相と縁が頷いた。

「こういうのは、要の担当だろ?」
「任せました」

 二人の言葉に、時野もまた要を見る。すると要は、眠気が飛んだようで、真剣に球体を見ていた。

「開始」

 高瀬が合図した。果たして解けるのだろうか。時野が見た時、しかし既に答えは出ていた。一瞬だった。要の掌の上には、球体ではなく、立方体が乗っていたのだ。

「一位は、6組です。正解です! 史上初!」

 カメラが近づいてきて、それを記録している。

 その後五分が経過したのだが、今回のパズルを解いたのは、時野達だけだった。

 そしてそのまま、結果発表へと移行した。
 全問クリアした組は、時野達6組だけだった。

「ここに、日本国民は、国民の手による、日本防衛権を手に入れました! 英雄達が生まれました! 皆様、惜しみない拍手を!」

 周囲に拍手の音が漣のように広がり、すぐにそれは大きくなった。拍手喝采の嵐に、ああ、ようやく終わったのかと時野は思うと同時に誇らしくなった。まずもって一人では不可能だった。それ以上に、縁や相の新たな側面を知ることも出来た。以前よりも、少しは仲良くなれた気がする。

「世界大会は、より厳しいものになるでしょう。しかし、ここに生まれし英雄達にならば、その試練を突破する事が出来るかも知れません!」

 高瀬の声に時野は目を伏せた。そうか、世界大会……え、世界大会……? やはり、まだ終わりではないのか。微笑が崩れそうになった。

「それでは日本代表の英雄チームのこれまでの奇跡を、日本で放映済みの予選映像から本日までの分を含めて、観賞しましょう!」

 その時、巨大なスクリーンが降りてきた。目を開けた時野は、それを見る。

 そこには、『トパーズ』と回答した最初の設問は愚か、寿司屋での一時の風景、そして船内で惰眠を貪る様子までが赤裸々に映し出されていた。日向に嫌味を言われた場面までしっかりと映っていた。それには日向が焦るようにグラスを取り落としていた。

「なんだか懐かしいですね」

 目が覚めてきた様子で、縁が魚のフライをフォークで突き刺しながら言った。

「トパーズなぁ……」

 相も同様で、頷きながら小さいハンバーグにフォークを突き刺している。
 ただ要だけが、複雑そうな表情で、立方体になったパズルを見据えていた。
 時野はそんな彼らと映像を交互に見ていた。

 すると不意に後ろから腕の袖を引っ張られた。
 驚いて振り返ると、そこには梓馬が立っていた。

「おめでとう」
「ああ、ありがとう」
「あの人が、2HKパズルを解いたんでしょう? 今回も解いたし」
「そうだ」

 要を一瞥し時野が頷くと、スッと梓馬が目を細めた。

「気をつけてね」
「え?」
「……この大会、最初に開催されたB国の正解チーム、テロリストの襲撃にあって亡くなったって」
「――は?」
「主催のクイーンズ・カンパニーは、多分何か目的があって、天才を集めてる」
「天才……」
「僕達はチームで消化したけど、たった一人で全てをクリアできる天才が嘗て存在したんだって。それが、2KH。この、天才発掘プログラムの作成者だよ。イーストヘブン大学のクイーンズ教室の初代の学生だって。今はその人も行方不明らしいけど」

 梓馬はフルートグラスに入ったノンアルコールシャンパンの泡を見ながら続ける。

「どうやら2KHでなければ解けないような、難題が持ち上がっているみたいだよ。本人じゃなくても匹敵する実力者集団じゃなければ太刀打ちできないような問題が」
「お前……どうしてそんなことを知ってるんだよ?」
「少なくとも、俺が呼ばれたのは偶然じゃなかったから。多分、時野さんもそうだと思うよ。いかにも無作為に選ばれた娯楽番組の被験者に見えて、その実、俺達は、『選ばれてる』。回答前から選別されていたんだ。大多数はそのカモフラージュみたい。俺に分かるのはここまでだけど……日本を救う英雄か。戯れ言の中にも真実はあるのかも知れない。もしもこれが真実だとしたら、時野さん。日本を、救ってね」

 そう言うと梓馬は、人混みに紛れていった。少年の話を受け止めきれず、困惑した時野は眉を顰める。するとそこに亮生が歩み寄ってきた。

「やったね、時野! 本当にすごいね!」
「亮生さん……いや、俺って言うか、あいつらがすごくて」
「彼らを集めたのは時野君でしょ?」
「たまたま机の並びが……」
「運も実力のうちだ! そうそう事務所と学校とお友達と勿論時野のご家族にも連絡してね、国際大会への出場のOKも貰っておいたから。予選と本戦の視聴率もかなりよかったし、なにせ次は国際大会だし。君は、国際的な有名人になったんだよ!」
「はぁ……有名人……」
「日本でも、君の友達も今じゃ大人気だよ。帰る前に、名刺くばらせてね! 四人組のアイドルって言うのも良いかもね」

 亮生はそう言うと、バシンバシンと時野の肩を叩いた。
 梓馬の話から一転して、気が抜ける。

 このようにして、彼らの船旅は終了した。