【15】島の探索
全く人気がない。島の反対側に、乗ってきた客船などは停泊していて、こちらは完全に娯楽用のビーチらしい。バナナボートが繋がれていた。
「あ、洞窟がありますよ」
縁が指さす。要が面白そうにそちらを見て、もっと近づこうと岩の上に登った。案外要は、アウトドア派なのだろうか? 時野が後を追いかけ、最後に相が登った。
「あれ、ここも何か遺跡みたいだよ。砦かな」
下を見た要につられて、三人も地面を見る。一見ただの岩だったが、確かに規則正しく並んでいた。姿を隠すのに丁度良い高さだったし、入り組んでいて、本当に砦のようだ。
ホテルからは大分離れているし、遺跡があっても不思議ではない。
そう考えていた時、なにか、唸るような声が響いてきた。なんだ? 目を細めて時野が、身を乗り出す。驚いたように縁と要は正面を見ていた。後ろでは相が嫌そうに声を上げる。
「野生動物とかいるのか? 帰ろう」
「常識的に考えれば、野良犬とかだろ?」
時野がそう言って笑うと、縁が首を捻った。
「全く犬の声には聞こえませんでしたけど……相の言うとおりです。引き返しましょう。君子危うきに近寄らずという言葉が私は好きです。仮に犬だとして、狂犬病にでもかかっていたらどうするのですか」
縁が岩肌を降りて、相の隣に並んだ。要だけが、睨むように前を見たままだ。
その隣に立ち、時野も前を見る。
すると岩を登ってくる足が見えた。毛並みが長い。四つ足らしい。やはり、犬か?
時野が首を捻った時、それは、飛びかかってきた。唖然とした要が息を飲む気配がした。
咄嗟に要の体を突き飛ばし、反射的に時野は空気銃を撃った。半ば無意識だった。
高い音がした。
襲ってきた大型犬サイズの動物が吹っ飛ぶ。思いの外強い威力に、時野は銃口を見て困惑した。しかしすぐに我に返った。おそるおそる岩の向こうに首を出す。すると、獣は倒れていた。血などは流れていないから、死んではいないだろう。
それにしても、一体何という動物だろうか。口からは、2本の犬歯のようなものがつきだしている。巨大で黄ばんでいた。涎がダラダラと零れている。耳の形は猫に似ていた。だがこんなに巨大な猫はいないだろう。豹やハイエナと言われた方がしっくり来る。それらの実物を見たことがないため、判断は出来ないが。長い尻尾がついている。四本の足には、鋭いかぎ爪が見えた。
「なんだよ今の。あんな動物見たこと無いぞ」
相が呆然としたように呟いた。縁は要を助け起こしている。
「兎に角戻りましょう」
縁の声に誰とも無く頷いて、走るように早足に、ホテルへと戻った。
一階に無事たどり着いた時、どっと疲れて、エレベーター前で、みんなで安堵の息を吐いた。
「あ、要。大丈夫か?」
「うん。時野、有難う。時野がいなかったら、どうなってたか分からない」
手の甲をすりむいたらしい要が、真剣な声で言った。
その言葉に、動悸がしてきて、時野は無理に笑った。
今になってふるえが来た。怖かったのかも知れない。
部屋へとまっすぐに戻り、それぞれがソファや椅子に体を預けた。
「それにしても……あれは何だったのでしょうね?」
「怪物? 怪獣? とにかく、そういった類だったよな」
相が卓上のカップをひっくり返しながら言った。全員分のお茶を淹れてくれる。
「ホテルの人に連絡した方が良いか?」
時野が言うと、縁が腕を組んだ。
「なんと連絡するのです? 化け物を見たとでも言うのですか? 信じてもらえるとは到底思えません」
「案外、この島で独自の進化を遂げた生物だったりしてな」
お茶を配り終えた相がスケッチブックを開く。そしてさらさらと、先ほどの動物の絵を描いた。それから、静かに一つ前のページを開く。視線を向けた時野は、息を飲んだ。そういえば石室の壁画に、似たような絵があったのだ。相のスケッチを見比べると、本当にそっくりだ。
「だとしたら、事前に注意があるのではないでしょうか」
縁が呆れたように言う。時野は、要の手にカーゼをはりながら、それもそうだなと考えた。要は絵をじっと見て、首を捻っている。
「とりあえずはっきりしているのは、屋外での単独行動は危険だと言うことですね」
それには皆が納得した。そんな風にして、その日は過ぎていった。