【16】世界大会の他チームの来訪
その後三日間は、どこに出かける気にもならず、皆で部屋で過ごした。
「うわぁ、お前本当真面目だな」
鞄から時野が夏休みの宿題を取り出すと、相が呆れたような顔をした。
「宿題など弱者がやるものです」
ソファに寝そべり縁が言う。この二人の態度は、いっそ清々しい。時野は曖昧に笑いながら、ルーズリーフにシャープペンを走らせる。要は、ここのところ、相が描いた絵を見ている。今日もそうだった。
部屋の外が騒がしくなったのは、その時のことだった。何事だろうかと顔を上げると、早速立ち上がった相が、静かに扉を開けた。
「お。他の宿泊客が来たみたいだぞ」
実のところ、現在までの間、時野達は他の国のチームに遭遇したことは一度もなかった。日本チームが真っ先に到着したらしい。他の人々は、皆ホテルの関係者やテレビ局の人間だった。後は、研究者らしき人々か。
「ロシア語ですね」
縁がポツリと言った。よくわかるなとひっそり時野は尊敬する。何せ現在開いている英語の宿題ですらいまいち分からないからだ。
「今度は、台北語」
続けた縁に、相が振り返る。
「お前、喋れるのか?」
「ええ、まぁ。読み書きは出来ませんが」
当然だという風に、縁が頷く。要が顔を上げて口を開いた。
「何カ国来るんだろう。各国1チームとも限らないし」
やはり、みんな頭が良いのだろうか。時野は何となく、自分がここにいるのは場違いである気がした。
「一つのフロアに、三つだろ? で、ここは10階建てだ。回答者の客室があるのは、6階と7階と8階だろ? 多くて九チームじゃないのか?」
なるほどと相の言葉に時野は頷いた。とすると、現在このフロアにいる、日本、ロシア、中国の他はどこだろうか。勿論、二チーム以上が来ている可能性もあるが。
「案内表示にある言語は、ロシア語と台北語とドイツ語とイタリア語とフランス語とインド語と英語と日本語だったね」
要が呟いた。要も各国の言葉が分かるのだろうか。しかも読めるのか……? ただ、これがそれぞれの出場国のためのものだとすれば、八カ国はいるのだろう。イギリスとアメリカが英語だと考えれば、九カ国か。
「でも、まぁそう言う趣旨のクイズ大会なんだろうけど、変だよな」
扉を閉めて戻ってきた相が呟いた。
「世界の平和を守るっぽい事いってるのに、勝者を決めるんだろ? 一カ国しか守れないだろ」
「相。正解する分には、何チームでも良いのでしょう?」
「ああ、そうか。勝ち残ったメンバーで世界を救うのか。じゃ、国際チームが出来るのか?」
「そこまでは分かりませんが。まぁいずれにせよ、勝てばいいのです。私は勝負に負けるのが好きではありません」
そりゃ誰だって負けるのはいやだろうと時野は思う。意図的に負ける場合は除くとして。
それから三人は、午後三時に、レアチーズケーキを食べた。
勿論時野の自作だ。
扉がノックされたのは、その時のことだった。
誰とも無く視線を向ける。
「こちらは日本チームの部屋ですか?」
響いてきたのは、日本語だった。違和感など無い。てっきり日本人だと無意識に思いながら、立ち上がり時野は扉を開けた。そして引きつった笑みを浮かべた。立っていたのは、中華服を着た少年と、灰色のサマーニットの上に白衣を纏った白人の青年、色違いの黒のニットにやはり白衣の黒人で背が高い青年、金髪に浅黒い肌をしたアラブ人(?)の四人だった。
「少し話がしたいのだが、入れてもらえないかい?」
人差し指をたてて振りながら、白人の青年が言った。時野が振り返ると、カップを置いた縁が退屈そうな顔で頷いた。相もまた頷いて、こちらはカップの用意を始める。要は我関せずといった調子で、黙々とケーキを食べている。
「どうぞ」
一歩引いて、扉を開けた時野の横を、堂々と中華服の少年が進む。白人の青年は、にこやかにブロンドの髪をゆらしている。黒人の青年は無表情だ。無愛想に見える。恐らくアラブ人だろう顔立ちの青年は、猫背でポケットに手を入れていた。
無駄にこの部屋にはソファが沢山ある。空いていた一角に、彼らは座った。
白人の青年が長い足を組む。
「俺達は、合衆国のAチームだ。同盟国の日本の諸君に是非挨拶をしておこうと思ってね」
アメリカのチームで、Aか。時野は頷きながら、AがあるのだからBもあるのだろうと考える。それにしても、アメリカチームなのに、中国の民族衣装を着た少年がいるというのも奇妙だ。しかしこれで、案内表示の言語はあてにならないことが分かった。国籍さえその国であれば、出身地は問わないのかも知れない。
「日本語が上手だな」
ポツリと相が言うと、少年が鼻で笑った。
「僕達は天才だもの。日本語くらい、当然話せる」
自分で天才だと名乗る人間は、そう多くはないと時野は考えている。まぁ縁もそういう所はあるが、縁が言っても冗談にしか聞こえないのだ。しかしこの少年には、自信が見える。
「俺達は、天才育成化計画の第三世代なんだよ。俺は、カーティスと言うんだ。合衆国出身だよ。よろしくね」
白人の青年はそう名乗ると、二本の指を額に当てて、動かした。いちいち仕草が派手だ。
「天才育成化計画?」
聞き慣れぬ言葉に、相が首を傾げる。時野も初めて聞いた。するとアラブ人(?)が柔和な表情で続けた。
「合衆国主導の国際的プログラムの事です。俺達四人は、生まれた時、場合によっては生まれる前から、科学の恩恵にあずかっています。科学知識、芸術分野、スポーツ、他にも様々な分野の才能を伸ばす専門的教育を受けてきました。俺はインド出身のサリと言います」
インドにも金髪の人がいるのかと、場違いなことを時野は考えた。イメージになかった。
「僕は劉。中国の出身だよ。13歳で、IQは200+だ。この意味分かる? 要するに測定不能って事」
「……アメリカ出身のマイケルだ」
最後に黒人の青年が名乗った。何とも濃い集団だなと時野は腕を組む。
「私は縁と言います」
先方の挨拶が終わったのを見計らうように、縁が静かに名乗った。するとサリが両手を広げた。
「知っています。フォスターカンパニーの御曹司ですね? 貴方は世界屈指の大富豪です。海上でのヴァイオリンの演奏は実に素晴らしかったです」
その言葉に、要が唇を指で撫でた。
「放送を見たの?」
「ええ」
頷いたサリの隣で、マイケルが目を伏せて続けた。
「情報収集と分析は、敵を知るための基本中の基本だ」
今、明らかに敵って言ったよな。時野と相は引きつった顔で視線を交わした。先ほどは同盟国だと語っていたが、嘘だ。明らかに敵対意識を感じる。
「貴方が北条要でしょ。僕は貴方に用があって来たんだ」
一歩前へと出た劉は、腰に手を添えると、要をじっと見据えた。顔立ちは子供らしいのだが、その表情は冷たく大人びている。
「よく、2KHの立体パズルが解けたね。褒めてあげるよ」
どこまでも上目線だ。要は視線を向け、小首を傾げた。
「アメリカチームは誰が解いたの?」
「勿論全員さ!」
笑み混じりの声で、カーティスが堂々と答えた。時野は驚いて目を見開く。相は既に彼らを異世界の住人でも見るかのような顔で見守っていた。縁は頬杖をついている。だからなんだという顔つきだ。そして質問した要はと言えば、特に驚いた様子もなく小さく頷いていた。
「今回の大会の優秀者は、クイーンズ教室に招かれると言われている。勿論、選ばれるのは僕だ。ただ万が一奇跡的に君が残った場合に備えて、挨拶をしておこうと思ってね」
「……そう」
要は曖昧に頷くと、ケーキを食べる。
「君……興味がないの? 世界最高の研究室だよ?」
その様子に、劉が目を剥いた。要は再度視線を向け、溜息をついた。
「やりたい人が行くべきだし、意欲ある研究者を求めてるかも知れないよ。俺、そういうのないから」
「ま、まぁその通りだね。そもそも君が選ばれるとは思えないけど」
少年は少しムッとしたような顔でそう言った。
「さて、山瀬相くん。君のことも調べてきたんだよ」
カーティスが場の空気を変えるように手を打った。相が、今にも怠いと言いそうな表情になった。
「君は日本で言う小学生の頃、合衆国の大学で被験者をしていたね。君の記憶力は尊敬に値するよ」
「そりゃどうも」
淡々と答えた相は、それから天井を見上げた。
「まぁ昔の話だしな」
「謙虚であることを日本人は美徳とするようだな」
マイケルが言った。それから来訪者四人は、自分たちで盛り上がり、帰っていった。特に時野については何も触れなかった。まぁ自分は特筆すべき経歴など何もない。そう考えながら見送った時野は、扉を閉めて、無意識に鍵をかけた。何となく、塩を撒きたい気分になった。
「私は彼らのような我が強い性格破綻者集団が救った世界になど住みたくはありません。私達の手で、日本を救いましょう」
縁が辟易したような顔で述べ、カップを手に取った。縁にここまで言われたら、人間として終わりだと時野は思う。それを聞いていた相は吹き出した。
「天才らしいけど、どことなくあいつら馬鹿そうだよな」
思わず時野も笑いそうになった。失礼な話だが、あまり負ける気がしなかった。