【18】インテリジェンス・デザイン――早押し――


 その後も縁がボタンを押す速度は速かった。会場中が呆気にとられている。当然だろう。縁は、本気で何も考えていないのだ。そしてすごいのは要だった。淡々と正答を述べていく。開始から10問目にして、日本チームは1位通過を決めた。拍手が巻き起こった。
本当に要は流石だ。勝者席へと誘導されて、四人は移動する。

 それから正解チームが出そろった。

 通過者は、通過順に、1位が日本、2位が合衆国Aチーム、3位が中国チーム、4位がドイツチームとなった。この時点で他の国々、全部でやはり9チームだったのだが、5チームは脱落した。

 そして休憩を挟み、次は四択問題が行われることになった。今度は、各有名大学の教授や研究者が、その場で出題することになっている。それぞれの研究に基づいた問題らしい。
場合によっては、研究者から直接質問されることもあるのだという。第二の試練だそうだ。これは電子パネルに、ペンで番号を書く形だ。なお、解答無しも認められるという。減点方式らしいのだ。

 ペンを握ったのは、当然要である。一問につき、制限時間は最長5分だという。全チームの回答が出そろった段階で、正答が発表される。正答もその都度研究者が電子パネルに書くらしい。

 10人の出題者まで、順調に答えていった。要は勿論、全問正解だ。視線を感じて時野がそれとなく周囲を見渡すと、劉が眉間に皺を寄せて要を見ていた。他にも各国のチームが要を見ている。やはり要はすごいのだろう。もうここまでくると、言語が分からないという問題ではなく、時野には出題の意図すら分からなかった。

 そして11人目になったとき、要が初めて目を細めた。

「どうかしたのか?」

 その様子に相が声をかけると、要が嘆息しながら、解無しと書いた。

「この中には正解がないんだよ」

 これまでの間、他のチームが回答を空欄にすることはあった。空欄の場合は、減点されないからだ。ただしいずれの場合でも、正答は発表された。しかし要は、答えがないという。

「ま、要が言うんだから、無いんだろ」


 相が頷いた。縁も同意するように瞬きをする。どうせわからないのだからと、時野も頷いた。すると自信満々の顔で、出題した研究者が前に立った。正解を書こうとしている。だが、ふと全チームの回答を見て動きを止めた。彼の視線が、まっすぐに要を捉える。
研究者は、要に向かい、何事か質問した。すると要が溜息混じりに答える。日本語だった。回答は、繰り返すが母国語で良いのだ。

「その理論には穴がある。スタンバーグ博士の暫定理論によれば、適切解は、4と6だから。即ち、この場合、反対仮説は7でなければならない。ここで用いられている解析データには不備がある。そもそも、この仮説は、アイン博士の第二理論を援用しているけれど、そちらも実証されていないし、対立仮説のユージン博士の総合理論はすでに実証されているよ。だからそもそもの前提に矛盾がある」

 時野には何を言っているのかさっぱり分からなかった。ただし、出題者の顔色が変わったのは分かった。真っ青になった研究者は、震える声で答える。結果、解無しとなった。
正解したのは、日本チームのみだった。そこで休憩が入った。

 すると劉が小走りに歩み寄ってきた。

「まさかクイズ番組で、最先端の論文が否定されるところを見るとは思わなかった。あの仮説を事前に知っていたのか?」
「全く知らなかったけど」

 答えた要を、畏怖するような顔で劉が見る。そこには以前までの敵意とは違う、尊敬するような眼差しがあった。少年の頬が次第に紅潮し、瞳が輝きを増した。

「すごいな……」

 賞賛してから、少年は自分のブースに戻っていった。

 休憩が終わり、続いて、世界で最も頭が良いとされる大学の研究者集団が出題者となった。今度は四択ではなかった。発言形式だった。その上、再び早押しに戻った。

「いきますよ」

 縁が袖をまくる。要が疲れたように吐息した。後頭部で指を組んだ相が呟く。

「なんというか異世界にいる気分だ」
「まったくだ」

 時野が頷いた時、第三の試練が開始された。縁は出題が終わった直後、兎に角押した。

 要は抑揚のない声で、けれどはっきりと解答を述べていく。最早、討論だった。クイズではない。様々な仮説や理論が提示され、要はYESやNOを答えていく。会場中が、呆気にとられているようだった。縁の押す速度が速いと言うこともあったが、要はすぐに規定回答数の30をクリアした。

 続いては残るチームだ。この時点では、既に日本の他には、合衆国Aチームしか残っていなかった。そして彼らも、5問目で解答に詰まった。第三の試練の通過者は、日本チームだけだった。

 そのまま第四の試練が開始された。出題者は――クイーンズ教室だった。現在の首席研究者の妃真夜が出題するらしい。この大会が始まってから、何度か名前を聞いた教室だ。
金髪碧眼の見目麗しい真夜は、モニターに図形を表示させた。

 再び四択である。要が、あからさまに嫌そうな顔をしたのを、時野は見逃さなかった。
分からないのだろうか? はじめはそう考えたが、一息ついた後無表情に戻った要は、すぐに回答を始めた。所要時間は一問につき30秒とされていたが、それぞれ数秒で答えていく。その数秒とは、数字を書くために要した時間だ。見た段階で、答えが分かるようだった。全二十問が終わった時、ぽつりと真夜が呟いた。

「ジーニアス……」

 これは時野にも分かった。天才だと口にしたのだ。