【1】歩きスマホは危険です。



 僕の趣味は――Web小説を読む事である。

 紙だと読む気しない……。元々、僕は別に小説が好きなタイプなんじゃないと思う。頭の良い学級委員長とかが難解な純文学の小説の語尾について語っていて「〜た」「た」「た」の連続とは、古来は正しかったと言っていた今日の昼休みも、「あ、それ僕が見てる俺Tueee作品と同じだ」と言ってデコピンをされた。はっきり言って、僕は、小説の一文一文の語尾なんかに興味は無い。ゼロだ。

 では、美文でもなく、果たして一体何に興味があるのかと言われたならば――即ち俺Tueee、この一言に尽きる。兎に角僕は、強い主人公が好きだ。元々は僕と同じくらい無力で平凡な高校生(等)であった主人公が、チートを手に入れ、異世界において最強になり、無気力を装いながらの無自覚ニコポナデポでヒロイン達を陥落させて物語が進む、この一連の流れが好きすぎる。完結とか未完(更新停止から半年経過)だとかもどうでも良い。そこにある中身から、一種のカタルシスを得られれば、それで大満足なのだ。

 僕がまず朝起きて行う事は、朝四時〜くらいに更新された、日間ランキングをチェックする事である。その後身支度をの整え地下鉄に乗り、続いて新着順でチェック。めぼしいものをブックマークしながら高校に到着する。そしていざ、睡眠開始……三時間目くらいに起きて、自分のブクマから、本日読むものを決定し、昼休みまで、チラ見して過ごす。

 そして購買部(コンビニ)が持ってきたパンを齧りながら、Web小説に浸る。午後は、体育がない限りは、スマホを参考書の合間に隠して読書(?)に耽る。そして帰宅時からが、本格的な僕の乱読時間となる。

 この日も僕は、左手にスマホ、右手ではタップしながら、帰路に着いた。
 帰りのSHRの時には、歩きスマホ注意を聞いた気もするが、すぐに忘れた。
 現在読んでいるのは、内政もの俺Tueeeだ。

 良いなぁ、僕も異世界に行って、チートを使って、チヤホヤされたい。
 現実の僕は、成績も下の方であり、どこまで下がるか計測中と言える。
 そんな事を考えていると、道路を横切るキリンが見えた。

 しかし、現代日本の国道を、黄色いふんわりとしたデフォルメ調のキリンが歩いていくわけがないので、僕は無視した。Web小説の読み過ぎで疲れているのだろう。

 そうは思ったが、気になって、チラッとゆっくり歩いているキリンを見る。
 どう考えても二車線のこの道路を渡り終える前に、前方から走ってくるトラックに激突しそうな速度だ。トラック……車輪がギシギシと鳴っているため、実はキリンよりも先に、僕はそちらに気づいた。右側の前方のタイヤが何だか外れそうに見える。え?

 これは、キリンの速度がゆっくりで無かったとしても、トラック、事故フラグなんじゃ……? 嫌な予感がしたので、僕は車道から距離を取り、歩道の端っこまで詰めた。そしてスマホに視線を戻す。それから、この場合、110番なのか119番なのか動物愛護協会等への通報が正しいのか考えた。

「あ」

 その時、ついにトラックの中も間近に見えて、運転手さんがハンドル操作を上手くできずに焦っている姿が視界に飛び込んできた。キリンは――立ち尽くしている。早く渡る努力をしろ!! そう思っていたら、逆側の歩道から、声がした。

「わぁ、キリンさん!」

 ――へ?
 み、見れば……幼稚園児――!! 止めるお母さん、振り切る園児、キリンに駆け寄る幼児を見て、僕は唇を噛んだ。トラックが迫っている。このままではキリンは兎も角、子供が完全に血を流す……!!

 なけなしの正義感を振り絞って、僕は走った。そして園児を抱きとめ、手を伸ばしていたお母さんの方に突き飛ばし返した。園児、ポカーンとしていた。僕の笑みは引きつっていただろう。それから、チラッとトラックを見た。そこには、運転席で諦観混じりにこちらを見ているドライバーさんの姿が……。

 直後、僕は跳ね飛ばされた。僕の手からスマホが吹っ飛んだのと、僕の意識が吹っ飛んだのと、一体どちらが早かったのかは、僕にも分からない。

 教訓として。
 僕は、歩きスマホが危険であると、全力で訴えたい。
 というのは、「何かあってもスマホで各所に連絡できるし大丈夫」と、どこかで考えて、対応が遅くなってしまう場合もあるからだ……。元来の意味が視線や集中力の問題だというのは知っているが……。

 こうして――衝撃を感じた僕は、次に気づいた時……青空の中に浮かんでいた。
 下の方は雲、左右にも白い雲があるため、完全に「ここがあの世か」と逝っちゃったんだなぁと理解していた。

 僕の両親祖父母は、実は既に鬼籍に入っているので、家族が僕を心配する事は無いのだが、孤児院のスタッフの人々は、きっと泣いてくれるに違いない……。まるで兄弟のような存在の施設のみんなや、学校のクラスメイト達の顔を思い出しながら僕は、さて一体彼らは、何年程度は忘れずに僕の墓参りに来てくれるのだろうかと考えた。一回忌からして忘れられそうで、笑う。まぁ、明るい奴らが多いから、きっと僕の死も「心の中で生きている!」とかとして、前向きに捉えてくれるに違いない。

 そう考えていた時だった。

「お主の死は、実はミスで」

 控えめな声だった。視線を向けると、いつの間にか真正面に、先程のデフォルメ調のキリンが浮かんでいた。プルプルと震えている。

 ――ミス?

 その言葉に、僕は本日も読んでいたWeb小説を思い出した。
 いやいやいや、ま、まさか、ね!

「我輩は、麒麟――この現世に、予てより命運を告げるべく存在してきた。瑞獣じゃ」
「えっとぉ、それはキリン神様が、僕にチート能力をくれて転生させてくれるという、そういう意味合いですかぁ?」

 何だか僕には難解な言い回しが始まりそうだったので、僕は全力でそれを打ち切る努力をした。聞きたい事だけ聞く事に決めた。我ながらウザったい甘い口調となった。

「え、あ、あ、ああ、う、うううむ、そ、そうじゃな。我輩には、輪廻転生の概念があまりないのじゃが……未来のこの国に再び生じさせれば良いのか?」
「いや、異世界でも大丈夫です。待てないです、長々とは」
「そ、そうか……して、チートとは?」
「特殊能力を下さい」
「え」
「下さい」

 どうせ死んでるんだしと思って、僕は強気で臨んだ。それに、ここで譲って、最悪――主人公最弱とかになっても困ると僕は思ったのだ。

「ミスなんですよね?」
「う、うむ。本来であれば、我輩の姿は誰にも視えないはずであった……また、我輩は、事故を起こしそうなトラックの前でクッションになり、ドライバーを助けるはずであった……あのトラック運転手は、近い未来、この国を救う」
「けど、僕にも幼稚園児にも視えちゃった……」
「うむ……――少し調べてみたが、異世界とした場合、隣接する並行世界に現在の魂を転移させる事が可能であった。その魂が宿る器を、現在のものと変化させれば、そこには特有の特殊能力が生じると考えられる」

 雑談しつつも、キリン神は、脳内で何やらやり取りをして、着々と転生準備をしてくれているようだった。僕は、些細なミスは許してやろうと決めた。些細かは不明だが。

「お主がその世界において、魂を適合させられる器は、Ωであるそうだ」
「おめが? 何ですか、それ」
「知らぬ。してΩは、基本的に他の二つ――αとβよりも劣るという」
「いやあの、僕的に、劣ってるんじゃなくて優ってる側に転生トリップしたいんですけど」
「……こうしよう。Ωながらにして、到底Ωとは思えぬような能力を、謝罪の代わりとして、いくつも身につけた状態とする」

 僕は少し考えた。語感からすると、オメガって何だか強そうであるが……多分最弱の種族か何かなのだ……。それが、最弱じゃない能力を持つ……。スローライフ系俺Tueeeの必須要素と思えないわけでもない。出る杭は打たれるというし、最弱のフリのまま、新たな世界で頑張ってみるのも、アリだろうか……? それで窮地に貧した美少女を隠していた実力で救ってポってされちゃったり? あ、悪くないかも。

「我輩には、これが精一杯じゃ……分かってくれ……」
「分かりました」
「ではここに、お主を転生させる……!!」

 キリン神がそう口にすると、周囲が光に飲まれた。視界が真っ白に染まったので、僕は思わず目を閉じる。

 トン、と。次に気づいた時、僕は尻餅をついていて、目を開けると土が固められた道の上にいた。周囲を見渡すと、柳の木が見える。既に周囲にあった青空は頭上からずっと遠い位置になっていた。

 ――転生、した?

 僕は体を起こしながら、右手を見てみた。前と変化が感じられない。顔にも触ってみたが、目も二つで鼻も一つで、オメガという種族(?)だと聞いたが、人間とあまり変化がなく思えた。異種族では無いのかもしれない。猫耳や尻尾といったものも付いていない。髪の毛をつまんでみるが、生まれつき茶色かった僕の髪色そのままだし、髪型も転生前と変化が無さそうだった。

 唯一の変化はといえば……何故なのか、僕は浴衣を着ていた。
 浴衣に似た民族衣装とするには無理があるくらい、完全に浴衣だった。

 立ち上がりながら、僕は周囲を見渡す。
 すると幾人かの道行く人々が見えたのだが――浴衣には限らないが、みんな和服だった。この時点で、僕は嫌な予感がした。

 僕の中で、異世界とは『剣と魔法の西洋風異世界』の事だったのだが……どこからどう見ても、この世界……チラ見した現時点において、和風だ……! オメガなんていうカタカナ風の種族名(?)が出てきたため、僕は、自分とキリン神の間の世界観が、西洋と東洋のように異なっているなんて、全く想像もしていなかった……何という事だろう……。

「リテイクとか……無理ですよね……はは」

 空笑いをしてから、僕はこの新世界へ、一歩踏み出す決意をした。