【*】芹架くんと僕(藍円寺斗望の日記)



 やっぱり辛くなかった美味しいパスタを食べた――次の週の月曜日。

 僕は、小学校へと向かった。僕が通っているのは、新南津市立常磐小学校だ。
 市内には他に、霊泉学園大学付属小学校と、瀧澤学院初等科がある。

 ただそこの二つは特殊だって聞いた。

 どちらも勉強が出来るだけでは入る事が出来ないらしい。
 特殊な選考があるそうだ。

 霊泉は『霊能力』で、瀧澤学院は『資産力』だというお話だ。

 霊能力は、例えば車に毎日轢かれている未和ちゃんが視えたりする事で、資産力はお金持ちという意味だと、僕は知っている。 


「おはよう」

 教室の扉を開けて、みんなに朝の挨拶をする。笑顔でみんな僕におはようと返してくれた。
 僕の席は、一番後ろの窓際だ。くじ引きだった。
 一番後ろの列には机が二つしかない。

 その、僕の隣の席は、芹架くんの席だ。芹架くんの席は、ずっとこの、一番後ろの窓際から二番目だった。理由は、芹架くんが学校に来なくて、誰も座っていなかったから、一番後ろに決まっていたみたいだ。

 だけど芹架くんは、学校に来るようになった。僕はそれが、すごく嬉しい。

「芹架くん、おはよう」
「……おはよう」

 芹架くんは僕を見ると、心なしかほっとしたような顔をした。
 僕と芹架くんは、一年生の頃からのお友達だ。

 ――保育所の年長の途中で引っ越してきた僕には、その頃あんまりお友達がいなかったんだけど、芹架くんがそんな僕に声をかけてくれてからの付き合いだ。



 芹架くんは、一年ぶりに会ったら、背がすごく伸びていた。
 僕はまだ142cmだ。それでもクラスの男子の中では大きいほうだ。
 でも、芹架くんは、再会したら……176cmも身長があったのである。

 僕は衝撃的だった。

 そのせいなのか、それとも久しぶりに学校に来て緊張しているのか、最近の芹架くんは寡黙だ。僕は寡黙という言葉を、先日本を読んで語彙に加えた。基本的に僕は、ボキャ貧という生物だ。

「芹架くん、今日放課後暇?」
「うん……」
「じゃあ一緒に、市立図書館に行こう!」

 僕は最近、読書にはまっている。

 ……お世辞にも、僕のお家は、お金持ちではない。絶対に瀧澤学院の初等科や、来年進学する中学校でも、瀧澤学院の中等部にはいけない。そんな僕にとって、無料の図書館はとても快適だ。ちなみにその前までは、僕は野球にはまっていた。もっと前はサッカーだ。その前は、水泳。僕の趣味はコロコロ変わる――の、ではない。多趣味なのだ!




 芹架くんが頷いたので、僕は笑顔を浮かべた。
 その日の授業が終わるのが楽しみだった。

 ――そして、放課後になった。

「行こう!」
「うん」

 僕が誘って、二人で校門まで向かう。するとそこには、芹架くんのお迎えの人がいた。
 変わった格好をしている。享夜くんも僧服だから和だけど、その人は赤い着流し姿だ。
 高校生くらいのお兄さんで、狐のお面を首に下げている。

 緋色の瞳で、狐のような髪の色をしている。

 ……芹架くんをいつも、この人は校門で待っている。だけど、芹架くんには見えないらしい。ただ、未和ちゃんとは違って、見える人が僕以外にも沢山いる。芹架くんにだけ、視えない時が多い。大人(の一歩手前だろうけど)が一緒の方が、何かと安全だろう。

 こうして僕らは、市立図書館へと向かった。
 芹架くんは席を取ると言って座ったので、僕は本を探しに行く。
 すると、お兄さんがついてきた。

「藍円寺斗望」
「ん?」
「御遼芹架は、勉強がしたいらしい。一年分を取り戻したいようだ」
「そうなんだ。真面目だなぁ」
「――そこの参考書を持って行ってやれ」

 お兄さんに言われたので、僕は頷いた。そして手に取りながら、視線を向ける。

「お兄さんが持っていけば?」
「俺はお兄さんではない。水咲という」
「ミサキさん?」
「そうだ。妖狐だ。人間でもない」
「ふぅん」

 僕は自分用には、簡単な戦国時代という本を手に取り、席へと戻った。

「芹架くん、これ」
「ありがとう……」

 僕が渡して正面に座ると、芹架くんが目を丸くした。
 水咲さんは、芹架くんの隣に座った。
 やっぱり芹架くんには見えている様子がない。

 そういえば、久しぶりに会ったら、芹架くんの苗字が変わっていた。
 御遼神社と同じ、『御遼』になっていたのである。

「……斗望は、どこの中学校に行くんだ?」
「僕? んー、多分市立中学だけど――芹架くんは?」

 僕の言葉に、芹架くんが俯いた。

「霊泉の付属中学を勧められているんだ。でも……五年生の後半から六年生の途中まで、俺は勉強をしていないし……誰か知り合いがいるかも分からない。色々……そ、その、不登校とかがあったから、逆に誰も知らない霊泉の方が良いってみんな言うんだけど……」

 呟くように言った芹架くんを見て、僕は首を傾げた。

「行きたくないの?」
「試験に受かる気がしない……それに、友達が誰もいないのは、怖い。今のクラスだって、斗望しか話し相手がいない」
「芹架くんならすぐに友達が出来ると思うけど……?」
「……一年学校に行かなかっただけで、お前以外、ほとんど俺と距離を置いた」




 僕はあまり難しい事は分からないし、何があったのかも聞いていないけど、芹架くんが今辛そうなのは分かる。

「僕が一緒に行けたら良いんだけどなぁ」
「斗望……」
「だけど僕は、一年間、毎日登校したけど、勉強ができないよ? 僕こそ試験に落ちそうだ」
「……そ、そっか」
「友達はいっぱいいるけど、芹架くんと一番仲良しだし。離れた学校でも仲良しでいられると思う」
「……」
「けど……どうしたら、芹架くんは、元気が出る?」

 分からないことは、素直に聞いたほうがいい。
 お父さんが言っていた。聞かぬはいっときの恥らしい!

「――俺は大丈夫。斗望がそんな風に言ってくれたから、元気になった」
「本当?」
「うん……他の参考書をちょっと見てくる」

 そう言うと芹架くんが立ち上がり、歩いて行った。
 見送っていると、水咲さんが腕を組んだ。

「藍円寺斗望」
「なに?」
「お前は、霊泉学園に進学しないのか?」
「うん。しないと思う」
「何故だ?」
「ん? 普通のお家の人は、市立中学に行くんだよ?」
「――お前は玲瓏院一門の藍円寺家の人間だろう?」
「お寺は、享夜くんが継いでるから、僕は苗字だけだよ」
「人間とは複雑な制度を持つんだな」

 僕には、水咲さんの言葉の方が複雑に思えた。つまり意味が分からなかった。



 僕も、高校は霊泉に行くと良いと、玲瓏院のご隠居のお爺ちゃんに言われた事がある。
 奨学金があるからだ。
 だけどほとんどの子供は、普通は市立中学に行く。

 そこへ芹架くんが戻ってきた。

 それからは二人で本を読んだ。
 そして、六時の音楽が鳴ったので、二人で帰る事にした。

 水咲さんは、一歩後ろをついてくる。芹架くんがそばにいると、一言も喋らない。
 坂道を降りて行き、南通りのお地蔵様の前に出た。

 ここの先から、僕の住む公営住宅と、芹架くんのお家になった御遼神社は道が分かれる。

「また明日!」
「うん。気をつけてな」
「芹架くんもね!」

 こうして別々のバスに乗り、僕達は帰宅した。