【*】テーマパークに行くお話を聞いた僕(藍円寺斗望の日記)



 僕は、藍円寺の最寄りでバスから降りた。今日は月曜日だけど、昨日享夜くんのお家に忘れ物をしてしまったから、お邪魔する事にしたのだ。本当は、芹架くんを藍円寺に連れて行って遊ぼうかと迷った。小さいブランコと砂場がそばにあるからだ。

 だけど僕達は、もう小学校六年生で大人だから、読書の方があっていると思った次第だ……!

 石段を上っていくと、享夜くんが――この前会った、ローラさんと出てきた。

「あれ? ローラさん!」
「おお、斗望くんか」
「斗望? どうかしたのか?」
「忘れ物をしたんだよ」

 僕が言うと、享夜くんが頷いた。それから首元を抑えて、小さく首を振る。

「斗望、俺にはキスマークはついていないからな。ローラの嘘にだまされるな」
「そうなの? ローラさんは、藍円寺にお参り?」
「――ちょっと写経にな。いやぁ、斗望くんの叔父さんは、良い香りがするな」
「斗望、墨の話だ。ローラは、海外から来たらしくてな、珍しいらしい」

 ローラさんといると、享夜くんは、楽しそうだ。
 仲の良いお友達なのだろう。

「そういや、そうそう。今度な、俺と砂鳥と――もう一人、火朽っていう俺の家族のようなものとな、玲瓏院の紬と、藍円寺とテーマパークに行くんだ。斗望くんも行かないか?」
「行く! 行きたい! それって、新南津市ハイランドでしょう? 行く!」
「そこだ、そこ。よし、決まりだな」
「お友達も誘っていい?」
「ん? 誰だ? 絶叫マシーンに乗る人数的に、偶数が望ましいな」
「えっと……芹架くん。偶数……あ! 芹架くんの後ろにいつも、水咲さんがいるから、大丈夫!」

 僕が言うと、ローラさんが腕を組んで、何度か頷いた。

「へぇ。御遼神社の妖狐を護衛につけてんのか。中々良いじゃねぇか」
「え?」
「――何でもねぇよ。じゃ、決まりだな。日程は後で、藍円寺に伝えておくから、斗望くんは芹架くん達を誘っておけ」

 そんなお話をしてから、ローラさんは帰っていった。


 享夜くんが一緒だから、お父さんは反対しないと思う。

 ただこの日は、藍円寺に泊まったから、まだお父さんには話せないままで、翌日学校へといった。芹架くんを誘うのも、お父さんからOKが出てからの方が良いだろう。

 そう考えながら、今日も朝の挨拶をした。
 休み時間には一緒にお話したり、給食の時には机を合わせて食べた。
 授業時間は、水咲さんはいない。

 多分学校の中には入らないのだ。四時間目の時に、体育で校庭に出たら、校門の向こうに立っているのが見えたから、間違いないと思う。

 こうして放課後になり――僕はふと思いついた。

「ねぇねぇ、芹架くん。絢樫Cafeって知ってる?」
「あやかしカフェ? 新しいゲーム?」
「違うよ。お店だよ! 今日、一緒に行こう!」

 僕が誘うと、芹架くんが困ったような顔をした。

「学校帰りには、子供だけでお店に行っちゃダメだし、お金もない……」
「クッキーは、50円だったよ!」
「……2000円は、ある。そっか」
「僕は、100円しかないけど、多分大丈夫! それに保護者は――」

 僕はちらりと水咲さんを見た。するとスっと目を細めて、小さく頷いていた。

「――いるよ! それにお店の人が、享夜くんのお友達だから大丈夫。お店の人も保護者だよ!」

 僕が断言すると、芹架くんが何度か頷いた。こうして僕達は、絢樫Cafeの方向――藍円寺最寄りのバス停に向かうバスを待った。スクールバスではない。スクールバスは、広い新南津市の、既に雪があるような山の方向と、一番暖かい湖の方向にしか出ない。それ以外の場所に住む僕達は、普通のバスや電車、徒歩を推奨されている。

 こうして、僕達は、絢樫Cafeへと向かった。


 扉の前に立ち、僕はドキドキしながら中を覗いた。

 店内には、何人かの人――と、未和ちゃんや水咲さんと一緒で、全員には見えない人がいた。僕は重い扉を開ける。すると、後ろからすっと手を伸ばして、水咲さんが開けるのを手伝ってくれたから、すんなりと中に入る事が出来た。

「いらっしゃいませ」

 そんな僕達に、砂鳥くんが声をかけた。

 砂鳥くんというのは、この前享夜さんに教えてもらったのだが、このカフェのマスターらしい。ローラさんが、家族のようなものだと話していた。享夜くんが、「砂鳥くん」と呼ぶから、僕も心の中で、最近は「砂鳥くん」と呼んでいる。

 僕達よりもお兄さんで、高校生くらいに見える。なのにもう、こうやって働いているのだからすごい。僕も高校生になったらアルバイトをして、お金を稼ぎたい。だけど……霊泉学園大学の付属の高校は、特別なアルバイト以外禁止だと聞いた事がある。特別ってなんだろう?

「あ、斗望くん――それに、」
「芹架くんだよ、あと、ええと」
「――お友達? どうぞこちらへ」

 砂鳥くんはそう言うと、僕達三人を奥の四人がけの席へと促した。後ろをついて歩くと、甘い茶色の髪の毛がふわふわで、触ってみたくなる。芹架くんよりは背が低いけど、砂鳥くんも僕よりはずっと背が高い。

「僕クッキー。50円の! 芹架くんもそれ!」
「かしこまりました」

 僕達を座らせると、笑顔を浮かべて、砂鳥くんがクッキーを取りに行った。



 帰って来た時には、レモン水を三つ持っていた。そして二つを僕と芹架くんのそれぞれの前に置いたあと、ちらりと水咲さんを見た。

「気にするな」

 すると水咲さんが呟いた。しかし、芹架くんには聞こえていないようだ。砂鳥くんは、僕と一緒で見えるみたいだ。小さく頷き、砂鳥くんは帰っていった。享夜くんみたいに動揺したりもしない。格好良い……。享夜くんも格好良いが、僕の最近の憧れは、砂鳥くんだ。

「――他には何も頼まなくていいのか?」

 芹架くんの声を聞いて、僕は顔を上げた。

「うん!」
「そ、そっか……あ、あの、良かったら何か飲む?」
「ううん! お水で良い!」
「そ、そうか……」

 こうして僕達はクッキーを食べた。芹架くんがそれからトイレに行ったので、僕は店内を見渡した。様々なお花が飾ってあって、各地に小さい妖精がいっぱいいる。最初は虫かと思った。

「藍円寺斗望」
「ん?」

 すると水咲さんに声をかけられた。視線を向けると、ソファに深々と背を預けている水咲さんが、首元のマフラーに触れながら、僕を見ていた。着流しにマフラーって、変わっていると思う。

「ここは非常に危険だ」
「え? 砂鳥くんは優しいよ?」
「違う。この店ではない。むしろ、この店に入っていたことは、不幸中の幸いだ。迎えをこさせるから、それまで御遼芹架と共にここを動くな」
「どういう事?」
「俺は外に出る。ただ一つだけ――妖に気を許してはならない。人間とは異なる理の中で生きている存在だ」

 水咲さんはそう言うと立ち上がり、そのままお店から出て行った。
 一体どういう意味だろう? 首を傾げていると、芹架くんが戻ってきた。

「斗望、今侑眞さんから連絡があって、昼威先生が迎えに来てくれるって……」
「昼威さんが? どうしたんだろう?」

 水咲さんの言った通りになったなと考えていると、砂鳥くんが歩み寄ってきた。

「サービスです」

 にこやかにそう言うと、砂鳥くんが僕達の前にホットショコラを置いた。そして、隣に洋梨のタルトのお皿を置く。キラキラと輝いているケーキに、思わず僕は目を丸くした。さらっとサービス……格好良い!

「良いんですか?」
「ええ。藍円寺さんにはいつもお世話になっているので」

 不安そうに芹架くんが言うと、砂鳥くんが微笑した。優しい。芹架くんもほっとしたような顔をしている。それから僕達は、二人でタルトを食べた。すると、少しして、昼威さんが店に入ってきた。今日は木曜日だから、クリニックは午前中で終わりだったんだと思う。

「昼威さん!」
「斗望、それに芹架くん……お前達、学校の帰りは真っ直ぐに帰るべきだ。そうじゃないと朝儀や享夜や侑眞のように頭が悪くなるぞ」

 その言葉に、僕と芹架くんは吹き出しそうになった。

「――俺のようになりたいのなら、今後はお茶をしながら勉強もする事だな」

 そう言って笑った昼威さんは、続いて砂鳥くんを見た。

「珈琲とガトーショコラを頼む」
「かしこまりました」

 こうして、昼威さんが僕達のテーブルに加わった。

「急にお迎えなんて、どうしたの?」
「東門の南方さんの家の前の地蔵がちょっとな」
「え?」
「――享夜がこの前、玲瓏院経文を唱えて一時的に北門は処置していたんだが……今、東西南北の門の付近が騒がしいんだ」

 何処か遠くを見るような顔で、昼威さんが言った。

「門の担当は御遼神社なんだが、実質玲瓏院で肩代わりしていて、普段だったら享夜に経文を読ませに行かせて終わりなんだが――今、あいつはローラというバイトと一緒に仕事をしているから、一人で勝手には抜けられないだのと……はた迷惑な話だ」

 バイトの邪魔をする方が迷惑だと思ったけど、僕は言わなかった。
 そこへ砂鳥くんが、昼威さんの珈琲やケーキを運んできた。

「門が騒がしくなると、どうなるの?」
「――辻が捻れて人喰いの妖が出るとは言われているが……非科学的だから、俺は信じない。俺から見ると、具体的には、交通事故が急増する」

 昼威さんはそう言うと、僕達を見た。

「安心しろ。今回は、侑眞がきちんと祝詞を読む。今のあいつなら、享夜より役立つだろう――俺ほどではないがな」
「昼威さんが行ったらいいのに」
「どこに?」

「役に立ちに」
「――俺が役立つ場所は、病院だ。決して地蔵前ではない。奴らが失敗した時、運ばれてきた人間を救うのが、俺のバイトであり、本業はさらに言うなら、開業医だ。外科系ではない」

 そんなやりとりをしながら、僕達はケーキを食べた。芹架くんは、何度かちらりと昼威さんを見ていた。昼威さんは、視線に気づくと、珍しく笑顔を浮かべていた。

「大丈夫だ。俺は中等部の受験も高等部の受験も、ほぼ一夜漬けで乗り切った。大学だけだな、一ヶ月以上勉強をしたのは」

 昼威さんは、御遼神社にたまに遊びに行って、その時に芹架くんにお勉強を教えているらしかった。今度、僕も一緒に教えてもらう事になった。こうして食べ終わってから、その日は、藍円寺の車を持ってきたという昼威さんに、僕達はそれぞれお家まで送ってもらった。享夜くんの車だけど、大体使っているのは昼威さんだ。僕のお父さんもたまに借りている。


 その後、昼威さんに送ってもらって、僕は家に帰った。僕を送ってから、芹架くんを御遼神社まで昼威さんは送っていったみたいだ。僕はその日の夜、お父さんに、享夜くん達と一緒に遊園地に行って良いかと聞いた。

「良いよ」

 お父さんは、晩ご飯を並べながら、僕の微笑んだ。
 良かったと思いながらテーブルの上を見たら――普段は見ないような明太子があった。

「お父さん、明太子だ」

 海から取り寄せたような、大きくて新鮮で、高そうな明太子だった。僕は、小学校の遠足で出かけて食べて以来、明太子が大好きだ。

「ああ、今日ね、縲っていう僕のお友達が訪ねてきたんだよ。お土産、何がいいかって聞かれたから、明太子をリクエストしたんだ。僕には気前がいいんだよね。というか、あいつ根は気前がいいんだけど――色々大変みたいだ」
「縲? 縲って、玲瓏院の縲さん?」
「そう。斗望にはまだ会わせた事がなかったね。ご隠居――玲瓏院のおじいちゃんの、義理の息子だよ」

 お父さんの声に、僕は頷いた。僕のお家は貧乏だけど、親戚の玲瓏院家は大金持ちだ。だけど資産力よりも霊能力があるから、瀧澤学院ではなく、霊泉学園大学付属の学校にみんなが行くらしい。そう考えて、僕はふと思い出した。

「ねぇねぇ、僕さ」
「どうかした?」
「霊泉の中学校には、行けないよね?」

 僕が聞くと、箸を並べていたお父さんが硬直した。

「……十分、行く事は可能だし、僕としては本当はそれが良いと思ってる」
「え?」
「成長に伴って、斗望の力はどんどん強くなるから、きちんとした対応を覚えるなら、霊泉が一番だよ。ただね、僕は心配なんだ」
「心配?」
「対応は――今までのように、僕も教えられるけど、霊泉に通って習ったら――斗望は怪異と付き合う仕事を将来的にする事になるかもしれない。それは命の危険を伴う。僕はね、斗望には穏やかな一生を過ごして欲しいんだよ」

 お父さんの言う事は難しくて、僕には分からなかった。ただ、お父さんに悲しい顔はして欲しくない。

「大丈夫。僕、行かない」
「――行きたいんなら、別だよ? 僕は、斗望の希望を潰したいとは思わない」
「分かんない」
「斗望?」
「芹架くんが、一人で霊泉をお受験するのが嫌なんだって。僕も一緒にいられたらいいなって、思ったんだけど……お父さんが嫌なら、うーん。僕にはお父さんも芹架くんも選べない。でも、うーん」

 家族とお友達は、好きの種類が違う。僕は困りながら、明太子を食べた。
 お父さんは、それ以上は何も言わず、何度か頷いてから、テレビをつけた。

 その日は、ゆっくりと眠る事にした。

 ――翌日、学校に行ったら、臨時の全校集会が、朝あった。

「昨日、六年二組の日向さんが、交通事故で亡くなられました」

 僕と芹架くんのクラスメイトだった。昼威さんの言った通りの事故があったらしい。昼威さんは、僕達を送っていたから、病院でも役に立てなかったのだろう……。

 それから教室へと行き、僕は一番前の日向ちゃんの席を見た。
 花瓶に白い百合が飾ってある。
 日向ちゃんの幽霊が、唖然としたように、そのそばに立っていた。

 教室の中で、日向ちゃんが見えるのは、僕を含めて十人くらいだ。
 大体見える子は、霊泉を受験する。
 でも、芹架くんには見えていないようだった。

 僕は、日向ちゃんを見ていたら、泣きそうになったから、見えないほうがいいと思った。日向ちゃんは、自分が死んでしまった事に気づいていないみたいなのだ。周囲に話しかけて、誰も答えてくれないから、とても悲しそうな顔をしている。でも、僕も話しかけてはダメだ。亡くなった人とはお話をしてはいけないと、お父さんに習ったからだ。世知辛い世の中だ……。