【34】初詣の多忙と寝正月(★)



 ――年の瀬、この年は、藍円寺では除夜の鐘をつかなかった。
 亨夜は、ローラを守ると言って帰ってこなかったし(昼威も迎えに行かなかった)、朝儀は玲瓏院家で何か頼み事をされたらしく、そちらに泊まっているらしい。

 だが、御遼神社の初詣は例年通りとの事で、侑眞は帰る事になった。

「先生も、来てよ」

 と、言う台詞を聞いて、昼威は小さく頷いたから、年末の藍円寺は無人となったのである。誰も鐘をつく者がいなかったのだ。数少ない檀家の人間が代わる事も無かった。多くの市民が聞きに行く先も玲瓏院のお寺であるから、特に話題になる事も無い。

 昼威は荷物をまとめると、侑眞と共に御遼神社へと向かった。
 それが、大晦日前日の事である。

 こうして、新年が訪れた。カウントダウンの時、昼威は侑眞に聞いた。

「もう初詣客は並んでいるんだろう? お前はここにいて良いのか?」

 離れの庵でそばを食べながら昼威は問いかけたのだが、すると侑眞が微笑した。

「新年は寝正月と決まっているんです。当主に限り」
「神道はそういうものなのか?」
「御遼神社に限るかもしれないけど、神様をお迎えするのに、あくせく働いてはダメだし、掃除もダメだし――と、色々あるけど、それを良い事に、俺は先生と一緒にいたいです」

 それを聞いて、気恥ずかしくなって、昼威は顔を背けた。
 すると隣に座った侑眞が、昼威のグラスにビールを注ぐ。

「明けましておめでとうございます」
「ああ。明けましておめでとう――今年もよろしくお願いします。侑眞、今年も、というか、これからも」

 昼威が言うと、大きく頷いてから侑眞が微笑した。
 その笑顔があんまりにも綺麗に見えたものだから、昼威は照れを誤魔化すようにビールを飲み込んだ。その後は隣の寝室に行き、二つ並べてあった布団で、それぞれ眠った。

 翌日は、おせち料理を食べながら、昼から二人でずっと雑談をしていた。この何気ないひと時が、かけがえのないものに思えて――それこそ、平和で……昼威は不思議な気分になる。

「何も変わらないように思えるな」
「そう? お祓いの依頼は、初詣中というのもあるけど、激減してるよ。ほぼ無い。ある時は、心霊協会からの、残りの妖魔の討伐くらいだけど、それも俺が担当するものは無いよ」
「藍円寺も、享夜が絢樫Cafeにいるのはみんなが知っているから――ローラに気を遣っているのか、享夜が相手にしていたような微弱な肩凝りをもたらすものが消えたからなのか、直接的な依頼は無い。最近の享夜は前よりはよく視えるらしいが。玲瓏院からも、朝儀が藍円寺から出ているから、俺あてには何もない。ただ『待機』をご隠居から命じられたままだから、病院の仕事は休みだ」

 昼威がつらつらと答えた。認めたくない心霊現象について口にしてしまうのは、そばにいる侑眞が、それらの怪異に携わっているからにほかならない。

「それはそうと、享夜はローラと暮らしたいだなんていう世迷いごとを話していたが……実は俺も、一人暮らしをしようか考えていてな」

 ふと思い出して昼威が述べると、侑眞が腕を組んだ。

「前から言ってたよね。病院とクリニックの間だっけ?」
「ああ」
「――ここに住んじゃえば良いのに」
「それは無い」
「即答か。寂しいです」
「周囲にも説明のしようがないし、ここはクリニックからは決して近くない」
「まぁね――あ。そういえば、俺の父親名義のマンションがあるなぁ、近くに。部屋、空いてるか聞いてみようか?」

 侑眞の声に、昼威が身を乗り出す。

「本当か?」
「うん。条件によっては、家賃の値引きも交渉するよ」
「条件?」
「俺に合鍵を一つ、くれるとか」
「――それは、家賃を下げてもらわなくとも渡すつもりだった。あ、いや、その……」

 昼威は反射的に答えたあとで、視線を背ける。すると侑眞が微笑した。

「有難う、先生」
「だから、その呼び方は――」
「昼威さん」
「……」

 そんなやりとりをしていると、すぐに元旦は過ぎていった。そして夜がきた。布団のある部屋へと向かうと、昼威を後ろから侑眞が抱きしめる。その後、耳元で囁いた。

「姫初め、して良い?」
「……俺は、男だぞ。姫初めといいはするが、何というか……」

 昼威の服の下に手を入れて、右の乳頭を撫でながら、それを聞いて侑眞が微苦笑した。

「昼威さんが欲しい」

 もう一方の手は、下衣の中へと忍び込んでくる。立ったままで優しく刺激され、昼威は体が熱くなったものだから、唾液を嚥下する。その音が妙に大きく響いた気がしたのと、自身の陰茎がすぐに反応してしまった事で、羞恥に駆られて頬が熱くなる。昼威も、侑眞が欲しかった。

 そのまま布団に押し倒された昼威は、侑眞の服に手をかける。

「お前も脱げ。俺だけ寒いのは不公平だ」
「良いけど、すぐに熱くさせるし――暖房、効いてるよ?」

 昼威はその声には何も答えない。侑眞の温度を感じたいだけだなんて、口に出すのが恥ずかしかったからだ。そのまま、抱きしめ合いながら唇を重ねる。舌を絡め合い、視線を交わしては、角度を変えて何度も口づけた。

「っ、あ」

 侑眞が挿入したのは、それから暫くしての事だった。圧倒的な質量がもたらす甘い衝撃に、昼威は目を伏せて耐える。そんな昼威の太ももを持ち上げると、斜めに深く、侑眞が貫いた。ローションが卑猥な音をたて、二人の荒い呼吸が静かな部屋に谺する。

「あ、ああっ、く、ン」
「昼威さん、もっと声が聞きたい」
「あ、あ、あ」

 意地悪くゆっくりと、既に熟知している昼威の感じる場所を、侑眞は楔で刺激する。それだけで放ってしまいそうになり、昼威は体を震わせた。侑眞の言った通りで、既に体は熱い。太い雁首でグッと最奥を刺激されると、快楽由来の涙が浮かんでは溢れる。

「あ、ン――! あ、ああっ」

 ゆっくりと、じっくりと、昼威を味わうように侑眞が動く。的確に感じる場所ばかりを攻められ、次第にその動きが激しくなっていった頃、昼威は果てた。己の飛び散ったものを自覚していると、ほぼ同時に、侑眞もまた達したのが分かった。お互い、呼吸を落ち着けようと、何度も息を吐く。

「昼威さん、好きだよ」
「知っている」

 頷いた昼威の声は、少し掠れていた。その声のままで、昼威も伝えた。

「俺も好きだ。知ってるだろう?」
「うん、知ってる」

 こうして、二人の新しい一年が始まった。