【4】居場所を作る甘いケーキ



 それから十三時になった時、扉が開いた。見ると、背の高い黒髪の大学生と、後ろで髪を束ねている女子学生が入ってきた。

「よぉ、火朽、玲瓏院」
「あ、ホントだ。マリアージュのケーキ、置いてあるね」

 二人の声に、火朽さんと紬くんが視線を向けた。

「時岡(トキオカ)くんとまほろさんは――すっかりセットで並んでいるのが自然になりましたね」

 火朽さんがそう言うと、二人が照れた。どうやら恋人同士らしい。

「座る?」

 紬くんが聞くと、すぐそばの四人がけの席に、時岡くんとまほろさんが向かった。
 彼らの心の中を読むと、他にも二人が来るらしい。

「どうぞ」

 僕は切ったレモンを入れた水を二人の前に置き、メニューを広げた。
 南方まほろさんは、ここのケーキを仕入れている本店でバイトをしているらしい。
 時岡くんは、そのカレシであり、火朽さんが先程トークアプリで声をかけたようだ。

 ……火朽さんは、お客様を招いてくれている。ありがたい。

「俺、レモンティーを下さい。アイスで」
「私は、んー、ニューヨークチーズケーキと、キャラメルマキアートのセットで」

 二人の声に頷いていると、すぐに次のお客様が来た。

「お前ら早いなぁ」
「よ、宮永(ミヤナガ)。日之出(ヒノデ)は、なんか外で見ると、いつも以上に濃いな」

 時岡くんが声をかけると、その席に、新しいお客様が二人座った。
 最初に声をかけられた宮永くんを見て、僕は小さく目を瞠った。
 見覚えがあったからである。

 ――確か、藍円寺さんにお化け屋敷(民家)の除霊についてきて欲しいと前に頼まれた時、そこにいた大学生だ。何人も霊圧が強すぎて脱落していったのだが、最後まで残っていた人間のひとりである。

 宮永くんという名前なのかと記憶しながら、その隣にいる日之出くんという大学生を続けてみる。長い銀髪をしている。日本では珍しいと思う。しかしさらに珍しいのは、真っ赤な口紅をしている事だ。顔全体も、白く塗っている。

「いやぁねぇ、火朽くんのお宅がカフェとはねぇ。興味がそそられるねぇ」

 どこか奇を衒った外見と口調の日之出くんは、宮永くんと共に、時岡くんと南方さんの正面に座った。

「祈梨(イノリ)は、御遼神社(ゴリョウジンジャ)の巫女さんのバイトで来られないって。今度二人で来るね」

 南方さんの声に、周囲が頷いていた。
 一気にお客様が増えて、僕は少し焦りそうになった。
 それでもメニューを出すのを忘れずに、宮永くんと日之出くんの前にも広げる。

「俺はジンジャーエール。あと、んー……苺のタルトだな」
「何にしようかなぁ、ああ、うん。カフェラテで」

 こうして四人分の注文を取り、僕は一気に処理する事にした。繁盛するのは良い事だが、一つ一つに手間をかけるには、焦るとあまり良くない気がする。しかし、お待たせしても良いだろう。早ければ良いというものではないはずだ。その分、心を込めて丁寧に――それが、僕のスタンスだ。

「あ、美味しい!」

 運んでいくと、早速口にした南方さんが微笑んだ。心を読むと、お世辞ではなく本心だと伝わって来る。ついつい気になって読んでしまったのだ。

「美味いな」

 時岡くんも頷いている。宮永くんと日之出くんも口々に褒めてくれた。
 ちなみに、宮永くんは、僕に気づいた様子は無い。
 僕の印象は薄かったのかもしれない……。

「なんだか、マリアージュで食べるよりも美味しい気がする。場所が違うからなのかなぁ?」

 南方さんは、僕の妖怪薬でトッピングされた皿を見て、小さく呟いた。こちらにはラズベリーソースに妖怪薬を一滴垂らした飾りがある。場所ではなく、おそらくこの妖怪薬のソースの効果だ。僕はそれを伝えなかったが、ほんのりと心が温かくなる。

 その後彼らは、全員で雑談をしてから、巫女さんのバイトが終わったというもう一名からの連絡が来たとの事で、夕方の四時頃、一緒に店を出ていった。全員で飲みに行くらしい。僕は、会計作業に追われた。レジを扱うのが、実は一番苦手であるが――これは、マッサージの受付担当をしていた時に大体覚えたので、どうにかなった。

 とても疲れたが、心地の良い疲労感がある。充実している。
 一気に静かになったお店で、僕は厨房に戻り、自分のためにココアを入れた。
 甘さが心地良い。クリームの配置をもうちょっと変えようかなと考える。

 次に扉が開いたのは、午後六時頃だった。

 入ってきたのは、藍円寺昼威(アイエンジヒルイ)先生だった。先生というのは、お医者さんだからだ。ローラが餌(?)にしている藍円寺さん――こと、藍円寺の住職の享夜さんのお兄さんだ。

「いらっしゃいませ」
「――テイクアウトも受け付けているか? マリアージュのケーキが、ここでも買えると聞いた。マリアージュだと、一か月前から予約が必要でな」
「テイクアウトですか? 申し訳ありません、やってないです……」

 やっても良いのだが、僕にはラッピングのスキルがない。
 僕の言葉にメガネの位置を直しながら、昼威先生が困ったような顔をした。

「なんとか、そこのブッシュドノエルをまるごとくれないか?」
「――箱に入れるだけで良いなら、構わないんですが。包装が……」
「箱だけで良い」

 率直に僕が言うと、昼威先生が大きく頷いた。ちなみに、僕はほとんど話した事がない。一度、藍円寺さんについて、昼威先生がローラの所に「餌にするな」と言いに来た時に、僕はそばにいただけだ。

 だけどどうして焦っているのだろうか? そう考えて心を読んでみると、納得した。本日は、御遼神社の跡取り神主さん――御遼侑眞さんの誕生日らしい。本日は救命救急のバイトがお休みなので、遊びに行こうとしていて、昼威先生はそれを思い出したようだ。

 そう言う事ならばと、僕はケーキを箱に入れた。

 それにしてもローラが契約を暗示で取り付けてきた、マリアージュというケーキ屋さんは、本当に大人気らしい。

「助かった」

 昼威先生は、箱を受け取ると、すぐにお店を出ていった。僕は今後、テイクアウトに備えて保冷剤などを用意したり、ラッピングの仕方を覚えたりしようと、一人心に誓った。

 その内に七時になった。

 一応閉店時間は、八時と決めているので、そろそろ店じまいの準備をしても良いだろう。そう考えながら過ごし、七時半から僕は、菓子類やケーキの数を確認してしまい始め、閉店してからは、フロアやトイレの掃除を始めた。九時にはすべての作業が終わり、こうして再オープンの初日を僕は無事に乗り切ったのである。