【18】藍円寺から見たクリスマス前(SIDE:三男:★)




 ――もうじき、クリスマスがやってくる。
 そんなある日……ご隠居と昼威から、ほぼ同時に連絡が来た。

「もしもし」

 先に電話が来たのは、ご隠居からだった。俺は、昼威からのトークアプリへの連絡を見ながら、藍円寺に引いている電話を取った。登録してある番号だから、すぐにご隠居からだと分かる。スマホへではなく、家電への連絡だった。

『享夜よ、二十四日に、除夜の鐘の件で話があるゆえ、朝から時間を作っておくように』
「分かりました」

 俺が頷くと、電話はすぐに切れた。切ってから、受話器を片手に考える。クリスマス・イブに、キリスト教のお祝いの前日に、仏教の行事の話をするのか。まぁ俺、これでも一応住職だし……藍円寺の数少ない、それらしい仕事は除夜の鐘だ。

 元々、その日と二十五日は仕事を入れていなかった。理由は……ローラと一緒に過ごしたいと思ったからである。

「遅くなったとしても、夜まではかからないよな」

 呟いたら、俺は真っ赤になってしまった。自然と両頬が持ち上がる。ローラと付き合ってから、初めてのクリスマスだ。吸血鬼であるけれど、ローラはクリスマス……大丈夫だよな……? 考えながら、ちょっと不安になった。聖夜には力が弱まるだとかがあったら、どうしよう。

 なお、昼威からの連絡は、暫く御遼神社で過ごすという内容だった。ついにクビになったのかと慌てたが、なんでも臨時の休暇が入ったとは、先日聞いていて――その期間を、まるまる御遼神社の神主の侑眞さんの所で過ごすらしい。侑眞さんは俺のちょっと上の学年だ。昼威は早生れだから、年齢は三歳だが、俺とは四歳違う。侑眞さんは学年だと昼威の一つ下だから、俺の二つ上だ。普段は気さくだが、人前だと俺を立ててくれる、非常に良い人である。

「なんであの人は、昼威に対して、下僕のごとく優しいんだろうな……?」

 俺は時々それが不思議になる。ただ、先日朝儀が遊びに来た時に言っていた。

『あの二人、付き合ってるんだって』

 ……。
 なお、俺はその事実確認を昼威にもした。回答は、沈黙が肯定していた……。
 俺は思う。俺も昼威も、男と付き合っているって……も、もしや、遺伝子レベルで、男が好きだったりする家系なのだろうか、と。いいや、それはないだろう。父さんは普通に母さんを好きだったと思うし、朝儀だって……最近は親しい男の人がいるらしいが……斗望がいる。俺だって、相手がローラでさえなければ、基本的には女の人が好きだ。そのはずだ……過去を振り返る限り……!

 その時、藍円寺の呼び鈴が鳴った。
 慌てて外へと向かうと、ローラが立っていた。

「バイトの時間だろ?」
「あ、ああ……あれ、俺、今日はキャンセルになったと伝え忘れたか?」

 そう、そうなのだ。本日の依頼主は、正面を紬が歩いたらしく、除霊の必要が無くなってしまったのだ。ここの所は、午後の三時からとバイトの時刻を決めているのだが、つまりは、今日はお休みとなったのである。俺は、トークアプリで送ったよなと不安になった。

「除霊が休みになったとは聞いた。けどな、バイトはそういう流動的なもんじゃなく、俺の希望としては、午後三時から夜が更けるまで藍円寺とずっといる、って事を希望してる」

 ローラはそう言うと、俺をじっと覗き込んだ。透明な眼差しに吸い寄せられるようになってから、俺は思わず赤面した。

「入るか?」
「おう」

 こうして俺は、藍円寺の住居側に、ローラを上げた。お茶の用意をしながら、正座をしているローラを一瞥する。その姿が一枚の絵のように思えて、俺は思わず見惚れた。ローラは格好良すぎる……! 犯罪級だ……!

「どうぞ」
「有難う」

 茶を前にしたローラが、猫のような瞳で瞬きをすると、端正な指先を湯呑へと伸ばした。俺はそれを見ながら、落ち着こうと頑張って、自分の湯呑を手にする。それから、なんとか雑談をひねり出そうと試みた。

「バイトの時間が空いてしまったな。全く、無駄な時間だ」

 本心では、無駄だなんて全然思っていないのに、またしても俺の口は余計に動く。
 ローラと一緒にいられるだけで幸せなのに……!

「じゃ、有意義に過ごすか」

 しかしローラには、気を悪くした様子は無い。それに安堵してから、俺は小さく首を捻った。

「有意義に?」
「俺もそろそろ、本格的に藍円寺を手伝いからな。お経の一つも覚えたい」
「え」

 それを聞いて、俺は焦った。ローラには、危険な目にあってほしくないというのもあるが……吸血鬼が、お教を覚えて大丈夫なのだろうか?

「な? 教えてくれ」

 しかし俺は、ローラのお願いには弱いのだ……。迷っていると、湯呑を置いたローラが、一度立ち上がり、次に俺の正面に腰を下ろした。そしてグイと俺に詰め寄った。

「藍円寺、教えてくれ」
「あ、ああ」

 距離が近い。俺の心臓がドクンドクンと煩くなき始める。動揺している俺にさらに詰め寄り、ローラが端正な指先で、俺の唇をなぞった。それから唇と唇が触れ合いそうな距離まで、顔を近づけられる。

「は、般若心経で良いか?」
「藍円寺が選んでくれたんなら、それで良い」
「――実際に除霊に使うなら、他の真言とか、もっと効果が高いものがあるんだけどな」

 玲瓏院一門の、玲瓏院経文は、どちらかといえば、密教よりの仏教だ。しかしその数々には力が強いものも多いから、唱えていてローラの具合が悪くなってしまったらという不安がつきまとう。そう考えていた時、トンと体を押され、気づくと押し倒されていた。

「藍円寺、俺が吸血鬼として知る限り」
「っ」
「――愛情に勝る、対霊魔戦術は存在しない」
「え?」
「強い愛は、陽の力だ。愛の力は、全ての魔を弾くだぞ。お経は覚えておくが、同じくらい有用な愛情の交換が、俺はしたい」

 ローラはそう言うと、俺の両手首を握った。優しく押し倒されて、俺は瞠目する。

「というより、自習してきたから、聞いてくれ。般若心経なら言える。かんじーざいぼーさーつ……けど、代わりに俺には、お前の声を聞かせてくれ。愛を教えてくれ」

 そう言うとローラは、俺の首筋に吸い付いた。ツキンとその箇所が疼く。

「ぁ……っ」
「藍円寺は、本当に綺麗だな」

 ローラの右手が、俺の服を乱し、陰茎を握りこむ。その感触に俺の背がしなる。

「ん……ン」

 鼻を抜ける声が出るのが止められない。既に俺は、お教を教えるどころではなくなっていた。

「あ、あ、あ」

 緩やかに扱かれて、身悶える。そのままローラの手で高められて、俺は呆気なく放った。するとローラが俺の太ももを持ち上げる。そして俺の放ったものを指で救ってから、菊門へと指先を勧めた。

「っ」

 実直に入ってきた指の感触に、ギュッと俺は目を閉じる。その後しばらくほぐされて、そうして、ローラが俺の中へと楔を進めた。

「あああああ!」

 熱い質量と硬度に、俺の全身が蕩けそうになる。抽挿されるたびに、粘着質な水音が響く。それが無性に気恥ずかしくて、瞑る目に力を込めると、生理的な涙が眦から溢れた。

 こうして藍円寺の居間で、俺達は交わった。