【25】一瞬
カフェスペースでそばを食べていたら、ひょいとローラが顔を出した。
「……砂鳥、不審者を店に入れるというのは、どういう見解だ?」
「水咲は不審者じゃないよ」
「お前、前に、襲われかけたことを忘れたのか?」
「覚えてるよ」
「――つまり、以後何があっても同意とみなして、俺は関わらなくてもいいという事か?」
「え? 何もないし」
「俺、これから、藍円寺とゆっくりするから、お前らに構っていられねぇからな」
それだけ言うと、ローラは僕から視線を逸らして、水咲を見た。
「砂鳥は、敏いようで鈍く、子供のようで大人で、ちょっとバカっぽいけど冷静でもある、うちの大切な家族のようなものだから、傷つけたら、とりあえず、容赦しない」
「――俺も無理強いはしないが、過保護な小舅がいるというのはあまり好ましくないな」
「安心してくれ。俺も昼威先生という小舅に悩まされているから、そこまで強くは出ない。同意があるならそれで良い」
ローラはそれだけ言うと、引き返していった。僕の話を、僕の前でされるというのも、何とも言えない気持ちになる。それにしても、ゆっくりしてくるって、今から年越しで一緒に寝るんだろうなぁ。姫はじめ、早すぎじゃないのかな、ローラ達。
「砂鳥」
「何?」
「お許しが出たようだから、少し外出しないか?」
「え? 出てないよ、何の許しも」
「保護者の許しが出ただろう?」
「……ちなみに、どこに行くの?」
「妖のテリトリー側の御遼神社だ。人間のテリトリーでは無い側の。そこに俺の家がある」
それを聞いて、僕は腕を組んだ。
「この流れで、水咲の家に行ったらさ、それってさ、僕無防備過ぎない?」
「同意を得れば良いのだろう?」
「同意してないよ」
「――この家で姫始め中の二名と同じ空間で過ごすのか?」
「う……」
確かに、遠くからそれを透視したりしながら暇をつぶすという無駄な大晦日のカウントダウンは、我ながらどうかとも思った。
「分かった。遊びに行きたいけど、僕は前にも話した通り、関係は変えたくないんだよ」
「関係を変えなければ、良いんだな?」
「良いというか……う、うーん」
このようにして、僕は水咲の家に遊びに行く事になった。コートを着てカフェから出ると、水咲が道を繋いでくれたので、一瞬で場所は移動できた。ただ、肌寒い。
水咲の家は、雪にうもれた無人のやしろの裏手にあった。人のテリトリーだと、そこには侑眞さんの庵があるらしいが、こちらの妖の場所だと、水咲の住む庵があるらしい。中に入ると、丸い窓の無効に降りしきる雪が見えた。
畳の上には、布団が二枚並んで敷いてある。それだけの部屋だった。
「これ、いつ敷いたの?」
「今、帰ってきた時に、術で広げただけだ」
「あからさまにヤる用意だよね?」
「――嫌か?」
「うん、嫌かなぁ」
僕の回答を聞くと、吹き出してから、左側に水咲が寝転んだ。僕は右側に座ってみる。
「では、寝正月を迎える準備をするか」
「そうだね、ゴロゴロするだけという意味なら、寝てもいいかなぁ」
頷いて、僕もうつ伏せに横になってみた。そうして首を動かし水咲を見ると、頭の後ろで手を首、寝そべっていた。視線が合う。
「俺は砂鳥が、俺に過度に傅かない所が気に入っているんだ」
「やっぱりこの土地の将軍様なだけはあるね」
「俺というよりも、俺がお仕えしているアメ様がお力をお持ちなんだ。俺はただの遣いで、普段は人間の世話をしてばかりだぞ」
言いながら、水咲が優しい顔をした。どこか楽しそうにも見える。御遼神社の人達の事が好きなんだろうなぁと僕には分かる気がした。
そこから僕達は様々な雑談をした。
水咲から聞くこの土地の話は、僕の知らない事ばかりで面白い。
どうやら、本当にこの土地に愛着があるらしい。それも強く伝わってきた。
僕には、郷土愛のようなものはないから、それが少しだけ羨ましく思えた。
そうこうしている内に、いつの間にか、日付が替わろうとしていた。
「本当に今年はせわになったな」
水咲がそう言って上半身を起こしながら、そう言った。そして時計を差し出した。
「あ」
僕が見ている前で、秒針が十二を通り過ぎる。
「明けましておめでとうございます」
「あ、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします……! 時間が経つのが、早すぎたよ」
「そう言われて悪い気はしないな」
時計をしまった水咲は、それから僕をじっと見た。
「俺もお前と話していると、いつもより時間が早く過ぎるように感じる。不思議だ。ずっと一緒にいたいのに、時が早く過ぎてしまうというのは、困ったものだな」
「いつでも会えるよ」
「――今、もっと温もりを感じたい」
「また口説いてる。気を抜くとさ、口説くよね」
「ダメか?」
その言葉に――僕は、口ごもった。なんだか話せば話すほど、水咲といると安心するし、楽しいという気持ちが起こってくる。
「……ダメじゃないけどさ」
正直、僕は少し、水咲を意識してしまっている気がする。だから、心臓に悪いという意味では、ダメかもしれない。常連さんから一歩進んだ一の友達、さらにそこから少し進んだところに、水咲はいるようないないような、そんな心地だ。
「改めて言う――というより、明確には初めて伝えるが、俺は砂鳥が好きだぞ」
「……」
「だから口説くし、それはこれからも変わらない」
「……」
「関係性を変えたくないという砂鳥の望みは叶えてやれそうにもないが、他の出来うる限りの望みは叶えたいと思っているんだ」
僕はそれを聞いて、頬が熱くなってきた気がした。