【3】高砂、惚気を聞く。
「――というわけでさぁ、ザフィスがさぁ、格好良くてさぁ」
「はぁ、そうですか」
バレンタイン翌日。
ハーヴェストクロウ大教会に立ち寄った高砂は、ラフ牧師に捕まっていた。
万象院においても匂宮家においても、ラフ牧師こと鴉羽卿は、高砂にとって重要な存在だ。どちらも神様のようなものである。その上、ラフ牧師とザフィスが夫婦である事も高砂は知っている。ラフ牧師にとって高砂は、やはり孫のような存在だった。だから心置きなく、昨日いかに高級なチョコレートをザフィス神父に買わせたかを語っている。
バレンタインなど仕事で忘れていた高砂は、どうでも良くて内心他のことを考えながらも、完璧に聞いている素振りをした。
「高砂もさぁ、そろそろさぁ、誰かいい人をさぁ、見つけろよ!」
「はぁ」
「俺とザフィスの出会い、聞く?」
もう何千回聞いたか分からない。だが、聞かなくて良いと言う前に、ラフ牧師が語り始めた。なので高砂は、頭の中で別のことを考えながらお茶を飲むことにする。そして、語り終えたようだったので、高砂はラフ牧師を見た。
「鴉羽卿」
「ん?」
「窓の外に不審者が二名いますけど」
「へ?」
高砂の声に、ラフ牧師は振り返った。そして目を瞠った。
二人がいるこの謎の和室からは、噴水のある通りのベンチがよく見える。
そこに――闇猫と黒色が一名ずつ座っている。左と右の端だ。
そもそも、その武装冠位の証である戦闘用装束で孤児院街に立ち入ること自体、本来であれば自殺行為である。ラフ牧師も見逃さないし、戦闘禁止であるとしてゼクスも声をかける。だが――左の闇猫、ゼクス当人である。
闇猫というか、闇猫以外のアイテムも含め、沢山のものを着込み、口布からフードから手袋からブーツから、フル装備のゼクスは、見える場所がどこにもない。宝石ホルダーのようになっている。
その逆側、黒いローブ姿など、滅多に外では披露しない時東が、ギルドのロードクロサイト議長の姿をそのままに、こちらは完全にそこだけ夜と同化中という気配で座っている。
確かに、二人共黒づくめの不審者である。だが、ラフ牧師にも高砂にも中身が分かったように、最下層のガチ勢達は察していた。そして二人の姿を不審に思うような人間には、PSY攪乱光が出ているので、ゼクスと時東の姿は感知できない。
「なぁ高砂、あいつら何してんの?」
「俺がお尋ねしたんですけど」
「ちょっと聞いてきて」
自分でもそうしようと思っていたので、高砂は頷いて外に出た。
そして真っ直ぐに二人のもとへと向かった。
「おはよう、何してるの?」
「「!」」
率直に聞いて、高砂は煙草を取り出した。白衣のポケットからライターも取り出す。
カチリと音がした時、ゼクスがフードと口布を取った。
「高砂、聞いてくれ」
「簡潔に」
「――え、ええとだな、あ、あの」
ゼクスが困ったように唇を震わせた。
すると時東が慌てたように、高砂の腕を引いた。
「た、高砂! ゼクスが困ってるだろう」
「じゃあ代わりに時東が説明して」
「えっ、あ、あっと、だ、だ、だから……――昨日、俺は、ゼクスに告白をして、今その答えを聞きに来ている」
「へぇ。それで時東は、恥ずかしくてゼクスの顔を見られないから顔を隠してるんだ。かつ振られた場合の泣き顔も見えなくなるし」
「うるさい」
時東のどこか震えている声に、思春期の子供を思い出しながら、高砂は煙草の煙を吐いた。続いてゼクスに視線を戻す。
「それを見たゼクスは、念のため応戦できるように服を変えたんだ」
「うん、俺は時東がいかにも襲ってきそうな服を着ているから、着替えて――そ、そうか、恥ずかしくてだったのか……――ど、どうしよう高砂! 俺、時東のことが好きかどうかは分からないんだけどな、誰かに告白されたことがないから、そういう意味で嬉しくて嬉しくて嬉しくて、さすが俺って思って喜びが止まらない。高砂はどう思う? 俺ってやっぱり、格好良いか?」
「どうって、ゼクスの容姿についてであれば、格好良いと表現できなくはないと思うけど、内面であればそう表現する余地はゼロに等しくて、そもそも格好良い人物とは、たった一度の告白にそこまで舞い上がり、真摯に答えるでもなく騒ぐのかと考えると、俺はそうは思わないから、ゼクスはやはり格好良いとは言えない。だから結論として言えば、格好悪い」
「うっ……」
素直に高砂が感想を述べると、ゼクスが衝撃を受けたらしく、悲しそうな顔をした。
それを見て時東が慌てた。
「た、高砂! ゼクスが傷ついてるだろうが」
「知らないよ。時東、あのさ、恋は盲目って言うけど、現実を見た方が良いよ、物理的な意味で。その格好でここに座ってると、臨戦態勢にしか見えない」
今度は煙と共に溜息も漏らし、高砂が静かに目を伏せた。
人の惚気ほどテンションが下がるものはない。
「ゼクスもさっさと返事をしなよ。時東が哀れだ」
投げやりに高砂が言った。すると何度もゼクスが頷いた。
「っ、あ、その……――俺、やっぱり、好きな人としか付き合えず、時東が好きかわからないから、時東とは付き合えない」
「……――ああ。分かった。そんな気がしてた」
時東がひと呼吸おいてから苦笑混じりの声を出した。
二人は、何やら納得している感があった。
――焦ったのは高砂である。
「なんかごめん、付き合うとばかり思ってたから、俺、うん、ごめん」
「なんでお前が謝るんだ。良い、ゼクスの気持ちは分かっていた。俺はこれから頑張る」
時東はそう言うと立ち上がり、「またな」と言って消えた。
高砂は悪いことをしたなと思いながら見送り、それからゼクスを見た。
「付き合えば良かったのに」
「え」
「嬉しかったんでしょう?」
雑談的に高砂は聞いた。するとゼクスが狼狽えたような目をした。
そして――俯いた。
「俺、好きじゃないと付き合えない」
「好きな人いるの?」
思えば聞いたことがなかった。高砂はじっとゼクスを見た。
「俺はお前が好きだ」
ゼクスは勇気を振り絞った。
実は――……一目惚れだったのである。
それを聞いて高砂が腕を組んだ。はっきり言って、死ぬほど嬉しかったが――顔には出さない。高砂だってゼクスが好きだ。しかし、予想外だった。
「ゼクス、それ、本当?」
「あ、ああ……」
「――気持ちは嬉しいけど、俺も好きでない人とは付き合えない。ごめん」
高砂は言い切った。本当は好きだが――……これまでの間に、ゼクスに告白しなかったのと、断った理由は同じだ。
何度か、敵のマインドクラックで、ゼクスと恋をする光景を見た。自分でも逆マインドクラックを構築する時に、恋愛関係を土台にした事がある。その時に、自分の手の中で快楽に怯えるゼクスを見て、高砂はいたたまれなかったのだ。
ゼクスはゼスペリア教の聖職者である。正式に婚姻するまでは、肉体関係を持つことはありえない。だからこそ、恋愛関係を土台にして性交渉場面を視せれば、それが『ありえないことである』と、ゼクスは気づくのだ。
高砂は、付き合ったら、抱かない自信がない。付き合っていなくても、隙だらけのゼクスを押し倒してしまいそうな自分を、いつも制している。だが身分が違いすぎるから、簡単に結婚することはできない。場合によっては、それこそ駆け落ちしかない。ゼクスの病気を考えれば、それは得策ではない。非常に元気そうに見えるし、病気のレベルは1らしいが、病気だから1なのだ。0ではない。
「うん。言いたかっただけだ……言えて良かった」
ゼクスが涙ぐみながら笑顔を浮かべたので、高砂は我に返った。
言い知れない罪悪感が襲ってくる。
そのままゼクスが帰っていくのを、高砂は静かに見送った。