【6】時東の考察



 その頃、時東は悩んでいた。
 ……高砂が作り出した、朱匂宮が好きすぎることについて。

 本物は、ハーヴェスト家長子のギルドの副議長である。上目線であんまり好きになれない、というよりは、あまり興味が見てない人物、それが朱匂宮の若宮である。だが、高砂が逆マインドクラックのために作り出したゼクス像は、あんまりにも麗しかった。

 だが、あれは偽物なのだ。
 そこで、自分でも同じようなゼクス像を創り出そうと奮闘しているため、現実には戻ることができない。周囲が自分を起こそうとしているのは知っていたが、時東は集中すると、他のことが目に入らなくなるので、今は意識的に無視している。

 空間がゆがんだのは、その時のことである。

「ロードクロサイト議長、何をしているんだ?」

 今考えていた当人がきたものだから、時東は目を細めた。
 しかし今は話している暇はない。

「忙しいんだ、帰ってくれ」
「そうは行かない。さっさと意識を取り戻してくれ。その……心配しているんだ。レ、レクスが!」
「俺抜きでなんでもやってくれと伝えろ」
「あのな、意識を喪失したままでは、体だって弱る」
「ご病気の副総長にご心配いただかなくても」

 時東は無意識にそう言っていた。そして、『あ』と思ってしまった。
 副総長は、病気のことを気にしているからだ。
 視線を向けると、ゼクスが泣きそうな顔で目を見開いていた。

 ……時東の幼馴染みは、実はこの人物である。

 こういう表情は、昔のままだった。だが、現在は素直ではなく嫌味な自信家である。
時東はそういう点を見て興味を失ったのだが……今、ショックを受けたようなゼクスを見て、何かが閃いた。ピンときた。

 この顔……高砂が創り出した朱匂宮に、どこか通じるものがある。
 ではそれは一体なんなのかと考えて、時東は、ハッとした。

「泣き顔だ」
「ん?」
「俺はお前の泣き顔が好きなんだ!」
「は?」

 突然不可思議なことを時東が言い出したものだから、ゼクスは首を傾げた。

「さらに艶だ。お前になくて、あちらにあるもの!」
「艶?」
「これを見てくれ」

 時東はそう言うと、瞬時に構成した自作の朱匂宮像を、本物の朱匂宮ゼクスに見せた。

『ぁ……あっ、ああああ』

 目の前に展開されたPSY知覚情報モニターを見て、ゼクスがポカンとした。
 何せ、自分が泣きながら喘いでいる姿が展開されたからである。
 しかも……時東に暴かれていた。真っ赤になったゼクスは、涙ぐんだ。

 実は……時東に幼少時から片思いしているからである。
 それこそいつか、体を重ねて見たいと思っていたのだが、時東が自分を好きでないことはよく知っていた。

 ――それはそうと、これはなんだ?

 恥ずかしくてゼクスは見ていられなかった。

「お、おい、これは……」
「いや、お前がこれだったらいいなと思ってな」
「えっ」
「お前がこのくらい色っぽかったら、俺は即座に目を覚ます」

 時東の言葉に、ゼクスが硬直した。それから震えを押し殺した。
 緊張からである。

「俺が、その……お前と寝るならば、目を覚ますと言うことか?」
「いいや。お前がこの人物のように、艶っぽい美人になったらという話だ」
「っ」
「お前には興味がない」

 再びゼクスが泣きそうになった。しかし今度はモニターしか時東は見ていなかった。
 胸が痛くなり、ゼクスは溜息をついた。

 ゼクスもまた……逆マインドクラック現実を精査していて、優しく甘い時東を見て、自分も一度でいいからそうされて見たいと思ったものである。また、自分が仕掛けているVR経由の逆マインドクラックでもそういう対応を受けて内心泣きそうなほど嬉しかった。しかし、現実はこれである。

「お前が優しく真摯な態度を取るならば、俺だってお前の前で色気を出せるかもな」

 半ば当て付けにゼクスは言った。すると勢いよく時東がゼクスを見た。

「本当か?」
「え」
「俺は医療院業務でそう言った対応に慣れているから、お前の言葉が事実なら、優しく接することは可能だ。が、お前に本当に色気なんか出せるのか? お前は確かに顔は良い。それはこのモニター内部の人物とも同じであるし、闇猫の隊長や緑羽の若御院とも同じだ。だが、俺はこれまで、お前に色気を感じたことは……」

 時東はそこで言葉を止めた。
 実は一度だけあるのだ。それは、最下層に左遷された時に、牧師の格好で座っていたゼクスと再会した時のことである。あの時は、一瞬頭の中に鐘の音がなった。だが、現在時東は、別に恋をしているとは思っていない。

 ゼクスはその沈黙の続きが、「一度も無い」だと確信して俯いた。

「「……」」

 二人とも沈黙した。しかし胸中は一致していなかった。
 少し考えた末、時東が先に口を開いた。

「お前、童貞?」
「……は?」
「いやほら、お前に色気が無いのは、色っぽい経験がないからでは無いかと考察した」
「……」

 時東はすぐに否定が返ってくると思っていた。正直これまでゼクスの下半身になど興味がなかったため、聞いたことがなかったのである。

 しかし、ゼクスは……経験がなかった。プライドが高いため、無いとは答えられなかったが、幼い頃から時東一筋であるので、他に関係を持とうと思ったことはない。さらに病弱を通り越して時々重病人と表現するしかない状態になるため、体力的にも厳しい。なので元々淡白な方だった。一人でも全然しない。

「……つまり俺がその辺の誰かと経験をして色っぽくなったら、お前は目を覚まし、さらに優しくなるのか?」
「ん?」

 震える小さな声で呟いたゼクスに、時東は虚をつかれた。

「もういい分かった、そういうことならその辺の黒色に頼んで――」
「は? お前、何言ってるんだよ?」

 時東はその時、驚くほど焦っている自分に気がついた。
 同時に――どこかでゼクスが自分以外とヤるわけがないと思っていたことにも気がついてしまった。その時再び、頭の中で鐘の音が聞こえた気がした。

 恋をした時に響くという鐘の音だ。

 ゼクスの姿がそこで消えた。現実へと戻ったのだ。
 焦って時東は硬直してから、慌てて目を覚ますことにした。