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「何か食べたいものはあるか?」
「――ああ、なんでも良いが、お前は?」
「俺は、王都が久しぶりだからな――もしもオススメがあるのならそちらに行ってみたいが、もしもロードクロサイト議長の時間を空けてもらえるようならばと、数軒抑えてはある」
「時東で良い。俺もゼクスって呼ぶから」
「ああ。時東、か」
「時東だ。じゃあ俺のオススメの店に行こう。俺、今、死ぬほどローストビーフが食べたくてな。食べないと死にそうなんだ」
「高IQ燃焼体質なのか?」
「特効薬的にローストビーフに含有される火魔石粉は有効だし、よく知ってるなとは思うが、うん、まぁ、そ、そうだな! いやぁ、お腹が減った」
「時東先生が国内二位というのは、評判だからな」
「それほどでもない。じゃあ、馬車。あそこにあるハーヴェストの馬車、お前のか?」
「ああ。行き先は?」
「ミッドナイトレイスホテル」
「? この時間にレストランがあいているのか?」
「あそこは、ルームサービスで出してくれるんだ」
「なるほど。密談にも最適だな」
「だろ?」

 こうして、二人で馬車に乗り、大きなホテルに向かった。王宮のそばにある高級ホテルで、完全会員制なのだが、二人共顔パスだった。乗ってきた馬車で、国内で立ち入り禁止の場所のほうが少ないだろう。

 実際に時東は、頻繁に寝泊まりしていくため、最上階の最高級の一室へと暗黙の了解的に促された。ゼクスもそれを不思議に思うでもなくついて行った。

「えーっと、何食べる?」
「ローストビーフじゃないのか?」
「それは頼む。他には?」
「任せる。食べられないものや嫌いなものは特にない」
「そうか」

 頷いて時東が、壁に設置されていたロステク電話で注文した。

「あー、メニュー全部持ってきてくれ。おう。全部。うん。一度に」

 そう言って時東が通話を終えた。

「え」
「よし、これでお前の好きなものも届くだろう」
「あ、ああ……時東先生は、スケールが違うな……」
「そうか? 照れるな」
「別に褒めたわけでは……ま、まぁ良い。実は、少し聞きたいことがあってな」

 ゼクスは、そう言うと椅子に座り直した。

「煙草を吸っても良いか?」
「ああ、俺も吸う」
「医者なのに吸うのか?」
「ダメか?」
「個人の自由だと思うが……意外だった」
「喫煙の可否を聞きたかったのか? ほれ、灰皿だ」
「ありがとう。いいや、レクスの事だ」

 時東が差し出した灰皿を一瞥しながらゼクスが言った。
 頷いて時東も煙草を取り出した。

「レクスは、ギルドではどんな様子だ? 離れていたからな、気になって」
「弟思いなんだな」
「普通だ。時東先生は、ご兄弟は?」
「一人っ子だ」
「そうか」
「恋人もいない」
「ふぅん」
「ゼクスは?」
「ん?」
「恋人はいるのか?」
「いやいないけどな、話をそらさないでくれ。俺は、レクスについて聞きたいんだ」
「お前こそそらすな。俺は、お前に恋人がいるかどうか聞きたいんだ」
「そんなものどうだっていいだろう」
「いいかどうか決めるのは俺だ」
「いないって言っただろう。それで、レクスは元気にしているんだな?」
「交互に一問一答にしよう!」
「は!?」
「俺はレクス伯爵についてお前に教える。お前はお前について俺に教える」
「面倒だから嫌だ。そちらの質問はまとめて後でしてくれ。先にレクスを頼む!」
「元気だ。医師として特に付け加えることはない」
「人間関係とか」
「知らん」
「え」
「興味ない」
「……率直に言う。ロードクロサイト議長派とハーヴェスト派の仲が不穏だと聞いた。その点に関して憂慮している。時東先生の実感としては、どうなんだ?」
「俺とお前が仲良くなれば万事解決だと確信している」
「それは概ね同じ方向性で俺も考えていたんだが、今なんでお前ベッドを指さしたんだ?」

 ゼクスがひきつった顔をした。時東は笑顔だ。

「だって俺達大人だし」
「悪いが俺は、そう言う関係の深め方は得意じゃないんだ」
「童貞?」
「そういうことじゃなくてだな……悪い、帰っていいか?」
「まだローストビーフが来てない。なお言えば、全部届くまで帰っちゃダメだ」
「メニュー全部って、一体どのくらい……?」
「んー、夕方には帰れるかもな。全部完成してから一気にもってこいって言ったから、人払いも済んでる」
「お、おい! 最初から、計画的に……!?」
「うん? 何の話だ?」
「ふざけるな!」
「俺な、さっきから頭の中で、カーンカーンって鐘の音が響いているんだ」
「安心しろ、俺の頭の中は無音だ」
「ちょっと俺とお付き合いしてみませんか?」
「結構だ。過度の疲労と寝不足で思考がおかしくなっているんじゃないのか?」
「ただの恋の病です」
「待ってくれ」
「好きだ。一目惚れした! 俺と付き合ってくれ!」
「悪いが俺は人生で一度も一目惚れをしたことがないし、出会って一時間未満の相手に告白されて間に受けるほど子供でもない」
「時間なんて関係ない。じゃあ、こうしよう、まずはお互いを深く知ろう」
「遠慮する。ロードクロサイト議長には、よりふさわしいお相手が大勢いるだろう」
「大勢いない。目の前の一人だけだ」
「……急用を思い出した。帰る」
「あー、馬車にはもう帰るように言っちゃった」
「は?」
「俺派の黒色に、密談するから、ハーヴェスト派の黒色と仲良く外に行ってろって話して、この階は護衛隊性万全だけど完全人払い状態だし」
「……」
「物は試しって言うだろ? 俺と、ぜひ、試してくれ!」
「――殺し合いを試すという意味に受け取っても良いのか?」
「えっ、寝技!?」
「そこに直れ」

 ゼクスの笑みが消えた。冷たい光を宿した青いサファイアのような瞳が、ギンと冷気を放つ。殺気で、煙草の火が消えた。常人ならば心停止だろう。しかし時東は、武闘派よりも腕が立つところも買われての議長だ。

 立ち上がったゼクスに、こちらは満面の笑みで、時東もまた立ち止まった。タバコを片手で消し、時東は考えていた。どうやって、押し倒そうか……そればかりだった。

「手加減はする」
「ゼクス様、俺はしない」
「そうか」

 無表情でゼクスが頷いた。そして――姿が消えた。
 高速で移動したのだとすぐに判断して、時東は位置を予測した。
 が――予想外の方向から短剣の刃が襲ってきて、狼狽えた。

「!」
「――思ったよりも弱いな」
「……」

 気づいた時、時東は床に押し倒されていた。ダンと音がして、左頬の真横の絨毯に短剣が刺さったのを理解した。自分の上に乗り、自分の喉に片手を置き、完全に身を封じている相手は、どこからどう見ても間違いなくゼクスである。やっと時東は冷静になった。

 強い。これは、強い。手加減されていなかったならば、油断していなくても殺されていただろう。本気で殺りあっても、負ける可能性がある。

「で? 俺の何を知りたいんだった? 寝技か? それは、首を折ってくれという自殺願望か何かか?」
「……」
「多くの患者の命を抱えるゼスペリアの医師を手にかけるのは抵抗がある」
「……」
「以後、わきまえた言動を期待する。軽率な言動は、ギルドのためにもやめてほしい」
「……」
「失礼する。またその内ギルドで」

 そう口にすると、身を起こしてゼクスがため息をついた。
 そのままゼクスが出て行くまで、そして出て行ってからも、時東は横たわって天井を見上げていた。心拍数がすごい。

「……」

 時東は――現在までに好きじゃない部分がゼロであることに、改めて感動していた。まず、真面目なのが良い。時東は、真面目な人物が好きだった。そして贅沢を言うならばきちんと叱ってくれる人が好きなのだが、そこもクリアしていた。一人っ子であり両親がいない時東は、叱られずに育ってきたのである。祖父が医学面でのみ檄を飛ばす程度なのだ。さらに腕前。時東は、強い人間が好きだった。容姿パーフェクト、言動パーフェクト……どうしよう、どうしたらいい……――と、いう思考回路で、途中から言葉が出なかった。

「え、嘘だろ……俺、まさか本気で……?」

 ようやく声帯の動かし方を思い出した頃には、時東自身が嫌な汗をかいていたのだった。