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――その日、ひと組の一卵性双生児が誕生した。
血統による遺伝、それは長子に受け継がれるから、どちらが長子であるかは直ぐに判明した。生まれる前から、双子である事は分かっていた。
生まれた我が子を抱いて、ゼスペリア十八世は、俯きがちに子供達を見ていた。
どちらも黒い髪、これは父親のクライス・ハーヴェスト侯爵の遺伝だ。
そして――青い瞳、俗にゼスペリアの青と呼ばれるこの瞳こそが、ゼスト・ゼスペリアの証であり、ゼスペリア猊下の後継者という証だ。
「こちらの子供が二子目だった。PK-ESPの赤と緑が薄い。またIQ推定判定もPSY値も弱い。PSY-Otherも弱い――だが、それ以前の問題だ。双子は、一方の子を殺さなければならない」
祖父であるヴェスゼスト十七世法王猊下、ローランド=ゼスト・ランバルト=ゼスペリアが言った。彼は、ゼスペリア十七世でもあった。
同時に、第一使徒ランバルトの末裔とされる、ランバルト大公爵家の当主でもある。
――そこに伝わる『ランバルト機密』と呼ばれる、使徒自身が残した機密がある。
それには、新約聖書の『使徒ゼストの黙示』には記載されていない、黙示録の他の部分が秘密裏に記載されていた。
――将来、ランバルトとゼスト・ゼスペリアの血が混じった頃、ひと組の双子が生まれる。一方は使徒ゼストの写し身そのものである。そしてもう一方は――偽ゼスペリアとなり、民衆を惑わし、黙示録を引き起こすであろう。
よって、最初にランバルト家と、暗黙の使徒であり、主であるゼスペリアを宿す神の器であった使徒ゼストの血を引くゼスト・ゼスペリア家の婚姻が成立して以後、双子が生まれたら、次男を殺害する事が決まりとなっていた。
その場にいた、父のクライスが悲痛な面持ちになり、腕を組む。配偶者であるゼスペリア十八世――アルテイト=ゼスト・ランバルト=ゼスペリアもまたそうだった。
見た目には差異等何もない。
どちらも可愛い我が子だ。
見守る法王猊下も、その配偶者の英刻院舞洲猊下も、ハーヴェスト側の祖父である、ラファエル=ハーヴェストクロウ大公爵も、その配偶者のザフィス・タイムイーストクロックヘブン=ロードクロサイトも、皆、沈黙した。
またハーヴェストクロウ大公爵の父と配偶者である、緑羽万象院も朱匂宮も、腕を組んでいる。
最初に口を開いたのは、アルト猊下だった。
「どうしても……、どうしても殺さないとならないの?」
「――私とて、孫は可愛い。けれど……黙示録を引き起こすわけにはならない」
「法王猊下、お言葉ですが、俺は反対だ。どちらも俺とアルトの子供だ」
「……」
「ローランド、英刻院の養子に出して、徹底的に監視をして、怪しい兆候が出た段階で殺害するわけには行かない?」
「……」
「ロードクロサイトの見解として、黙示録や過去の預言など当てになるとは思えん。未来予知をそのような長期間できるというのは、理論的に不可能だ。大枠と骨組みのみしか当たらない」
「……長子を、長男の方を、緑羽万象院、朱匂宮の後継として、私が責任を持って鴉羽と育て――二子をゼスト家で育てるのは? 双子の内の長子を育てるなんて書いてあるのか?」
「それなら、匂宮として責任を持って、僕も育てる」
「――法王猊下。万象院に伝わる終末の世においては、双子の内の片方が世界を救うとある。どちらがそうかは分からない。これは秘技経典故、わしと法王猊下が揃わなければ決してわからなかった事実だろう。と、するならば――終末の世……黙示録が起こる可能性は高いのかもしれない。わしも、ザフィス同様懐疑的ではあるが。だが、可能性としてゼロではない。とすれば、それは救世主もまた葬る事になる可能性が有り、そうなれば、終末の世界は確定的だと考える」
「――ロードクロサイトの手により、今後全ての長子のデータを二子のものとして公開し、長子は病に備えたクローンであるとすれば……周囲に双子であると露見することはないだろう。長子にも……酷かも知れないが、そう告げ、二子のデータを知らせればいい。そうなれば、納得するだろう。クローンであるから能力を抑制したのだと告げ、色相の一致に関してはそれで説明する。極秘開発したとして。そして病が無かったとして、影武者、護衛であるとして育てれば良い。二子には武力を叩き込まず。二子が偽ゼスペリアとやらの可能性が高いならば、一定の抵抗にはなるだろう。万が一の事態でも。そしてそう判断して殺害するのだから、長子に武力や学識を叩き込む事には問題がない」
「……ならば、二子は殺害、および死産と公表し、そちらを長子として教育し、黙示録など引き起こさぬように、育てよう。長子は頼む。しかし――名前は一つとしよう。仮にどちらが偽ゼスペリアであっても、救世主であっても、それはゼスペリア猊下であり、また万象院なのだろう? 影武者をするとしても、丁度良いだろう。万が一が起きたならば、残った方をゼスペリア後継として、十九世とする。仮にそれが長子ならば、こちらで引き取ることになる。それでも良いか?」
理屈はどうあれ結局は、感情的に、生まれた赤子が二人共可愛かった。
結局のところ、それだけだった。
――それから二十七年の歳月が流れた。