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 そして外へと出て、少しした時のことだった。

「――ゼクス?」

 響いた声に、ゼクスが視線を向けると、そこには榎波が立っていた。

「榎波」
「なるほど、下の街までなにやらド神聖な気配が溢れかえったと思ったら、ゼクス様だったというわけか。少しは加減しろ体に悪い。お前というより周囲のな。はぁ。お前の祝詞にそっくりだとは思ったが、まさか本人とはな。私はゼスペリアでも降臨したのかと思ったぞ。しかしいいご身分だな。最下層では今、みんながお前の身を案じて大変らしくて、こちらまで副からESP通信がきた。法王猊下の呼び出しだから、PSY転移装置でこちらへ移動中だと言って切ったが、なんだか大変だったらしいな。孤児院街が襲撃されたとか」
「襲撃……っ、ラフ牧師は!?」
「――あの人なら無事だろう。逆にあの人以外が無事か私は気になるが」
「……」
「まぁ無事で何よりだ。それより何故ここに? しかもレクス伯爵とラクス猊下がお前の付き人に見えるぞ。逆じゃないのか? 本日は」
「――榎波隊長。兄上が、正式にゼスペリア十九世猊下および、使徒ゼストの写し身だと確認された」
「……レクス伯爵?」
「事実です、榎波隊長。僕達は今、その神聖なヴェスゼストの赦祝を直接聞いてきました。間違いないでしょう」
「いや、そうではなくて――……今まで気づいていなかったのか?」
「「「え?」」」
「ゼクスの祝詞も気配も見るからに別だろう、普通とは。だからこちらは着々と黙示録を阻止すべく、とっくに黒い球体だのを撃破してきたんだ。わざわざ偽ゼスペリアとやらにならないように、全員関係者で集まって破壊した。まぁ、一部知らないでついてきたやつらもいるが、そいつらは使徒候補だとラフ牧師が言っていた」
「「「っ」」」
「そして黙示録阻止だけではなく、リュクス猊下を偽ゼスペリアにしない計画でもあると聞いている。私から見ると、ゼクスこそ凶悪で偽ゼスペリアそのもので、あちらこそ天使のようにお優しく見えるが」

 その言葉に、ゼクスが苦笑した。

「だよな。俺もそう思うんだ。俺が使徒ゼストの写し身なわけないだろ。あちらが本物だと俺も思うし、むしろ俺が偽ゼスペリアじゃないかと思う」

 ゼクスの苦しそうな笑顔と少し悲しそうな顔を見て、榎波が眉をひそめて目を細めた。

「馬鹿者。あのな、冗談と本音の区別もつかない馬鹿な頭の持ち主が、偽ゼスペリアのような小賢しいことができるわけがないだろうが。学歴も知識も技術もIQも無関係。人としてだ。お前のように頭が悪い人間を私はほかに知らない。その純粋でお人好しで人を信じてますみたいな部分はお子様だ。そんなお前が偽ゼスペリアになれるんなら横のふたりは、即座に恐怖の大魔王だのサタンだの堕天使だの、もっとあくどいのになれる」

 榎波のその言葉に、両サイド二人が咳き込んだ。
 だがゼクスは小さく微笑んだ。

「榎波がいつも通りで良かった。この二人はなんだか優しい」
「「……」」
「もっと今までみたいに普通で良いのにな……気を遣われるとどうしていいかわからなくてだな……」
「こちらのお二方は、ゼクス猊下、とかになったのか、とは、お育ちが違うんだ。諦めろ。ま、そのうちなれるだろう、従兄弟と弟なんだから」

 二人も榎波の言葉にちょっとほっとした。
 そうだ、そうしようと、特別扱いなんかせずこれまで通りでいいではないかと思った。

「それで法王猊下は?」
「まだ議会の最中です。臨時で、ゼクス猊下のお披露目と、黙示録についての話を」
「――そうか。なにやら私は偽ゼスペリア候補だが疑いが晴れただろうが、きっとまだまだ検査があるのだろうゼスペリアの剣の可能性があるそうだから、ならば法王猊下がお手すきになるまで、使徒ゼストの写し身様をお守りしよう。片方は、万が一私が偽ゼスペリアだった時にそなえてついてきてくれ。そしてもう片方は、こちらにここまで鴉羽卿達が調べていて確認した資料が一式ある。この話だろうと思って持ってきたんだ。その途中でゼクスが行方不明だと聞いて、あ、これは滅亡だな、と私は思った」
「俺がいなくなって滅亡していたら、世界はもう何回もなくなっているぞ」
「ならばこれからは私の目が届く範囲でじっとしていろ」
「僕が行ってきます」
「じゃあ俺が二人についていく。おそらく部屋は二階だろう」

 こうして三人で階段をあがった。
 するとそこに――リュクス猊下がいた。あからさまにレクス伯爵が息を呑み、一歩前へと出た。あちらも目を丸くしている。

「えっ、なんでクローンがそこに?」
「リュクス猊下、こちらは――」
「レクス伯爵の護衛だ、リュクス猊下。今、私もその途中で急いでいる。一段落したらその内また」
「あ、なるほど。そうなんだ。榎波にも会えて嬉しいよ。僕しばらくいようと思うから、会いに来てね!」
「考えておく――レクス伯爵行くぞ」
「あ、ああ」

 榎波の機転で、さくっとやり過ごすことができた。
 レクスがあからさまに安堵の吐息をしたので、榎波がため息をついた。

「ブラコン。兄上を守りたいんなら頭を使え、頭を。何のために脳みそがあるんだ?」
「……榎波隊長は、通常運転だな」
「私の中で、ゼクスはゼクスであり、別にクローンだろうがゼスペリア十九世だろうが牧師だろうが偽ゼスペリアだろうが使徒ゼストそのものだろうがゼスペリアだろうがなんでもいい。お前にとって兄が兄なのと同じだ」
「……そうだな」

 そんなやりとりを聴きながら、ゼクスがフードをかぶって口布を上げた。
 それを一瞥して、榎波が首を傾げた。

「なんだ? なんでそんなにフル装備なんだ?」
「……ラフ牧師が着ていろというから」
「ふぅん。なら着ておけ。が、どうせ部屋についたら、今装備した部分程度はとって、お前のことだから、そろそろ禁煙に耐えられなくて吸うんじゃないかと思っていた。宗教院も客室は吸える」
「本当か!? ずっと吸いたかった。けど……吸っていいのかな?」
「なんで?」
「なんだか高級そうなの、いっぱいつけてる。聖遺物とか……」
「お前の持ち物になったからつけているんだろう? だったら構うことはない。飾り物なんぞ、いつかは朽ちて消える。お前がうつしみならゼクス様の聖遺物でーすとか、適当に後で捏造してそれをばら撒いておけ。きっとお前が持ってるのは誰も持てないだろうが、お前が作ったものはみんなもてる」
「……そ、そうかもな」

 それから、三人でゼクス用だという客室に入った。

 大きな寝台と、ソファセットがある。
 ゼクスが座り、早速再びフード類をはずし、一服した。
 隣に榎波が座り、レクスが嘆息してから、三人分の紅茶をいれはじめた。

「あ、俺が――」
「座っていろ。吸いたかったんなら吸っていろ。いつまた禁煙になるか知らないぞ」
「優しい弟で良かったな」
「ああ……うん。レクス伯爵ありがとう」
「伯爵はいらない」
「あ、ああ」

 こうして三人でお茶を飲み始めた。
 タバコが肺に染みる。
 それから――ゼクスはポツリと聞いた。

「なぁ、お前らさ。俺が双子とか兄とかクローンとかはともかくとして、本当に黙示録だの使徒ゼストの写し身だの、あると思うのか? 神聖だとかいうけど、別に俺普通に読んでるだけだし、Otherの青の量の問題だ」
「その量が多すぎる」
「それは病気だからだろう?」
「ま、それはあるだろうな。まぁそれはそれとして、神聖ではある」
「俺も兄上の祝詞はそう思う」
「なんかさ、別に音楽聞こえたり、映像見えるだけだろ? 祝詞って」
「え」
「いや、普通そんなもんは見えん。それは特定指定Other――神の御業だな」
「……そうなのか? ま、まぁだとして、PSYだろう? けど、黙示録とかいうのは」
「私個人としては、こちらがゼクスが偽ゼスペリアにならないように、かつ使徒ゼストの写し身だった場合の保護、および黙示録阻止、で動いてきたわけだが――これはつまり逆に言えば、黙示録にそった事件を起こそうとしている連中がいても不思議ではなく、私達と逆のことをしているやつらがいる可能性があると思っている。つまり、預言なんか問題じゃないんだ。それが都合いいから、それをバシっと起こそうということだな」
「ああ、なるほど。それなら俺にも納得できる。そういうことなら、リュクス猊下とそっくりな俺がいる状況は都合がいいだろうな」
「まぁな。ゼクスに顔の造形は似ているはずが、どうにも同じ顔に見えないリュクス猊下の存在は、敵勢力にとって都合がいいだろう。闇汚染しておく程度には」
「え」
「普通宗教院やランバルト、ゼスト家で育って闇汚染なんかないだろうが。闇猫か宗教院関係者の故意だ。して、どこからクローンでないと漏れたのか。まぁこれに関してはリュクス猊下がおばかさんすぎて、どう考えてもIQと合わないというのはあっただろうが」
「全くだ。俺もそれで兄上が本物であちらがクローンだと疑った」
「お前は弟なんだからあちらも少しはフォローしろ」
「何となくそう思えないんだよな……本当は別に双子の兄がいて、あれがクローンと言われても信用する」
「なくはないだろうが、ないということにしておけ、混乱する」
「あのな、二人は俺へのフォローでボロクソ言ってるのかもしれないけど、護衛した時、とても優しいお方だったぞ?」
「「……」」
「闇汚染するような敵がいるなら、偽ゼスペリア候補にされてるあちらだろう? それで宗教院のことなんてわからない俺を傀儡にでもするんだろう。そうだとすると、法王猊下もゼスト家関係者も、ランバルト関係のお前らも危ない。俺の地位を確立して人形ごっこするんなら、最初にどうにかするだろう。俺よりリュクス猊下と自分達の身を守れ」
「「……」」
「俺はきっとなんとかなる」
「――ならば、偽ゼスペリアがゼクスだった時に備えての監視に変える」
「榎波……」
「まぁ私だっていきなり言われても信じられんだろう。ちょっとずつ言えと思うか、最初か言えと思う。しかも頭いいとか教えてもらえず、病気も平気だと思い、さらには影武者だと考えて、なんというか補欠的人生がいきなりメインだからな。それに神聖だって言われたってお前にとってはそれが普通なんだからな、気づけないだろう」
「榎波隊長の言うとおりだな」
「……まぁ正直どうしていいかわからないのと、全部俺が見た変な夢のせいでこうなったんだ」
「あれか? お前そっくりの自称使徒ゼストが出て来るってやつ」
「そう、それだ。夢の中でラフ牧師に言いにいけと約束させられて行ったんだ。黙示録が白紙になってたって話したら。ラフ牧師は黒翼の賢者なんだって。それでなんか危ないからって、俺にいろいろ持たせて、長老のところにって言って、そうしたらここに……なぁ、榎波、本当に大丈夫だよな? みんな」
「さぁな。結果を待て。それでレクス伯爵はこれからどうするんだ?」
「一応兄上を守るんだろうな」
「いやそういうことではなく、ここに泊まるのか? 帰るのか? ゼクスはどうするんだ?」
「――相談中だろうが、いざとなったらゼスペリア教会か華族敷地の匂宮へ逃げるらしいな。どちらが良いと思う?」
「華族としていうなら、匂宮だが――どうだろうな。というか、黙示録は最後が欠落していたり、ランバルト機密がよそにあるんだから、正しいとは限らないだろう? 絶対に正しいのはないのか?」

 その言葉に、ゼクスは自分の聖書を思い出した。
 だけど、人前では読んではいけないのだった。
 そう思い、我慢した。

 第一、あれが正しいとも限らない。
 最古というから正しいのだろうが、新しい教えが正しい場合もあるだろう。

「わからない。ギルド伝承だと、最古の直筆聖書は、使徒ゼストの柩の中だとは言うが、それがどこにあるかも不明だ」
「なるほどな」