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 高砂は、緑羽の御院に歩み寄った。

「御院、俺が間違ってました。俺の見た目はダメでした」
「うむ……わしもダメだと理解した。なるほど、この発想はわしには無かった……が、仮にあったとしても、わしには作れない。努力しても気合や根性で生み出せるとは思わぬ。ゼクスにそれを教えた鴉羽を尊敬した」
「ええ」
「いや、ちょ、二人共、俺もそれは教えたけど、ここで生きてくるとは……くぅ、確かに匂宮を含めて、ゼクスの価値観としての服装なら、全員アウトだ。しかも布という概念はわかるようだとか、貴族は全裸……ははは。いやいや、さすがは万象院という事だな」
「うむ。ゼクスは想像を遥かに絶する緑羽であった。まさに青き弥勒の再来だと言いたいが、言うと医療拘置所に送られるゆえ、言えぬ」
「ぶはっ、父上、それ難しいですよね」
「ただ、うん、ゼクスはそのレベルの若御院ですよ……うわぁ……俺もう、この装備手放せる気がしない……なんだこれ。まるで俺のために存在してるのと、さらに森羅万象と一体的な……」
「ゼクスが五歳から作り続けたというのが、祖父としてなんともな」
「ぶはっ、全て高砂専用と言っておったからな」
「申し訳ない気持ちでいっぱいです。う、うん。そっか。俺専用だからしっくり、か。しかもいっぱいあるから、気にするな壊して良いとか破けても縫えるし変えもあるとか、今、倉庫を確認したら、予備までいっぱいあるし、うわぁ。しかもこれ、俺しか使えない。俺が死んだら他の人も使えることもあるけど、俺専用だから、俺しか……ぶはっ、ゼクス、本当に今までごめん」
「うん。俺、裁縫とアクセ作りが趣味だからよかったけど、俺じゃなかったらきっとこんなに作ってないからな! それにお前以外が持てたら盗まれたら危ないだろうが! それこそ世界が滅亡だ!」
「いやさ、それが趣味でも、普通作れないし、こんな……ぶはっ、うん、まぁ俺は平和が好きだけどね」
「高砂! 笑ってないでしっかりしろ! 頑張ってなんか王宮内にも不審者が231名もいたんだから、あの程度は、そのきちんとした格好ならば危険じゃないし、きちんと対処するように」
「「「ぶは」」」
「だからなんで笑うんだ? 犯罪者は通報しなければならない! それ以前に寺を守れ!」
「のう、ゼクスよ。わしにも一式作ってくれぬか?」
「はぁ!? 御院のも鴉羽のお祖父様のも、というか、匂宮のも万象院のも全部作ってそれぞれの倉庫に――PSY融合繊維のは武器庫にあるし、錫杖だってみんなのもいっぱい作って置いてあるのに、誰一人、誰一人使わないで! 錫杖はむしろ万象院救済寺院戸籍の人間が使ってくれてるくらいです! なんできちんとした格好をしないのかと言い続けてきたのに! もう全部用意してあるのに!」
「「「ぶは!」」」
「あれほど格好に気をつけろと言ったのに、それとも新しいのを作れということですか?」
「いや、良い。今確認した。ゼクスよ、わしが悪かった」
「うん、ゼクス、ごめんな。俺も確認した。責任を持って今後はみんなに場所を教えるから。ガチ勢のも個人対応物までいっぱいあるな。冠位別に。ちゃんと考えていてくれたのか。つぅか俺、完全に見た目だと思ってた」
「……もういいです……まさか衣装庫を見ていただなんて……」
「ねぇゼクス、ギルドには作ったんでしょう? それに文句言わないんだから、ハーヴェスト侯爵とレクス伯爵の貴族服は、まぁ人間の服なんでしょう?」
「その通りだ」
「宗教院には、服の概念を教えないの?」
「提案したんだ。服を変えてみないかって。そうしたら舞洲猊下がそんな予算はないというんだ。つまり、布信仰を続けるということだ。猿回しをするそうだ。だから俺はアルト猊下の書斎に動物についての本を常に持って行っている。しつけ方とか」
「「「ぶは」」」
「予算は俺が出すって言ったのに、無駄遣いするなって言うんだ」
「「「ぶはっ」」」
「ちなみに国中に服を普及しようと思って、貴族院と華族院に言ったら、英刻院閣下と銀朱様がお金がないと言うんだ。元老院の礼洲曽祖父様も! 軍法院は今検討中だけど、検討中のまま橘元帥がもう三年も放置してる。絶対にやる気がない。ならば最高学府、これは緑羽の御院が教授服は自由というし、医療院は指定白衣とかいう、ゼスペリア教会の聖職者レベルの見た目だけの規定があるし、天才機関はそのどちらかだ。もう俺はやる気が失せたから、作らない。宰相服とか王族服とか伴侶補服とかさぁ、色々いい感じに作ってみたし、英刻院の人々に提案用に渡したら、彼ら、自分ではそれを着ているのに。医療院だって、ザフィス神父に提案用に、さっき時東先生に着せた和服のザフィス神父バージョンを着せたのに! ザフィス神父は自分で身につけ、時東先生が着たいといいだすまで待てとか言うしさ! 父上はまぁこのくらいでいいとか言うし、レクスにも同じのでいいというし、アルト猊下はまぁゼスペリア猊下の継承服だから人間で、法王猊下もそうだからいいけど、なんかなぁ。もう俺は作らない! 猟犬なんてまさにあの茶色いの原始人みたいなのに! もう俺は知らない!」
「「「ぶはっ」」」
「え、あのさ、ゼクス様よ。この使徒ゼストのサファイアとかもお前、作ったの?」
「そうだぞ時東先生」
「ってことは、PSY融合繊維も、こういう聖遺物系統も作れるのか?」
「勿論だ」
「なんか見本見せて」
「んー、これとこれとかどうだ?」
「――っ!? 使徒ミナスの真珠、な、なんだこのサイズとこの量、しかも使徒ゼストの銀と使徒ルシフェリアの金の装飾が合間に入っていて、ゼガリア白金銀の十字架……? どこから発掘したんだ?」
「ん? 全部俺が作ったんだ」
「どうやって!?」
「気合・根性・努力だ!」
「ぶはっ……え? この使徒ハルベルトと使徒ミナスと使徒ランバルとのそれぞれの紫を綺麗に並べて、紐がさっきの匂宮の聖遺物を身につけられる糸で、十字架がイリス・アメジストで、全部の枠がゼガリア白金銀の、なんかすごいやばそうな聖遺物も?」
「うん。聖遺物じゃない。俺はまだ生きている。ゼクス=ゼスペリアの紫の首輪だ。さっきのはゼクス=ゼスペリアの十字架だ。最初の方は体内外精神の全回復で、PSY融合兵器をくっつけるとそういう危険物の有害電波も跳ね返す! 後者は、水にドボンとおっことすと、大体なんでも治る万能薬が完成するんだ」
「お前、全然ゼスペリアのヤブじゃないわ。ゼスペリアの薬剤師と名乗って俺に医薬品と医療用具提供しない?」
「うーん、そうだなぁ。ゼスペリアの医師にそう言われて悪い気はしないけど、色々と俺もお仕事があるからな! 合間に作っておくとかはできるけど、素材が欲しいなら、俺の素材庫の鍵あげようか?」
「くれ」
「ええと、繊維が右の十字架、中央が聖遺物っぽいの、左は俺の個人的な復古とか調合面倒な薬とか包帯とかの置き場。全部使っていいぞ。ただ、なくなりそうだとか、大量に作るときは言ってくれ」
「ありがとう! う、うわっ、え!? ちょ、なにこのゼガリア白金銀の山!? これ、使っていいのか!?」
「ああ、ゼスペリアの医師の役に立てるなんて光栄だからな」
「つぅか、この難易度クソ高い完全ロステク復古医薬品類の棚もいいのか? 一個作るのに半年とかのが、五百瓶とかあるけど……」
「ん? さっきのエクエスの研究室の装置とかで時間短縮できるぞ?」
「あ、なるほど! って言ったって、あれを全部理解して使いこなしてるのか?」
「勿論だ」
「さすが国内一位の大天才だ……これは、ゼスペリアの医師的な他称評価という意味合いしかなくて言うけど、まさにお前はゼスペリアの器だよ」
「あはは。効能一覧とか見本とか薬品一覧とかは、倉庫の棚にあるし、ゼクス=ゼスペリアの十字架とか、腐るほどあるから適当に使ってくれ」
「うん。使徒ゼクスの十字架とか、ゼスペリアの十字架とか呼ばれるようになると俺は思う。すげぇよ。その辺の聖遺物とかどうでもよくなるレベルでこれすげぇよ」
「なんかこう残ってる聖遺物って効果微妙だけど見た目は綺麗、みたいなのばっかりだからな、宗教院も貴族も華族も! 万象院とギルドがちょこっとマシかなぁ、程度。そもそもさ、過去に人間が作った痕跡があるのに、どうして新たに作り出すという事をしないんだろうな? その点、時東先生はいっぱい薬とかを復古してるから俺は良いと思う」
「ぶは、うん。ありがとうな。お前の言う通りで、お前は常識的なんだけど、人より自分のレベルが高いから、言葉も不足してるから、こう、伝わらないとかだな」
「……そうなのか? 俺、結構お喋りだと言われるんだけど」
「うーん、まぁ、近くに橘辺りを配置して、周囲にわかりやすく伝えてもらうと良いな」
「そうか。ゼスペリアの医師がそういうのなら、きっとそうなんだろうな」
「うん。具体的に言うと、さっきの薬一瓶200億円だし、ミナス真珠一粒が500億円だし、万象院のとかで配った赤糸の束一本を手首にまくだけの1000億円だから、英刻院家の判断は全部正しいんだよ。お前が腐るほどあるとか言ってて実際倉庫にゴミのようにつまれてるこの十字架なんて金額つくのか微妙レベル。もう億円とかじゃない。その上だからな。なんというか、うん。ガラスケースに入って博物館にあるレベル。お前、それ作る金はどうしたんだ?」
「どうって、俺は無料で作れる装置とPSY色相とか全部持ってるから糸を一本ずつとか真珠を一個ずつとか作ってるんだよ。だからいくらでも無料で作れるんだ。薬品だって海水とかから集めていけば材料費は無料だ。全部、人間はゼロから生み出したんだ」
「「「「ぶは」」」」
「お金がないなら、そこから集めればいいのにな」
「う、うん。なるほどなぁ。ゼスペリアの医師だから、俺は既製品に頼るけどお前の無料倉庫はありがたく使わせてもらう」
「ああ、使ってくれ。それに全部特許とってるから、俺しかまぁ装置とかもないけど作れなくて、やろうと思えば資産も貯まるし、お金も気にしないでくれ」
「なるほどなるほど。了解した。さらに自分で生み出して知的好奇心を満たしつつ金策も万全だが一見何もしてなさそうだけど働き者の大天才のハーヴェストの意味も理解した」
「なんだそのハーヴェストの評価?」
「いや、まぁ気にするな。それよりも動物好きで優しいゼスペリア十九世猊下のイメージがガラガラと音を立てて崩壊してると思うぞ?」
「!? 俺が動物好きで優しい!? なんだその、ゼスペリアのヤブ以上のデマは!? 俺は動物は好きでも嫌いでもないし、どちらかといえば自分にも他人にも厳しい!」
「「「「ぶは」」」」
「それにしても、匂宮もなんか全員身につけたし、万象院も御院を含めてきちっと着たし、うん、いい感じの服装になったとは思わないか?」
「うむ。そもそもの服の概念が変わった。見た目ではないが、服とは重要であった。ゼクスの言葉をまだ経験の浅い俗世的な考えと思っておったわしこそが耄碌しておった。匂宮ではないわしや、きちんと本尊や列院の救済寺院戸籍外の僧侶にもゼクスは用意して倉庫に入れてくれていたのだな……それも、長きに渡り……こちらは華族出身者はその家および華族の服辞典から最適なもの……貴族出自や王族出自は、一人一人の適正にあった和服をオリジナルで作成し、効果の説明書や用途まで……本当に、何とも言えぬ。武装冠位を持たないもの用も、法事用など、完璧に揃えておったのだな。そしてその者達には、完璧なる防衛回復系の法具を……どころかわしが口で探したい探したいと言っていた旧本尊を完璧に探し当てて調査報告書や経文へのサイコメモリック、さらには複数の経文の整理。これから万象院に入る人間向けのわかりやすいマニュアルまで……さらに今まで見て覚えさせていた法事の作法をまとめた書物……」
「えっ!? 見ていなかったのですか!?」
「うむ。お前専用のつもりであった……なんという……これを死ぬ前に見たかったものだらけである……本当にありがとう」
「超長生きして全部確認してください! 俺、二十年以上そこの資料庫にいっぱい用意し続けてきたのに、使われる気配がゼロだから、変だとは思っていたんです。それが緑羽の何かのお考えなのかなぁとばかり! そこはゼスペリア教の圧勝です。彼らは片っ端から俺が復古した福音書を読んでます! 俺の専門は歴史と建築なんです!」
「うん、ゼクス、俺もごめんな。俺が鴉羽だから、歴代の鴉羽卿の資料やアイテムがごっそりあるのに今気づいた……てっきり、お前が備品庫として使ってるのかと……俺が猟犬顧問やらをするのに役立つものばっかりだ……さらに俺専用の匂宮とも万象院とも異なる、それに貴族配合をした服とか、俺用戦闘特化服とか、俺独自戦闘用衣装とか全部……うわぁ、ありがとう! 俺が馬鹿だった! 俺に必要そうな資料から情報取得システムから、全部ある……俺が苦手だって言っといたからだろうけど、書類を自動処理する執務室とかまである……ラフ牧師的なゼスペリア教会聖職者アイテムとして武器系統聖遺物風十字架だのPSY融合兵器の十字架だの……さらに戦ってばっかりだからだろうけど、万全な避難についての用意や経路、対策、防災用品の備蓄について、既に各地に用意済み……うわぁ……ゼクス、本当にありがとう。しかも見てなくてごめん、ぶは」
「見てなかった!? な、なんということだ! では、今までは備蓄をどうしていたんですか!? 軍法院とかで見たけど、誰も用意してなかったのに!」
「うん、そうだな。俺が間違ってた。まず、服装とか武器とか防災用品とか揃えるべきだったわ。うん。ゼクス、お前が正しい」
「……ラフ牧師……頑張ってください! 気合!」
「うん!」

 そこへ、英刻院閣下が歩み寄ってきた。