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どう考えても黙示録。
ここ最近、そんな大規模災害や攻撃に襲われてきた人々であるが――『あ、絶対世界は滅びない!』と、多くの人々は内心思っていた。
黙示録さながらというよりそのものの出来事があふれる中、例えば先日など、『第三の厄災』としかいいようがない、大量のESP実体による攻撃があり、ここの所、連合軍として活動することになれつつあった黒色・闇猫・黒咲・猟犬・ガチ勢(実は院系譜だった)は、そもそもそうなった理由の一つでもある、ギルドの闇司祭議会議長という最強の黒色にして、ゼスト家直轄闇猫部隊の隊長という闇猫全てのリーダーであり、なおかつ匂宮冠位という黒咲の最高冠位を持っていて、万象院冠位というすべての中で一番最強の武術の冠位まで持っている上、なんでも永遠に代替わりすることのない、猟犬の最高名誉顧問でまであると判明した――が、本人含めてみんなガチ勢の『幻の殺し屋』だと認識していたゼクスが、全部まとめたからである。
そしてこの人物が持つ『使徒ゼストの黒翼(闇猫呼称、リーダーの証)』であり『使徒ゼストの聖刻印(黒色呼称、リーダーの証)』でもあり『真・鴉羽印(黒咲&院系譜呼称、リーダーの証)』で、なにより『猟犬の首輪(猟犬のリーダーの証)』という、実は全て同じ、黒曜石製の羽根にダイヤがそれぞれひかる、左右の羽根型のピアスなのだがカフスにもなるアクセサリー、ゼクスいわく『これはゼスペリア教会筆頭牧師の証だ』という、まぁ闇猫のリーダーはそこに住んでいるというしゼクスも住んでいるから必ずしも間違いではないその牧師服の襟にあるアイテム、これを通して――
本来有事の際は、これの所有者に全ての人間のPSYを強制的に吸収して集めるのだが、ゼクスは逆に負傷者全員どころか怪我がなくても疲労している全員、既に特に戦闘に参加できるようなレベルにない全員にまで、PSY-Otherによる治癒、および能力補強を行い、つまり自分の力を全部使って全員の体力を回復し、それはさながら黙示録でいう『もはや写し身ではなく、使徒ゼストそのものといえるゼスペリアの器が、神の御業により、全ての信徒を癒すであろう』という状態で、全名が完全復活した状況で、本体をほぼ単独で撃破した。これに感動しないものはいなかったし、この人真面目にゼスペリアが宿ってるんじゃないかと、別にゼスペリア教徒ではない華族や院系譜の人々まで思った次第である。
なにより、ゼクスが使徒ゼストの写し身が生まれるはずのゼスト家の直系となるゼスペリア猊下――当代となるのだから、ゼスペリア十九世であるという説、これを唱えているのは、実は一番聖職者である闇猫が多い。
彼らは時折ついうっかり「ゼスペリア猊下!」だの「ゼクス猊下!」だのと呼びかけて、ゼクスに「お前ら頭でも打ったのか?」と怪訝そうな顔をされている。
「ゼスペリア猊下という人は、超壮絶なPSY-Otherを持っていているだけで神聖な気配がするのに、生まれつき非常に重病だから中々人前に出られないらしい高貴なお方だそうだぞ。俺は確かにちょっとはOther等のPSYはあるけどな、俺に神聖さとか、病弱な側面とかあるのか?」
と、タバコをスパスパ吸いながらゼクスに言われ、言葉につまる者が多い。だが、例のPSY逆供給時の圧倒的なPSY値や神聖さ、常日頃の教会での朝夕のお祈り風景など、実際に神聖な部分も数え切れないほどあると、今はいろいろな人が思っている。
一度それをしてみた闇猫は
「そりゃあ牧師に神聖さがゼロだったら、それはそれでまずくないか?」
と言われてこれもまた正論だった。
そんな闇猫に反して、黒色は気楽だ。
「俺の兄上なんだから、ハーヴェスト家の直系に決まっているだろう。安心して忠誠を尽くせ。本人も副総長兼議長だしな。やつが、俺を総長になどといっているのが妄言だと俺が言ってきたのもよく理解できただろう? 俺はやつを総長にしたい」
と、ハーヴェスト侯爵家次男であり、顔面を一部に元々公開して、副議長として活動していた王都直轄特別枢機卿でもあるレクス伯爵の言葉で、堂々とゼクスの部下かつゼクスを守護対象として活動できるのである。
黒色の保護対象は、ハーヴェスト直系だ。ならびにガチ勢は、元々ゼクスが嫌いではないし、なんでもゼクスと高砂が万象院の代表とその補佐らしい上、長老・緑が「気が向いたら仲良くしてやれば良い」と、なにやら前の代表らしく、チーンと鈴のような鐘を鳴らしながら言ったので、その通りにしている。
また黒咲も匂宮冠位を持っている以上、ゼクスは華族匂宮家の関係者かつかなり本家に血が近いと理解しているので、かしずく事にためらいもないし、匂宮は元々黒咲の、実行総指揮榎波男爵家および、待機総指揮の橘宮を含めても、単独両面指揮が許可されている上に、美晴宮に続く、それこそ橘宮家よりも格上の存在なので、誰もが問題なく従える。
これまで分家だとは知っていたが匂宮といえば桃雪匂宮だったのだが、この人物は「ゼクス様ー!」と懐いているのでなんの問題もない。そして猟犬は、最高名誉顧問なのだからなんの問題もなく従う。その上ゼクスは琉衣洲の師匠だし、青や朝仁とも仲良しであるようだ。
このように全方向からゼクスに対して好意が寄せられているが、別段ゼクスはそれを望んでいないし、disる者がいると
「お前の言っていることはとても正しい。俺もそう思う。別に俺に尽くすとかいらないから、護衛の仕事以外は、いつでも自分の命を最優先で逃亡しろ。バカみたいだろ、死ぬとか」
とそちらに同意する始末で、気づくとゼクスのファンになっている人物が多い。
さて、そんなゼクス。普段は、最下層の有籍孤児院街のゼスペリア教会で暮らしている。その日も、タバコを吸いながらキッチンにいた。ロイヤル三ツ星創業者一族の榎波男爵家の長男であり、なんと前ゼスペリア猊下であるアルト猊下の甥だと判明した榎波柊が、本日、おそらく現在の国内最高であるだろう料理の腕前を披露している。
榎波いわく「餌付けだ」とのことである。
どう考えても、いつも襲いかかってゼクスに応戦されているのは榎波だが、榎波は
「あれは腕試しで、そうでなくてもいつも敵対的で性格というか頭が悪いのはゼクスだ」
とのことで、真面目に話をする場合と気が向いた場合は、このようにして料理をして空間を保つのだという。
ゼクスは「美味い料理が食えるなら、それでいい」としか言わないから、餌付けで良いのかもしれないし、実際そうなのかもしれない。
だが、多忙なロイヤル護衛隊の近衛騎士団長兼総隊長である榎波が「気が向いた」りするわけであり、黙示録的な戦闘時など、息がぴったりで、ゼクスのまさしく片腕といって良いのが榎波だ。
他にも高砂も片腕といえるだろうし大親友かもしれないし、時東もそういえるだろうし、橘とは一番穏やかに話をするが、だが、だが、なんだか榎波はちょっと特別である。思ったことを毒舌さながらに全部言ってしまうため、普段は黙っている榎波、彼はゼクスにバシバシバシバシそれを発揮する。
大体あたっているのでゼクスは黙っているが、たまに反論すると、あのゼクスと口喧嘩が成立する。ゼクスは基本的に口喧嘩などしないので、すぐ自分が折れて流すので、その時点で榎波は偉大だ。本物の殺害道具が飛び交いながらの命の取り合いをしながらの喧嘩でなければなお良かっただろう。
が……なんというか、結構この二名、恋愛的な意味合いで相応しいと周囲は思っているし、眺めていると、たまにいい雰囲気になる。しかしながら、恋愛方面には才能がないらしく、その辺に必要なスキルも全部その他の天才技能やIQに行ってしまっている様子のゼクスが、大体理解できていないようで「ん? どうかしたのか?」と空気をぶち壊し、榎波は面倒くさいこと大嫌いなドSなので「さぁ? お前が頭悪いからみんなひいてるんだろ」とゼクスおよびその場にいる周囲にだるくてうざそうな視線を向けるため、現在までにふたりの間の愛は確認されていない。さて、食べ終わった時のことだった。
「ところでゼクス。お前、フル装備だと、左手の薬指以外全部何かしらで埋まっていたな。逆に言うと左の薬指は空いていただろう?」
「ん? ああ」
「だったらそこに、この二つをはめておけ。そして他と違い常につけっぱなしにし、亜空間収納はするな。どちらも防水と腐植止めがしてあるが、別に破損しても良い。ただし付けておいて、機能を果たさなくなったら新品と交換だ」
「ん? うん? なんだこれ?」
「紫が発信機、緑が直接通話装置だ。緊急時のみ作動させる。紫は遺跡関係の場所でも探知可能で、緑もそうだと確認した」
「ああ、なるほど、わかった」
頷きゼクスは、銀色のアメジストつきの指輪、その上からそっくりのデザインのエメラルド付きの指輪をはめた。シンプルで意匠はなく、宝石が埋め込まれている。紫を中指側、上の緑を小指側にし、ゼクスは左手を眺めた。
「本当にこれ壊してもいいのか? 高そうだ」
「同じものを探知用と連絡用で私も持っているが、ローストビーフを作っていて焦がしたことがある。不思議なことに指輪は両方無傷だったが、別にいいだろう。その程度の扱いだ。私は首から下げている。だがお前の場合、首からは更に色々と下げているだろう? うっかり電波を妨害でもされたら困るからな。お前のような歩く聖遺物は大変だ」
「ゼスペリア教会の筆頭牧師は、なんかアイテム多いよな」
「きっと歴代の筆頭牧師も皆、お前と同じようにフラフラどこかへ行くから全員で管理してきたんだろう。周囲の苦労が手に取るようにわかる」
「おい」
ちょっとムッとした様子のゼクスの方へと榎波が歩み寄る。
そして顎に手を添えて、強制的に上を向かせた。
「それはそうと料理代を寄越せ。しばらく休みなしで疲労が抜けん」
「……」
ゼクスは一瞬迷った。料理代、と言われたから即座に断ることができなかった。更に榎波が忙しいことも、疲れていることも知っていた。だが、これは慣れないのと、その後の身の危険があるから、すぐに良いとも言えなかったのである。
しかし、悩んだ瞬間には唇を塞がれ、舌が入ってきた。俗に言うディープキスはこれだし、さらに接触テレパスSEX口径接触というのもこれだ。粘膜でESP同士を直接接触させる技法であるのだが――ゼクスの場合は、これをやられるとPSY-Otherを吸収される。だから青色相を持つ人間にとっては、唯一の弱点でもあり、この接触テレパスSEX関係の最中は、Otherが使えないので、バランスが崩れてPSY全体が自分の意志ではうまく使えなくなる。それもあってゼクスはこれが苦手だ。しかも――それは、壮絶な快楽をもたらすのである。特にゼスペリアの青の持ち主には直接打撃なのが、それだ。
ゼクスがキスされて気持ちよくなると、相手は青が体に入るから、逆に元気になる。よって榎波が元気になり、ゼクスがちょっと気持ち良かったと、上手いディープキスをされた人物のような感覚になる所で終われば、まぁ良いのだろうが、余程の緊急時の多忙な時でなければそうはならない。
「っ」
体の力が抜けていくから、ゼクスは最初抵抗しようと榎波を押した。が、すぐに倒れないようにその服を掴んで体勢を支えることに必死になった。榎波は疲れている時、ヤりたくなるらしい。そして絶倫かつ一度一度も長く、何回もヤらないと満足できない榎波は、尋常じゃない性的玄人として名を馳せてきたそうだが、基本的にそれはかなり榎波側が我慢をし、相手の体力に合わせてそれで許した結果であるようだ。
ゼクスから青を吸収すると元気になると知った榎波は、同時にゼクスが欲情する事もしり、というかこちらは聖書にも書いてあるので元々知っていたのではあるが、据え膳を食べる人間なのでゼクスも勿論いただいた。
その上、これまでの相手と違って別に手加減してやるような相手ではなく、思う存分抱き潰した――結果、ゼクスは全部耐え抜いた。さすがの体力だったのである。そういう事柄に疎く、さらに青を持っているから危機意識もあり、その上最強の闇猫等であるため、ゼクスをこれまでに押し倒したり、恋愛感情をゼクスに認識させた人物はゼロなので、ゼクスは何もできないし何も知らないし、その辺は、あまり榎波の好みではなかったが、スタイル含めた容姿、何より顔は会ったその日からどストライクだった。
そしてOtherが抜かれるのが怖いのだろう、怯える瞳、いつもいじめて見たいのはこれなのだが、毅然と言い返されて口喧嘩になるので見ることができなかった瞳が見られ、さらに何も分かっていないから、わざと焦らしたりしてやると不安そうな顔をする、その時の瞳がたまらないから、ゼクスに限っては初めてを頂けて良かったと榎波は思っている。
外見が好みだから欲情している目など堪らない。最初こそ初めてだったわけだから体に絆されて鬱陶しく絡んでこられたらどうしようかと思ったがゼクスは
「Otherで回復は俺しかいないから仕方ないとして、性欲はせめてほかにいけ!」
とキレてきたほどで、非常に気楽だった。そうでなくとも、一度寝ると、榎波はあまりの巧さに関係の継続を求められることが多かったが、ゼクスは「二度とやるなよ!」と怒ったほどで、超気楽だった。かつ
「こういうのは、聖職者とかは絶対にダメなセフレとか一度限りとかそういうのと同じ分類だから、絶対に誰にも言うなよ!」
とまで言われ、榎波は全方向で、ゼクスは後腐れのない最適なセフレだと認識した。何より手加減せずに好き放題自分の側の快楽も追求できるし、ゼクス側はOtherが抜かれる時点でやばい快楽の上、何も知らないので榎波の技巧に抵抗できるような性的なスキルはないので、あちらもまた満足以外の何ものもないだろう。
そんなわけである意味ゼクス以外では満足できないので、他のセフレ関係を榎波が解消したことも、周囲は「本命が……」と思った理由でもある。なので榎波に限ってはそれがゼクスかどうかは兎も角、長らくその本命の、現在の肉体関係の持ち主を皆が探している。性欲旺盛な榎波が長らく賢者タイムとは考えられない。
が、今までの一人ひとりが物足りなかっただけなので、最近はまぁ適度にゼクスとヤれば満足なのだが、今までの頻度的にゼクスとの接触回数が短いから、周囲はゼクスではなさそうだとも思っている。さらに榎波の相手は数日くらい動けない場合もあったし、最低でも半日くらいはダウンしていたものだが、ゼクスにそういう気配が見られたことはない。
そうゼクスはついていける本人もまた絶倫なのであるが、誰もそれを知らないのだ。ゼクスも知らない。みんな自分や榎波と変わらないと勘違いしている。このようにして、実は気が向いた時というのは、料理を口実に疲労回復し、そのまま性欲も解消し、という流れだったりする。
ゼクスの認識的にも、既にふたりはセフレなのだ。とはいえ元がお堅く純粋培養のゼクスがほかの人間と関係を持つこともないし、誰かの恋心に気づくこともないし、ゼクスに告白したり押し倒せるあるいは押し倒して上に載るような猛者もいないので、ゼクス側は他に相手がいないし、榎波もゼクスで満足、というよりゼクスレベルじゃないと本気の満足は無理だと発見したのでセフレは他にはいないので、互いに互いだけの肉体関係が維持されている。
なので榎波はたまに周囲公認のいい雰囲気になった場合、まぁそれはそれでも別に良いだろうと疲労回復と性的な意味で思う場合がある。愛かはわからないが、ゼクスは横に置いていても、イラっとすることはあっても、それ以外の問題はない。眺めている分には鑑賞対象としても良い。
一方のゼクスは、榎波は『非常にモテる上にセフレが大量に居る』という噂を、前から聞いていて、今もそうだと思っているので、自分もセフレのひとりであると考えているし、それ以外をこの関係に対して考えたことはない。そもそもゼクスはその方面のみ著しくお子様なので、恋とか愛がよくわからないのだ。このようにして、二十七歳の二人はこの日も互いを(というか榎波が一方的に)貪り、解散した。