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 それ以外は何が中であったのかも不明なのである。ど、どうしよう。俺は、レクスを守らなければならない……! レクスの手をギュッと握った。すると驚いたようにレクスが俺を見た。

「レクス、大丈夫だ。助けがきっとくる。それまでは、俺がいるから、大丈夫だ」
「兄上……」

 微笑して頷いて見せた時だった。

「良かったら俺らと一緒にいませんか?」

 なんだか、四・五人の青年が俺とレクスの前に来た。

「一緒にいた方が安全だし?」
「そうそう! 強姦とか言ってたから、お兄さん達、絶対危ないって!」

 最初は、鴉羽と聞いていた人々かと思ったのだが、なんだか空気が違った。どう違うかというと、レクスを見てニヤニヤしたのだ。俺はこの顔を知っている。レクスに不埒なことをしようとする連中は、大体こういう顔なのだ。レクスの腕を引いて、俺は前に出た。レクスが小さく息を飲んだのが分かった。

「レクスは俺といるから平気だ。俺の弟だから俺といるから大丈夫です」
「――あ、そうなの? じゃあ俺達、お兄さんの方を守ってあげるか!」
「え?」
「弟を兄が守る。兄は俺達に守られる!」
「う、うん……?」

 話が見えなくなってきた。首を傾げたら、なんだか手を取られた。そして――なんだかこう、ねっとりと撫でられた。へ? 他の人には肩を抱かれた。は?

「え、あの、離してくれ」
「俺、絶対に守るんで!」
「俺も! お兄さんみたいな人が……タイプで!」
「腰細……女より綺麗だろ」
「リアルでこんなのいんのか……」
「!?」
「――兄上を離せ」

 困惑していたら、レクスが前に出た。瞬間――空気が凍った。俺はポカンとした。これは――死霊術師のスキルである。空気を凍らせるスキルだ。俺を囲んでいた青年達も硬直したのが分かった。助かったが、これは、その、PK戦で使う技の一つである……俺はそう気づいて体が震えた。

「早急に消えろ」

 レクスが睨むと、殺気が溢れた。これは、天才技能円環の身体表現性天才・視線という技能レベルを上げると発生する。なんで俺、冷静に解説してるんだと思いつつ、逃げていった人々を見送った。

「兄上。兄上は、見た目だけは死ぬ程良いんだから、今後気をつけろ」
「見た目が良い? それはレクスだろ?」
「俺は良いだろうな。それが仕事だ。しかしその俺よりも上の美形である事を決して忘れるな。ひきこもりで自覚が無いんだろうが」
「へ?」
「昔っから兄上はその方面が抜けていて、俺への視線には気づくのに自分への視線には一切気づかず隙だらけだからな。変質者に気をつけるべきなのは兄上だ。かつ、今の対応を見て確信したが、兄上はPKができなさそうだ」
「え……だ、だって、死んじゃうんだろう? レクスもやらない方が良い」
「殺さずとも、今程度の撃退は可能だろう? 生産以外のスキルは無いのか?」
「あ、あるけど……そ、そうだな。レクスの言う通りだ」
「安心しろ。俺が居る場合、俺が兄上を守る」
「う、うん」

 なんだか完全に立場が逆転した。リアルと同じになった。先程一瞬、ゲームの中で、俺の立場が上になったのだが、今はもうリアル同様レクスが上である。頼りになるんだけど、自分が情けない。かつ、その後も――ナンパがいっぱい来た。全部、俺はオロオロ、レクスが撃退である。俺は、コミュ障なのだ……ネコアバターとか福の神じゃないとダメみたいだった。知らなかったのである人に、こう、じーっと見られると緊張するのである。

「なんでこの非常事態に、男が男をナンパしてるんだろうな……」
「非常事態だから、というのもあるかもしれない。男が男を、というのは、兄上に限っては、現実でもそうだが、兄上に声をかける度胸や、同性に声をかける度胸は、ゲーム内だからだというのはあるんだろうな。兄上には基本的に、余程自分に自信が無ければ、変質者以外は、綺麗すぎてリアルでは近寄れなかったようだ。だからこそ逆におかしなのが来ると、兄上の護衛に周囲は追われていた。兄上は、全くそう言うのに気づかないからな。老若男女、兄上の外見に惹かれるものは多い」
「え、レクス、俺、そんなの知らないんだけど。俺の外見って普通だろう……確かに遠巻きにヒソヒソされるけど、それはひきこもりのコミュ障でぼっちざまぁ的なのだろ」
「……ほう」
「キモヲタ乙みたいな……言わせるな、悲しい事を」
「兄上が外見に自信が無いのだろうというのは分かっていたが、安心しろ、良すぎるだけだ。『マジヤバイ』というのは、『やばいキモイ』ではなく『やばいイケメン』という意味だと、一緒に買い物にいった時に何度か教えようとは思っていたんだがな」
「……」
「しかしどうする? 装備を整え始めた者が多いが、兄上の先程の福の神衣装だと、鎖骨から胸まで見えるから、今以上に変質者が沸くと思うぞ」
「え……っと、ジャージのままの方が良いか?」
「分からない。ジャージだと、装備がない初心者扱いで寄ってくるようにも思う。兄上はどこからどう見ても、今回新規で始めた超ライトユーザーかつ初心者で交流すら経験無しにしか見えない。レベル2くらいの」
「へ……? 何故だ?」
「周囲との比較だ。ここから見ていても、レベル帯やプレイスタイル、交流なら交流派で、傾向が別れ始めている。恐らく俺もレベル15前後に見えるだろうな。そして俺達は、たまたまベンチで一緒になったライトユーザー同士と思われているだろう。こちらを見る視線的に。大体が、装備チェンジして、その内容的に100前後の、こなれているが強くはない層が俺達を見ている。彼らは一般的なユーザーだろう」
「すごいな。俺には見分けが装備しかつかない。ただ、確かに装備は言われてみると、こっち見てる人、100くらいだな。オシャレ無しが多い」
「ああ。だが、仮にここで俺が、先程兄上に貰ったものに着替えた場合、俺より上のレベルの変質者がやってくる可能性がある。その場合、撃退が困難な可能性があるから躊躇している。移動したいが、今、三つの理由で悩んでいる。一つは、位置は遠いとはいえ、ギルメンが全員こちらにいて文字チャット中。二つ目はその中に合流したい相手がいる。三つ目は、そもそも移動可能な場所に心当たりがない」
「チャットは終わってからでいいし、合流も相談したら良い。けど、移動可能な場所? 心当たりとは、どういう事だ?」

 俺が聞くと、レクスがため息をついた。俺に呆れているとかではなく、人混みを見ている。うんざりした顔だ。

「転送鏡までも人混みで移動できない。そして、幸運にも移動できたギルメンが試したそうだが、ギルドホームへの直接移動ができないそうだ。その者は、クランにも入っていてそちらのホームも試したが、クランホームにも直接移動ができない。別の者が個人ホームを試してそちらは移動可能だったそうだ。ただし――個人ホームには、転送鏡が無かったため、戻れなくなった。個人ホームの設置場所から動けないという。それと、大陸移動に関しては、セントラル以外は、攻略大陸のみというのは変わらないらしい。だが、大陸選択後、初心者街に転送されるそうで、そこから通常通り各街への転送鏡があるらしいんだが、こちらも現在、クリアしていない街には行けないそうなんだ。これまでは、誰かが開放していれば入れたわけだから、クリアせずに鏡移動していた場合、初心者街以外出入りできないという事になる。結果、セントラルも含めた7箇所の初心者街にギルドホームかクランホーム、個人ホームがあった場合は、多くがそこに集まっている。そしてフレや知人も含めてなんとか宿を確保しているらしい――が、入室可能人数がある。俺はユレイズをクリアしているし、ギルドホームがある街にも行けるが、既に満員かつ、ギルドホームの位置が街のはずれで、街鏡から徒歩で5時間かかる。クランホームに関しては、攻略外の場所なんだ。また、各地の宿屋も既に満員らしい。露店も公式店も、飲食物は全て売り切れだそうだ。露店は、制限をかけて回収したのもあるだろうがな。POTと、料理薬剤系素材も消えたそうだ」

 レクスの言葉に、みんな行動が早いなと驚いた……。

「レクスは、ユレイズの他のクリア先は、どうなんだ?」
「大陸移動通路で、エフネス大陸のアステナからエルダまでは攻略した。初心者は行っていない。同様にアイゼンバルド大陸のトールードからエリクスまでも攻略した。大陸選択ではアイリスを選んで、そちらは初心者から左の7つ目まで攻略した所だ。攻略外追加は、ユレイズのみ行っている。ユレイズ以外の全クリアは無い。ただし、ユレイズに関しては情報が入ってきていて、それを聞いた限り、どこの街も宿屋は埋まっているそうだ。恐らく、他の街も、俺がクリア可能だった場所というのは、他にもクリア者が多いだろうから、宿はもう無い。なにせ、2000人規模のギルドであっても、ギルドホームというのは、50人入れたら超巨大、100人入れる所など珍しい、という代物だ。少なくとも一般的には。53000人がいるわけだからな。宿は、基本的に30人までだ。各街に1軒。そして街の総数は、各大陸20前後だ。誰もいけないような場所もあるわけだしな」
「その中だと、アステナとトールードとアイリス初心者には、俺の個人ホームがある。アステナには、クランホームもあるんだけど、そこは今、クランメンバーが二人、使用予定だと言ってるな。今はまだセントラルにいるみたいだ。やっぱり鏡に移動できないみたいだ……案としては、諦めて、セントラルに家、建てるか?」
「――は?」
「だ、ダメか……」
「建てるって、どうやって?」
「家移動式建築で、亜空間家収納魔法陣と家移動魔法陣を使ってると、好きな場所でホームが開けただろう?」
「あ、ああ」
「家設置魔法陣をそこに加えたら、家は好きな所に固定設置になる。魔法陣3つと移動建築の家は、俺、常にカバンに入れてる」
「常にそれがカバンにあるのが理解不能レベルですごいが、非常に助かる。確かに、何故なのか家が出現したという噂が文字チャットに出ているから、それだったんだろうな。何人入れる?」
「寝室二個と、ベッドが二つの客室一個、書斎一個、これが二階だ。一階が、生産設備のキッチン、ダイニング兼用リビング、洗面所浴室洗濯機、トイレがあるけど、トイレいらないんだろ? 後は、フェンスと一緒に木があって、花壇と果物の木、草がハーブ――まぁなんていうか、普通の洋風のお家だな。四人は大丈夫。リビングのソファでも寝るなら、五人かな。無理してギューギューにしたら、もっと入れるとは思う――場所は、もう俺達の後ろの草むらとかでも良いんじゃないか?」
「ああ、そうだな。試しに建ててくれ。建てられるかも知りたい」
「分かった」

 こうして俺達は、立ち上がった。そして、ベンチの後ろの白い柵を乗り越えて芝を踏み、少し歩いた。暗いし、広場の外だがフィールド方向ではないし、街方向でも無いし、集団転移時も人が現れなかった場所だから、誰もいない。一度振り返り、あまり人目が無い事を確認してから、俺は地面に魔法陣を三つ置いて、スキルを唱えた。周囲に見えなくするスキルだ。レクスが気づいて驚いていた。俺的には、いきなり家が出てきたら驚くと思ったからである。これは空間単位でしか効果が無いから、対人には効かないのが難点だ。ちなみに、錬金術師の複合5個目のレベル350スキルである。きっと初めて見ただろう。さて、それから魔法陣を起動して、家を設置した。移動建築だから、収納も可能だと確認した。うん、良いだろう。扉を開けた。

「レクス、これ、終わったらしまうのもできるみたいだ。ゲームと同じ、そのままだ」
「そ、そうか……普通の家……か? 想像以上のクオリティだな。俺が知っている生産の家は、木造の小屋というのが正しかったな。家は、ああ、これだな。これは、家だ」
「へ? まぁどうぞ」
「お邪魔します」

 なんだかレクスはよくわからないが、俺はレクスを中に通して、念のため鍵をかけた。電気は普通についた。電線だとかは無い。レクスが感動したようにソファを叩いている前で、俺は、水道が出るのを確認した。お湯も出る。シャワーも確認に行ったが、お湯は大丈夫だ。水はきちんと排水されている。ゲームと同じだ。次に、リビングに戻って、エアコンをつけてみた。エアコンもつく。

「生活するのは、大丈夫みたいだ。救助が来るまで、ここに居よう」
「有効な選択肢だと記憶しておく。しかしすごいな。こんなソファがあったのか」
「感覚がリアルになったからかもな」
「だったら尚更だ。座ってみろ、家のよりも座り心地が良い」
「え?」

 俺も試しに座ってみたら――本当だった。驚いた。

「すごい。俺、すごいな」
「ああ。素直に本日は尊敬している。倉庫窓口もあるんだろうな、兄上なら」
「無論だ。ガス台の所の右側の扉がそうだ。開けると、上がこの家の倉庫、下が窓口だ」
「家の倉庫も見て良いか? 下は今、自分の倉庫を見るのに使いたい」
「ああ、いいよ。俺は、寝室を見てくる」
「感謝する」

 こうして別れて、俺は二階に上がった。こちらの電気や空調も大丈夫だし、ゲームで置いてあった毛布や掛け布団、枕やシーツもそのままだ。書斎に入ってみたら、置いてあったレシピ本などがそのままある。開いてしばらく待つとレシピが身につくアイテムだ。紙とペンがあるので試したら、普通に書けた。ここでホーム資産も確認できるようにしてあったのだが、ホーム資産も変化なく閲覧出来る。倉庫内容物もここでチェック可能だ。ホーム設置位置も分かる。『セントラル大陸・ミネルヴァの都(初心者の街)・広場』と書いてある。まぁ、大丈夫そうだ。

 それから下に降りた。再びシャワー室に行き、昔作ったシャンプーだとかが本当にシャンプーか確認した。匂いもあるし泡立つ……本物としか言えない。洗濯機の所には生産の服飾で使う服の洗濯剤がある。洗面所には、ハンドソープがある。棚を開けてみたら、歯ブラシと歯磨き粉があった。それをわかる場所に、うがい用のコップと一緒に下ろしておいた。俺は生産スキルを全部習得して全部カンストさせて熟練度を上げるためにこれらを作って各地の家に置いてあったわけだが、俺も俺以外が作れるのか知らない。まあ、二・三日で救助が来るならいらないだろうが、本当にテロだったら、みんな困るだろう……。素材、結構面倒だった気がするし、レシピやスキルもハードルが高いだろう。