【1】



 レクスは、異母兄である闇猫隊長を、蔑むように見た。最下層の汚れた血の持ち主だからである。しかもゼクスは弱っちい。それは共通理解である。さらに――全集団の少し前までの敵である闇猫の隊長だ。扇に乗っ取られていた闇猫に、多くの者が殺された。それはゼクスの前の世代の話だから、ゼクスが悪いわけではないが、闇猫は疎まれている。また、ゼスト家も断絶した今、ゼスペリア教自体の影響力が弱い。

 だからこそ――ゼスペリア十九世を探せと、使徒オーウェンのサイコメモリック達が行った時には激震が走った。生存している事を、まず誰もが知らなかったからだ。

 闇猫へと視線が集まる。ゼクスが、虚を突かれたように首を振った。
 ――まぁ、闇猫が期待できないことは、みんな気づいている。お情けと、全時代に悪に染まらなかった一部の闇猫の功績で、ここに一応呼ばれているだけだからだ。技術も何もかも取り上げられている事も、闇猫の弱さに拍車をかけている。しかも隊長は、最下層の孤児だ。誰もやりたがらなかったのからという理由だ。そんなものは、ガチ勢とほぼ同じである。ガチ勢は、ゼクスを知っていたし、ゼクスが自分達より弱いことも知っている。

「何か手がかりはないのか?」

 榎波が言うと、円卓の人々が沈黙した。生きていたとするならば、違う家庭で一般人として育てられた可能性が高いが、ゼスト血統なのだから、非常に強いPSY-Otherを持っているはずだ。しかしゼスト家生存者がいないので、それがどのような力かは分からない。これは闇猫に殺害された緑羽家や朱匂宮家も同じだ。これにより、万象院は特に闇猫と険悪だ。

「メルディ猊下では……?」

 控えめにゼクスが言った。全員呆れた。確かに自称ゼスペリアの青を保持しているし、ゼスト血統らしいが、直系ではない。かつ、うざったい人物だ。護衛しているゼクスからしたら違うのだろうが。周囲は、二人のバカとして、セットで認識していた。

 その時、ゼクスが咳き込んだ。少しよろけた。
 するとロードクロサイト議長が首を傾げた。

「具合が悪いのか?」

 さすがはゼスペリアの医師である。闇猫にも気を配るなんて優しい。
 人々はそう思った。ゼクスも、だ。

「平気だ」

 ゼクス認識で、これは幼い頃からの持病である。ゼクスが病弱であることをガチ勢も知っていた。だから訓練不足で弱いのだ。仕方がない。だが、それは最下層ではよくある事だ。ゼクスは孤児院にいたから恵まれている方だ。普通はその場合、死んでしまうのだ。それに最下層の住人は、病気・貧血・栄養失調はよくある。

 しかし――時東の判断は違ったらしい。

「おい。ちょっとこの球体の中央を見てくれ」
「? いや、平気だ」
「早くしろ」

 時東が取り出したのは、PSY融合医療装置である。検査器具だが、最先端過ぎて、わかるものは、ごく少数だった。ゼクスも見るだけだからと、従う。

「っ」

 すると時東が息を飲んだ。立ち上がり、バシンと扇を開いた。時東のPSY血統医術は見たいと思っても見られるものではない。

「大至急寝ろ」

 出現したベッドを、時東が扇で指した。ゼクスが息を飲んでいる。

「い、いや……結構です」

 小さくなって、敬語になった。だがこれにはさすがに見ていた闇猫達も驚いたし、レクスも目を疑った。

「ロードクロサイト議長、兄上はどういう状態なんだ?」
「――レクス伯爵。兄だと思うなら、強制的にこちらでベッドに寝かせる処置をするから、同意書にサインをくれ」
「……状態を聞かないと、それは……待ってくれ、そんなに重い何かなのか?」
「非常に重篤なPSY疾患である可能性が高い」

 それを聞いて、ゼクスが青ざめた。頭に浮かんでいたのは、医療費についてである。

「ロードクロサイト議長、俺は平気だ。レクス伯爵、同意は不要だ。患者権限が使えるなら、拒否する」
「拒否だと? ダメだ、検査が必要だ。そうでなければ、お前は今、この瞬間に死ぬ可能性がある。俺は医者だ。見過ごすのは不可能だ。拒否の理由は? 自覚症状が無かったとは思えないが?」

 そんなものは、医療費に決まっている。しかしゼクスは、それを言うのが気まずかった。言葉に詰まる。

「――とにかく拒否する」
「兄上。ロードクロサイト議長の折角の好意を一体何だと考えているんだ?」

 レクスの声が厳しくなった。いつもだと、これでゼクスは折れる。だが……ゼクスはちょっと暗い目をした。医療費の事が頭にのしかかっていた。さらに、それが捻出できれば、多くの孤児も救えるというのも頭にある。初めて見るゼクスの表情に、レクスが身を固くした。いつもゼクスは、弱っちいが明るそうな能天気そうな顔で苦笑しているのだ。

「俺は、手がかりを探しに行ってくる」

 そう言って、ゼクスが歩き出した。話を変えて、逃げたのである。時東が引きとめようとしたが、その腕を――高砂が掴んだ。

「時東。患者が拒否したら、医師に権利は無い。そんなに死にそうなら、ホスピス案件だろうから、死に際の行動制限もできない」
「高砂……あのな、検査したら、助かる可能性もある」
「闇猫だよ?」
「闇猫なら死んでも良いのか?」
「――俺は、別に構わないけどね」
「万象院や匂宮の殺意を俺に強制するな」
「後ろの黒色達は、俺の方に賛同してるみたいだけど」

 その言葉に時東が息を飲んだ。ちらりと見ると、その通りだった。なにせ闇猫は、ハーヴェスト侯爵家も根絶やしにしようとした過去がある。レクスがいるのが奇跡なのだ。

 そのレクスだが……少しだけ胸がざわついていた。考えてみると、ゼクスが唯一の家族だからだ。今まで邪険に扱っては来たが。しかしギルドの人間としては、黒色の見解が正しいというのは、分かる。

「……さすがに闇猫は同じ見解ではないだろうから、最低一人は張り付いて見ていて、倒れたらすぐに運んでこい。独り言だけどな」

 時東はそう言うと、不機嫌そうに扇を閉じた。ベッドも消えた。
 すると高砂が錫杖を鳴らした。モニターが展開する――と、ゼクスが映っていた。

「ゼスペリア猊下の捜索状況を確認するモニターであって、別に体調を確認するものではないけど、用途の内心は自由だ」
「高砂……お前……」

 時東がちょっと感動したような顔をした。高砂は顔を背けた。さすがは、万象院の僧侶だとこれには多くが感銘を受けた。善人ぶらないが、善人である。

 さて――画面の中で、ゼクスはトボトボ歩いている。高砂のモニターが高精度すぎて、気づいてすらいないようだ。が、気づいていない者はほかにもいた。なんと、ゼクスは尾行されているのだ。

「「「「「!」」」」」

 多くが息を呑んだ。扇連中が何名もゼクスを尾行しているし、ゼクスの進路となりえる場所全てにいる。窮地だ。しかし扇連中はゼクスに接触はしない。ゼクスが進むと下がる。これは――襲撃ではない。慢性的に監視されているとしか思えなかった。