【2】



 一体ゼクスは何処へ行くのか。みんな、慄きながら見ていると――質屋の前で止まった。各集団からは既に何人もゼクスの方へと人が派遣されている。

 ――なんで質屋?
 そう思いつつ見ていると、ゼクスが左手を持ち上げて、手袋をはずした。それを見て、モニター前に跪きそうになった人物が大量にいた。

「おい、あれは、ランバルトの青だ……」

 榎波が叫んだ。サイコメモリック石版で見たことがあったのだ。

「あれは、ランバルト大公爵家というより、ゼスト家の継承品だ。現在は、隊長が管理していたのか? 行方不明の貴重な聖遺物だろう?」

 誰もそんなことは聞いたことがなかったが、それが神聖なのは分かった。扇の狙いはこれなのだろうかと思いつつ――よくあんなに神聖なものを持てるなと、何人かがゼクスをちょっとだけ見直した。さてその後、榎波がはたと気がついた。

「ちょっと待て。質屋前で、あの指輪を見ているというのは、私からすると売り払うつもりに思えるんだが」
「「「「「!」」」」」
「仮にそうなら、私が買うからといって呼び戻せ!」

 榎波が叫んだが、実はESP砂嵐が吹き荒れていて、直接連絡ができないのだ。前からたまにあったのだが――今回の件で、扇のクラックらしいと判明した。

「あいつは、金に困っているのか? だからといって、牧師が聖遺物を質屋?」
「あ」

 榎波の言葉に、ガチ勢の誰かが言った。

「あれだ。医療費が無いから、重病だと聞いて、金策しようとしてるんじゃないのか?」
「「「「「!?」」」」」

 ガチ勢達がほぼ全員納得したのを見て、それ以外の各集団は、ぽかんとなった。最下層の貧乏さを舐めていたし――闇猫内部でも最下層では健康診断などが無いという話も聞こえてきた。

 見ていると、ゼクスがふらついた。あ、転ぶ! と、人々が少し慌てたが、ゼクスは体勢を立て直し、そして多くが安堵したのは、手袋をはめ直した点である。質屋をチラ見したあと、ゼクスはそのまま歩き始めた。なんと、扇連中も安堵しているようだった。各集団、何とも言えない気持ちになりつつ――扇集団は、ゼクスがランバルトの青を保持していることに驚かなかったことは、心の中でメモした。

 さて、ゼクスは歩き続けて――王都を一周し、王宮に戻ってきた。手がかりなどないのだから……まぁ、歩いて探しただけ、褒めるというか、不幸中の幸いである。扇連中とは、駆けつけた人々が戦闘をしているが、ゼクスはそれは知らない。

 しかし、こうして見ると、確かに顔色が悪い。真っ青だ。

「治療を受ける気になったか?」

 時東が聞いた。するとゼクスが……俯いた。

「いや、良い……それより、王都を歩いて探してみたけど、ゼスペリア十九世らしきOtherは無かった事を報告する」
「どういう事だ?」
「ゼスペリアの青に反応するという指輪を所持している」

 時東の質問に、ゼクスが答えた。ランバルトの青だと人々は思った。

「だけど、質屋に反応した」
「「「「!?」」」」
「中を覗いてみたけどな、特に何もなかった」
「――それは、お前の興味とかじゃなかったのか?」
「うん? 俺は特に質屋には興味がないけど、なぜだ?」

 ゼクスが首を傾げた。確かに――ゼクスは善良な牧師だ。皆、納得した。売るつもりは無かったのだろう。

「その指輪を見せてくれ」

 榎波が言うと、ゼクスが首を振った。

「いや。これは、闇猫の白紙空白砂嵐以外は見てはならない決まりだ」
「「「「……」」」」

 そう言われると、言葉が出ない。強制権は無いのだ。モニターで見ていたなどというのは、通らない。

「ちなみに、指輪の名前は?」

 榎波が食い下がった。聖遺物ならば、見せろと言える。ランバルト大公爵権限だ。

「へ? 指輪は指輪だ。名前なんかあるのか?」

 しかしゼクスがぽかんとした。嘘をついていないのがPSYで分かる。

「「「「……」」」」
「どういう経緯でそれを手にした?」
「闇猫隊長就任時に渡された」
「誰から?」
「英刻院舞洲猊下だ」
「……そうか」

 本物の可能性が高まった。保持者だったローランド猊下の配偶者猊下であるからだ。

「舞洲猊下に、守れと言われたりはしなかったのか? お孫様に当たられるだろう?」
「記憶にない。舞洲猊下からは、闇猫を指揮しろとしか申し使っていない」
「……名前とか、聞いていないのか?」
「存在自体、聞いたことがない」
「ところでゼクス。最近、扇集団を見かけたか?」
「は? 捜査資料や闇猫担当分の対処時には見るけど、どういう意味だ?」
「尾行などをされたことは?」
「誰が?」
「お前が」
「いや? 全く心当たりがない」

 一同、やっぱり気づいていなかったのかと思いつつ、ちょっと青ざめた。聖遺物を持っていて、尾行されているのだ。放置はできない。

「ゼクス、私もお前は治療を受けるべきだと思う。ベッドに横になり、ここから出るな」
「は?」
「うん。俺もそれがいいと思うよ」

 これならば、敵に対しても不自然でなく、聖遺物の保護が可能だ。
 榎波と高砂の声に、ゼクスが驚いた顔をした。

「?」

 それから両腕で体を抱いた。

「……俺は、そんなに悪いのか?」

 そういうことではないのだが、榎波と高砂は黙った。だが、時東は眉を顰めた。

「最初からそう言っているだろうが」
「けどな……」

 再びゼクスの頭に医療費が浮かんだ。するとレクスが言った。

「仮にも兄弟だからな。医療費はハーヴェストで持つ。私費だ。ギルドは無関係だ」
「え」

 ゼクスが驚いたが、黒色も家族として捉えれば気持ちが分かるので、異議は唱えない。ゼクスが俯いた。そして、真っ青になった。

「俺は、死ぬのか?」
「その可能性が非常に高いから、低めるための治療だ」
「ロードクロサイト議長、脅さないでくれ」
「脅してなんかいない」
「俺は一体何の病気なんだ?」
「それを明確化するために、今から検査をしたいんだ。ベッドに今度こそ横になれ」

 今度は、ゼクスは断れなかった。