【4】覚醒


「――ん」
「兄上!」
「……レクス……レクス!! 聞いてくれ、怖い夢を見た!」

 涙ぐみながらゼクスが飛び起きた。まだ解けているのかどうなのかわからないため、レクスがじっとその様子を観察する。

「二つ夢を見た。一つ目では、高砂が華族として生きていて、二つ目では、時東は隙だらけの人物になっていたんだ!」
「――そ、その、子供が出来たり、聖娼婦だったのか?」
「ん? そんなことは怖くない。あの高砂が、華族として生きていたこと、および、あの時東が、隙だらけ――!! 俺は、死ぬほど怖かった。俺、マインドクラックされていたんだな……あれは、こちらからの逆クラックだろう? 違ってもそうだと言ってくれ、俺は怖い……ありえない……」
「――まあ、兄上の見解通りだが、俺の予想とは違った」

 レクスは首を傾げながら、左右のベッドにそれぞれ寝ている時東と高砂を見た。
 時東は幸せそうに寝ている。高砂は既に起きていて、疲れたようにこちらを見ていた。

 そこへ――英刻院閣下がやってきた。

「さすがだな、ゼクス」
「英刻院閣下、どれに対してだ?」
「敵にマインドクラックされた点だ。決して褒めていない」
「……もう立って大丈夫なのか?」
「ああ。お前の祝詞のおかげで、な。そこは褒めよう。で、体調はどうだ?」
「ん? あ、ああ……平気だ」
「それは何よりだ。元々がほぼ健康体なのだから当然だろうが」

 英刻院閣下は、その後、高砂を見た。

「よくやった。話を聞いて資料を見たが、今回のマインドクラックで大げさなほど強く見えた敵を、綺麗に全滅させてくれていたな」
「――あ、いえ。大丈夫でした? 弱すぎて、ラジエルとヴァイルさんが不安だったんですが……」
「ラジエルに関しては、既に闇汚染が溶けた状態で、猟犬と闇猫が共同で保護している。ヴァイルという人物は――……マインドクラックの中にしか存在しない」
「「!」」
「不可解ではあるが、存在しない敵は倒すことができない。確認した限り、お前たちが見たという写真にも、どこにも写っていない。よって、レクス伯爵が調べておられた通り、マインドクラックを促した主犯――メルディ猊下達への法的措置で終了だ。逮捕理由の他の余罪も全員腐るほどある」

 英刻院閣下は、そう言うと、ゼクスを見た。

「こちらの関係者のマインドクラックは、お前がヴェスゼストの赦祝でも読んでくれれば、消えるだろう。明日の朝にでも頼む」

 ゼクスは頷いた。それを確認して、英刻院閣下は、帰っていった。



 ――朝。

 それからゼクスは、深呼吸をして、精神を集中させた。

「――ヴェスゼストへの赦祝」

 不思議なことに、あまり読んでいる気分がしない。
 歌っているとも違うのだが、頭の中で映像が再生されるのだ。これはいつものことでもあるが、それがより鮮明だった。ゼクスはそれしか考えていなかったが――瞬間、王宮どころか、王都全体の人々までが息を飲み、皆無意識に王宮の方を見上げた。

 なにか、そうなにか、そこには神聖なものが降り立ったようだった。

 ――遠方でさえそうだったわけで、近距離で聞いている全員は、それどころではなかった。非常に落ち着いて住んだ気分になるというのに、冷や汗が浮かんでくる。神聖な気配だけでもそうではあるのだが――この祝詞は、普通ではない。このようなものを聞くのは初めてだった。まるで違う。

 ――信仰することを許されているのだと、そんな壮絶な喜びが浮かんできて、動悸がした。早鐘を打つ心臓、そして同時に、この人物を絶対に失ってはならない、守らなければならない、そんな心境になる。

 まるで自分自身が、使徒ヴェスゼストになったかのような、その器や写し身、いいややはりその者になった錯覚。脳裏をよぎる後継。それがOtherによる映像再生や聖歌だとどこかで理解しているのに――映し出された、ゼクスそっくりのはにかむ、直感的に使徒ゼストであるとわかる青年と、使徒ヴェスゼストだとわかる青年がそこにはいた。こちらは誰にも似ていない。膝をついて、どこか苦笑するようにゼストをみあげている。

 ゼストは首から、使徒ゼストの十字架をさげ、指には銀の指輪、右手には金の指輪をしていた。そして、右手の親指にはめていた金色の大きな指輪、ルビーがついた指輪を、ヴェスゼストに差し出した。

 それは――今も代々法王猊下に継承されている品と同一だ。
 これらは、王宮中の、PSYが弱い者にまではっきりと見えた。

 終わった後も、しばらく誰も何も言わなかった――気づけば、その場に立っているのは、ゼクスただ一人だった。無神論者の榎波まで、膝をついて、手を組んでいた。


「マインドクラック全メンバー解除。偽装記憶込みマインドクラック封印消滅処置をした。マインドクラックだった事の確認はESP断層判定をすれば良い。意味がわからないものも五分以内に正規記憶が復活する。封印消滅処置完了者は、宗教院闇猫――白紙・空白・砂嵐、ゼクス=ゼスペリア。ゼスペリア教会孤児院牧師」