【0】ゼスペリアの聖剣
その頃、榎波は一人でゼスペリアの聖剣と向き合っていた。
握って静かに目を閉じた。
すると頭の中で、日蝕のように、闇の空に金環が光り輝き、中央に十字架が見えた。それを眺めていると、その風景が大きくなり、透過するように消え、三つの扉が出現した。暗闇の中に気付くと立っていた榎波は、三つの扉をそれぞれ見た。慎重派と呼ばれることもあるが、迷ったらやってみる方であるし、危機回避には自信があるが危機感も特にないので、とりあえず左の扉からあけた。
そこには、三つの時計があった。片方は止まっていて、片方はクルクル回っている。最後はタイマーのようだった。何やら現実の時間、ここでの時間、ここで一日と設定すると現実では一秒経つのだという説明が脳裏をよぎった。その横には、好きな強さの練習用生体兵器を出現させられる装置があり、モニターで画像や情報が見て取れる。国内中の大小問わない生体兵器情報が入っているらしい。致命傷を負いそうになると、直前で全てが消失するが、怪我をすると痛みを感じるという。が、現実に戻ればそれは消える。
つまり――命や体には問題がない訓練場ということだった。さらに対人戦も含まれていて、強い相手が沢山表示される。歴史書で目にしたことのある名前等が並んでいた。試しに、使徒ゼストを選択してみると、どこからどう見てもゼクスが出現した。そして試しに戦ってみると瞬殺されて、気付くと三つの扉の前にいた。そういえばここの所訓練する暇もなかったし、一体一で戦いたいのに模擬戦もできなかったし、精神集中したい時にも丁度良いと考えながら、二部屋目に入った。すると中にいた人物が振り返り、驚愕したように目を見開き、手に持っていた書類を全部床に落とした。金髪に紅い目をした青年で白い修道服姿だった。顔立ちがレクスに似ていた。直感的に、使徒ルシフェリアだと理解した。
「――ゼスペリアの聖剣か。まさかランバルトの人間とは……」
「そうらしいが、ここは?」
「鞘を抜く力量が現れた人物に、参考になる知識を与えられるように、使徒十二名が構築したサイコメモリック記憶地層だ。聖剣内部にあるPSY融合装置の起動で出来上がっている。鞘を抜けた人間は、過去に一名で、お前が二人目だ。名前は?」
「榎波柊という」
「そうか。榎波ということは、裏若葉の榎波男爵の末裔か。そちらでは俺は、真紅匂宮という名前だった。ゼスペリア側では、ルシフェリアで通っていると聞いた」
「ああ。ちなみに私の前は誰が抜いたんだ?」
「ゼスペリア七世だ。というか、聖剣の場所は、ゼスペリア歴代猊下の中の一部しか知らない。使徒ゼストが夢メモリックで教えられる少数の人間しか理解できない。ちなみにどうして聖剣を? 黙示録でも起きそうなのか?」
「ああ、まさに黙示録が起きているのかもしれない」
「そうか。ならば、お前は信頼されているんだろう」
「どういうことだ?」
「これは、ゼスペリアを宿している人間に頼りにされている人間のみが扱えるPSY融合兵器なんだ。兵器訓練は左横の部屋で可能だ。ゼスペリア七世は、息子がゼスペリアを宿していたから抜けた。まぁゼスペリアが許可したとも換言できなくはないが、基本的に、使徒ゼストの末裔が信頼している頼りになる人間のみ使用可能という事だ」
「効果は?」
「なんでも切れる」
「……ほう」
「例えば、海を切ったりして、二つに割ったり、空気を割って膜を作ったりも可能だ。なにやら包丁を思い浮かべているが、無論、キャベツの千切りも可能だ。自分の好きな形態にいつでも念じれば変更できるようになるから、普段は首飾り形態か、仕事時に使用する剣と同じ見た目にでもしておくと良い。あと、先に言っておくが、使徒のメモリック十二名は、そこの壁のそれぞれの宝石に触れると出現する――ことになっているんだが、基本的に気まぐれだから、出てきたり出てこなかったり、既にいたり複数いたりもする。なお俺は常に待機係だからいる。不用時は出て行けといえば、出ていく」
「完全PSY攻撃を切れるか?」
「切れる。それを使用する人物との模擬戦をやれ」
「生体ウイルス兵器の病原菌は?」
「切れる。比較的高度ではあるが、なんでも切れる。やろうと思えば地球が真っ二つで、空も切れるだろうな。宇宙は不明だ。切るという概念によるからな」
「信頼関係を切れるか?」
「それは聖剣などなくても良いだろう」
「他者の自殺願望を切れるか?」
「――それが汚染形態等ならば切れるが、精神疾患だと話は変わるし、元々がネガティブである場合も話が違う」
「もう汚染は解除済みで念のための封印がなされている感じのようだ」
「その場合、切るのではなくて、別の何かを繋いで浮上させた方が良いのではないか? 信頼関係を繋いでここへと導かれたのと同じように」
「そうか。ちなみに、横には時計があったが、ここは?」
「基本的にあちらは、いつまでも一人でここにいて現実を忘れないようについている。こちらは俺が管理しているから、それがありえないから不要だ。現実では0.1秒程度の経過となる」
「黙示録は、あれは、本当に起きるのか?」
「――あれは、脅迫状が元だからな。起こそうとしている奴がいた。そして常にあれを模倣しようとする輩もいる。俺の、例えばルシフェリアの礼拝堂等のサイコメモリックと記憶照合すると、何度か黙示録が起きそうになっていたのは事実だ」
「ゼスペリアの聖剣は、偽ゼスペリアの第二候補だが、私は可能性があるのか?」
「ないな。ゼスペリア教会と今も呼ばれているかは知らないが、その名前の教会地下に終末時計等と安置されていたはずだが、違うか? それ次第だ」
「その通りだ。ところで偽ゼスペリア――あれは、第一候補が書いていないから、第二候補が筆頭なわけだが、誰が第一候補なんだ? なんで使徒の中に五人も候補がいるんだ?」
「まず複数いるのは、誰でも偽ゼスペリアになりえる、という比喩だ。まぁ第一候補はしいていうなら、ゼスペリアを宿している人物とでも言うしかない。敵に回れば一瞬で負けるだろう、ほぼ全員」
「――誰が脅迫状を送ってきた?」
「お前達が言う所の、旧世界を滅亡させた人物等が描いた滅亡風景を遠隔透視した。こちらの察知にあちらは気づいていたが、こうなるから見ていろと笑っていたな。名前はその時々で異なるようだ。過去にも何度も世界の滅亡を図ってきたようで、何やら、ユエル・ロードクロサイトに執着しているが、ゼスペリアの青が大嫌いな人物が関与している場合が多いようだ。ゼスペリアの青さえ――優しさとでも言うのか、そういうものさえなければ、ユエルは完璧だったという話を繰り返す老人がいたら、それは凶悪な信念の持ち主だから注意した方が良いだろう。完全ロステク時代のように、特権階級が全てを支配する社会を望んでいるようだ、が、まぁいつの時代も特権階級はあると俺は思う。ただしその老人の考える特権階級は、少し特殊であるようだ。中身が全てゼスペリアを宿しているような人間による完璧な統治こそが、理想的な社会を作るために必要不可欠だという。そのために、常に一般国民はマインドコントロールしておくべきだしPSYも使用制限を深くかけて、特権階級の十名前後しか使えないようにし、かつその十名前後は不老不死でなければならないというような考えを持っていたはずだ。が、時代によりその人物の価値観も変わる。ただしPSY融合医療装置等で半分程度は不老不死と言っても良いのは間違いない」
「何名くらいいる?」
「絶対にいるのは五名だ。使徒ゼストの十字架の左右二本の先端がそれぞれPSY融合医療装置と完全ロステク医療装置を壊したり誤作動させる波動を出していて、残りの二箇所、上が堕天使ラジエルと呼ばれている人物が生きていた時に備えてそのPSY受容体絶対発信色相から、ラジエルが生きているとすれば受け取っているだろう同じ装置の破壊およびラジエルに限ってはPSY受容体破壊波動を出している。最後の一本は、旧世界滅亡に直接的に関わってきたわけではないんだが、円環内部が奇妙な配置で、Otherが過多であり、ESP-PKが融合していて非分類のように見える、青緑Otherの連中のPSY受容体を片っ端たから破壊する波動を出している。これが何名生きているのかおよび今も作られているならば、数が不明だ。作るというが人間であるのは間違いなく、彼らは不老不死を求めていると考えておくと良いだろう」
「ラジエルがゼストの従兄弟でイリスだというのは本当か?」
「イリス=ハーヴェストクロウ・ラジエル=ゼスペリアが本名だ。俺の異父兄だ。ゼストの配偶者で、イリスと呼ばれて子供を生んだ。その後、ゼストの病気が悪化するたびに汚染がひどくなった。そして最後の三番目の子供を産む時、汚染がひどすぎたから子供も汚染されている可能性があったから、イリスごと子供を殺すという話になり、だが産んで、子供はハーヴェストが引き取ったという流れだ。その汚染後のイリスが、堕天使ラジエルと呼ばれている。これは、俺達ではなく敵集団が広めた名前だ。長男はゼスト家、次男は万象院に引き取られたはずだが……まぁ、なんともいえないな。ちなみにイリスとゼストの円環構成はほぼ同一だった。しかし天然でそうなったゼストに宿ったゼスペリアは、世界滅亡時はいつも偶発的に生まれると語ったが今回はどうだ?」
「偶発的だと聞いた」
「そうか――気をつけろ。相手は、イリスがゼスペリアを宿していると思い込んでいたからイリスを汚染したんだ。危機一髪という所だったとしかいえない。違うと気づいたやつらの兵器攻撃でゼストは悪化したし、そもそもイリスの汚染のためにずっとゼストは兵器攻撃を受けていたが、始めは誰も気付かなかった」
「ああ、わかった」
頷いて榎波は、現実に戻った。
祝典まで、数日の事だった。