【2】使徒オーウェンの恩赦式典――ゼスペリア十九世――
「俺の実兄であるゼクス猊下は、ゼスペリア十九世として、全てのゼスペリアの家族、特に救済戸籍ゼスペリア孤児の最下層における姿を、友として、家族として、ゼスペリア教会を通じ孤児院街で暮らし、直接目にすることを使徒ゼストの代理としての一つの生き方だと考えて過ごしておられます」
レクスの声に民衆は驚いた顔をした。初めて聞いた事実にそれが本心なのか悩んだ。ただただ普通にその生き方に感動している様子だ。先程の祝詞の破壊力がすごかったのだ。ゼクスはと言えば、レクスの説明の間に、黒い法王衣をまとった。これは生まれながらにして法王と同じ地位にあるゼスト・ゼスペリアの当主にしか許されない最高の宗教着だ。ゼスペリア猊下しか、着用してはならないのである。
さらに、多くの人々は驚愕した。徐々に徐々にではあったが、現在では爆発的に膨れ上がったゼクスの放つ神聖な気配に、まず硬直した。そこに立っているだけだというのに、まるで人々は、宗教院でも最も高位とされる新ゼガリア大聖堂にいるような気分になった。
「貴族院の慈善活動において多くの孤児が救われております。そのお礼と、本日は俺が、ランバルト大公爵兼ハーヴェスト侯爵としても個人的親交がある英刻院大公爵家の長子、良き友人である伴侶補英刻院瑠衣洲閣下のお誘いで、ここへ参りました」
それからゼクスがそう言った。
微笑していたゼクスがそれから、少し悲しそうな顔をした。
「瑠衣洲閣下に伺った所、英刻院藍洲元宰相閣下が病床に伏しているとのこと。非常に心を痛めております。個人的にランバルト大公爵家当主としてもハーヴェスト侯爵家長子としても、全貴族の総意であると考えられるので、代表してご快癒をお祈りさせていただきます。そこでランバルトの象徴と、配偶者猊下である俺の片側祖父の舞洲猊下より賜っている指輪、ハーヴェストの証、なにより――使徒ゼストの十字架をもってして、まずは帰属として、そしてゼスト・ゼスペリア家の当主として、黙祷をしたいと思います」
実に自然な流れだったが、貴族への牽制がまず入った。宗教界に関連が深いのは勿論だが、ランバルト大公爵家自体が英刻院家に匹敵する存在で、単純に宗教院を主にしているか貴族院を主にしているかの違いしかないのだ。その上ランバルト大公爵家は、クラウ・ゼスペリア家の後ろ盾であるし、クラウ・ゼスペリア自体がゼスト・ゼスペリア家の守護配下家であるため、完全にクラウ家当主代理のイレイス猊下の動きも封じられた。
だがそうした事実より、民衆は、ゼクスの左手と、その指先が握った胸元の十字架に目が釘付けになった。それらが現れた瞬間、多くの人々が自然と胸の前で十字を切った。遠方にいる人々のためにモニターも出ているのだが、そこにはゼクスの身につけている聖遺物の紹介文が表示されている。最初は身につけている黒い法王着の解説だったのだが、現在は、まずはゼクスの左手が映し出されている。
モニターにはまず、銀の指輪の説明が表示された。ランバルト大公爵家に伝わる、使徒ランバルトの聖遺物――ランバルトの青だった。左手の人差し指にまず豪奢な使徒ゼストの銀で作られた巧みな意匠に巨大なサファイアの太い指輪がはめられている。そもそも使徒ゼストの銀は、使徒ゼストの銀箔の大本となった品であり、薄い折り紙程度でも畏怖する者が多いのだが、ゼクスは平然とそれを見につけている。それと細い鎖で緩くつながっている親指の指輪。こちらの方が少し小さい。これには少し薄いサファイアとダイヤ、黒曜石がはまっている。全て使徒ゼストがランバルトに送ったとされる使徒ゼストゆかりの宝石だ。その親指と薬指から、やはりゆるい銀の鎖がつながっている小指の小さな指輪には、ランバルトの象徴であるアイストパーズが輝いている。親指には宝石が散りばめられているが、この小指のものは非常にシンプルだった。これは本来、許された者しか見ることを許されない、宗教院指定の聖遺物の中でも最高位の品の一つである。だが、だれかの無事を祈る時などは公開して構わないと決まっている。しかし映像だけでも気圧されるものが続出した。
続いて説明文が出たのは、薬指の五つの指輪だ。一番下はシンプルな銀の指輪でランバルト・アメジストという、こちらも使徒ランバルトゆかりの宝石がはまっている。これはランバルト家の孫まで全員に配布されているから榎波でさえ持っているが、ランバルト大公爵家の威光を示すには十分すぎる神聖さである。その上にはさらに、法王猊下の孫まで全員に配布されるやはりシンプルな銀の指輪に、法王猊下継承遺物のヴェスゼストの赤琥珀という宝石がはまっていた。こちらも見たことがある人間は多い。だが本来これだけであっても、聖職者の多くは傅く。その上の金色のシンプルな指輪には、アイスブルートパーズが輝いていた。これは英刻院家とランバルト大公爵家の縁組、つまり現在の法王猊下であるローランド猊下と配偶者猊下の舞洲猊下の直接的な子孫のみが持っている品だから、アルト猊下とレクス伯爵、他の孫の榎波とユクス猊下の兄弟、ラクス猊下しか他に持ち主はいない。人工授精系統子孫には与えられないのだ。だがここまでの四つはまだ理解できた。しかしその上にはまっている、銀色の蛇が二匹からまっているような、時に青く光る銀の長い指輪と、その根元で輝いているイリス・アメジストを見て、人々はポカンとした。先程までの使徒ゼストの銀や、英刻院家にのみ旧世界から伝わっているとされる神聖黄金や各種宝石もすごかったのだが、これはそれ以上だった。特に、ギルド関係者は目を疑った。それは、メルクリウスの三重環・アメジストと呼ばれる、紫色の使徒イリスの遺物だったからだ。ギルド議長とイリス血統筆頭しか持たないとされる品だ。イリス血統筆頭もまたハーヴェスト侯爵家だから、所持しているのはおかしくはないのだが、驚きすぎてぽかんとしたのだ。モニターの説明文には『ハーヴェスト侯爵家始祖の聖遺物』と表示されているが、ハーヴェストがゼストとイリスの血統を守っていてルシフェリアの末裔であるというのは、大体の国民が知っているので、ほぼ全員が、紫色の使徒イリスの聖遺物だと気がついた。イリス・アメジストも――この色彩だったと伝わる使徒イリスの青銀の話も、人々はフォークロアで耳にしたことがあったからだ。
最後は中指の豪華な指輪だった。一番目立っている。ランバルトの青と同じくらいインパクトがあった。これもまた、伝説の聖遺物であり、滅多に見ることが叶わない代物なのである。宗教院が唯一規定している使徒ルシフェリアの聖遺物――使徒ルシフェリアの薔薇と呼ばれる指輪だったのだ。こちらはハーヴェスト侯爵家の直系の人間ならば持てるから、ザフィス・クライス・レクスも所持している。数個あるのだ。欠番の第四使徒でありゼストを殺害したとされるルシフェリアの遺物は基本的に登録されないのだが、これだけは宗教院がランバルトの青と同様の最高の遺物であると認めているのだ。使徒ルシフェリアの金という、使徒ゼストの銀や銀箔以上に貴重なもので出来ていて、その製造方法は現在でもハーヴェスト侯爵家にしか伝わっていない機密である。そこに豪華な意匠が刻まれていて、中央には宝石の薔薇が咲き誇っていた。中央は青系統Otherであるのに赤い色の色相を、宝石自体が放っているルシフェリア・ルビー、その周囲は、メルクリウスにも使われているイリス・アメジスト、そして一番外側は使徒ゼストのサファイアとルシフェリア・ルビーの合成により深い紫色の花弁となっている。
続いて、ゼクスの右耳が表示された。そこでは金色のカフスが輝いていた。こちらも豪華な模様であり、下部にはルビーが埋め込まれていて、下に金色の鎖がたれている。その先には使徒ゼストのダイヤが煌めいていた。またカフスの下には、使徒ゼストの黒曜石のピアスがある。その次に映し出された左耳には二つのカフスがついていた。上は使徒ゼストの銀と使徒イリスのアメジストの粉で作られたカフスであり、こちらにはルシフェリア・ルビーとイリス・アメジストから作り出された宝石がはまっている。その下のカフスは、やはり宗教院が最高位認定しているゼスト・ゼスペリア猊下継承物の使徒ゼストのカフスだった。ゼガリア白金銀という、現在では発掘するしかない非常に強力な代物で、使徒ゼストの黒曜石とサファイアがはめ込まれていて、垂れた銀色の鎖の先には、使徒ミナスの真珠が、使徒ゼストのダイヤに縁どられ、さらにその一粒一粒の周囲に使徒ゼストの銀という非常に神聖な力を放つものとして存在していた。
だが人々は、無論それらも気になってモニターを凝視したが、なにより最後に表示された使徒ゼストの十字架に釘付けになった。近くで見られる人間は、ゼクスが黒い法王着の前に出したそれを凝視した。これは歴代のゼスペリア猊下であっても大半は近寄る事すら不可能だったと言われていて、これまで歴代一と言われていたアルト猊下ですら触れるのがやっとだという噂の代物だったのだ。ゼスペリア猊下しか立ち入る事も難しい部屋にあるとされていて、メルディ猊下が何度も場所を聞き、自分こそが真の所有者であると主張してきた聖遺物である。勿論アルト猊下も法王猊下も教えていない。このゼガリア白金銀に、使徒ゼストの銀で、ゼルリアという旧世界の聖地由来の模様が刻まれ、中央に黒曜石がはまっている豪奢な十字架――ゼスペリア十九世の名前は、五歳の時にこれに触れるどころか、首から下げて身につけられた存在としてしか、多くの民衆は知らなかった。
なお、高位の闇猫とギルドの黒色は、やっと気がついた。それはレクス伯爵の兄だということでは勿論なく、ゼスト家直轄闇猫部隊の隊長でありギルド闇司祭議会議長のロードクロサイト議長であるという事実にだ。中指の指輪から伸びた金の鎖が、ランバルトの銀の人差し指の銀の鎖とふた巻程からまり、手首に続いている。そして、こちらもまた豪華な金で出来ているのだが、時折紫色に輝くフタ付きの腕時計につながっていた。蓋の上には、中指の指輪と同じ薔薇が咲き誇っている。この時計の説明は十字架の説明の後に出た。ハーヴェスト始祖の聖遺物としてだ。こちらはハーヴェストの直系長子しか持つことが許されない、やはり使徒イリスの遺物であるというのが正解だ。これらを全て所持しているのなど、闇猫隊長と現在ギルド内で最高の強さのロードクロサイト議長だけなのである。だが、円環時計に関しては、現在別のギルドの人間が預かっているはずなのに、なぜゼスペリア十九世が所持しているのか、ギルドメンバーは首を傾げた。一応ゼスト家もゼストとイリスの子孫であるからだろうかと前向きに考えたものもいたが、不信感の方が広がっていった。使徒ゼストの十字架と円環時計のみ、闇猫も黒色も見たことがなかったため、今まで顔を隠して動く彼らだから、ゼスペリア十九世がそうだとは気付かなかったのだが、他も含めてこの世にひとつしかないような遺物ばかりなのだから間違いない。なお万象院関係者と華族は右手に思わず注目してしまった。緑羽万象院の指輪と朱匂宮の指輪をしているのが、そばにいた人々には見えたからだ。
そんな中、目を伏せていたゼクスが、モニターでの説明が終わったのをESPでレクスから伝えられた後、使徒ゼストの十字架にゼスペリアの青の力を込めた。すると黒曜石の周囲が銀色に輝きはじめ、十字架全体も白金色と時折青の光を放ち始めた。結果、これまでのゼクスの存在感にすら圧倒されていた人々は、大半が膝をついて指を組み目を伏せていた。視界に入れているだけでも恐れ多かった。ただ、回復を祈るゼクスのESPだけが、PSYを使えない全員の心にも伝わってきて、多くが無意識に、人々の回復を願いながら黙祷を捧げていた。メルディ猊下ですら見ている事が困難で、跪き手を組んでいた。自分には、使徒ゼストの十字架に触れることすらできないとひと目で理解していた。冷や汗が止まらない。あれが、宗教院が『主の与えしもの』とする、『ゼスペリアの聖遺物』なのかと呆然とした。他の遺物とは異なる存在なのだ。他には『聖剣』と『終末時計』歯科存在しない。そんな中、たった一つ、それだけが、使徒の遺物の中で、ゼスペリアの聖剣やゼスペリアの医師に渡されるという終末時計と対等とされる十字架なのだ。だからそれを保持するものこそが、使徒ゼストの十字架の持ち主こそが、ゼストの写し身であるとメルディ猊下は考えていたし、多くの民衆だってそうだ。ただ、昔のこと過ぎてゼスペリア十九世猊下が所持しているというのを失念していたのである。嘗て、使徒ゼストがゼスペリアの器であった証明がこの十字架であるとされているし、他の二つ同様、黙示録が起こった場合、それをゼスペリアの器は再び手にすると民間伝承では言われているのだ。
「黙祷を終わります」
ゼクスがそう言って、少しOtherを弱めた時、人々はやっと楽に呼吸ができるようになり、改めて十字架を見た。まだうっすらと光っている。そして闇猫だのといった暗部やギルド関係者以外は、ゼクスに取り入る方法を考え始めた。ゼスペリア十九世を味方につけた人間が次の宗教院の権力を掌握するだろうというのは、誰の目から見ても明らかだったからである。その時、ゼクスがゆっくりと目を開けてから、隣の方角にある台上の二人を見た。
「さて我が家の家族も伏しておりますが、何よりもこの国を誰よりもお支えしてきた英刻院閣下がお倒れになった中、瑠衣洲殿下は頑張っておいでです。であるにも関わらず、先程は、ゼスト家第二血統者のメルディ猊下もゼスト家守護配下家のクラウ・ゼスペリア投手代理のイレイス猊下も途中で無礼にも祝詞を止めてしまった事、ゼスト家当主として、皆様に深くお詫び申し上げます」
一切悪くなくて、ただのそちらの二名の力不足だというのは誰にでもわかった。
だが謝罪したゼクスの礼儀正しさに、感動した人間の方が多かったし、メルディ猊下は尊敬しかかっていた。ただただイレイス猊下と枢機卿議会議長だけが、まずいと焦っていた。何せこれは、ゼスペリア十九世に、イレイス猊下が無能だと言われたに等しいからだ。
「兄上の、ゼスペリア十九世猊下のおっしゃる通りですね。宗教院の皆様は、もう少し厳しく二人を躾ていただけると良いのですが……宗教院とゼスペリア猊下執務院に相談しなければならなりませんね……王都特別枢機卿として、責任を持ってお伝え致します」
レクスまで悲しそうな声で続けた。今度は完璧に宗教関係者を牽制したのである。そちら側につくのならば、容赦しないという宣言と同じだった。民衆は冗談だと思って笑っている。見れば、下にいる枢機卿連中は全員膝を折り、手を組んで十字架を持っていた。法王猊下と同じくらいかそれ以上に偉い相手であり、たった今まさにもう神の器そのものとしか言えない祝詞を唱えた相手とその弟の言葉だ。最早、イレイス猊下派達の側の聖職者等以内に等しい。
「さて本日は、法王猊下の代理としても、また元来はゼスト・ゼスペリアの人間こそが花王院王家の次の国王陛下にご挨拶させていただく行事でもあるのだとゼクス猊下から教えを受けたため、この式典においての祝詞は、ゼクス猊下がぜひ唱えたいとご希望されておりますので、ゼスペリア十九世猊下による福音を皆様お聞きください」
レクスが続けた言葉の中の『次の国王陛下』という言葉に、多くのものが反応した。まだそれが青殿下だとは口にしていないが、その可能性が非常に高いと咄嗟に周囲が判断した。これには、琉衣洲も驚いていた。
「また兄上とお話している中で、伴侶補・瑠衣洲殿下の友人として、英刻院藍洲元宰相閣下のご快癒をお祈りするため、『使徒ヴェスゼストの福音付録ゼスペリアの癒し』を唱和させていただくことに決定いたしました。また、クラウ・ゼスペリア家当主のクラウ・シルヴァニアライム・ゼスペリア猊下もご到着されましたので、イレイス猊下は代理のお役目を終え、下がってください。シルヴァニアライム枢機卿は、普段は万象院列院総代としてのお立場として、最下層においてゼクス猊下とは別の側面から救済孤児をお救いしながら、ゼスト家に仕えてくださっておられますので、これまでは代理を立てて活動していらっしゃいました。ゼクス猊下同様、実際に触れ合うことを通して、ゼスペリアの学びを受け取っていらっしゃいます。さて、メルディ猊下もゼスト家の方々と枢機卿議会の方々のもとへおさがりください。それでは始めます。法王猊下もまた、藍洲閣下とは良い友人だと聞いております。ゼスト・ゼスペリアと英刻院の続く友情の証としてもお聞きください。ゼスト家および配下守護三家当主による祈りです」
こうして次の祝詞が始まった。レクスのESP指示で、ゼクスの後ろに、守護配下家のラクス猊下、ユクス猊下、高砂が立った。まず、もうイレイス猊下の価値は誰にもなくなった。高砂がクラウ家当主であることに驚いた人間もかなり多かったが、それよりもガチ勢はレクス伯爵のフォロー力に感動した。高砂が最下層にいたのはたまたまだ。
なお――『使徒ヴェスゼストの福音付録ゼスペリアの癒し』は、公開された場において口にすることが許されているのは、ゼスト・ゼスペリア猊下と許された配下家当主のみであり、つまり現時点において、この場の四名と法王猊下とアルト猊下しか、唱えることが許されない。
しかも……ゼクスが民衆の前で正式に唱えるのは、初めてのことである。法王猊下とアルト猊下以来のゼスペリア猊下の祈りとなるのだ。そもぞもゼクス猊下をここに呼び出すことが可能で実現できただけで、瑠衣洲の地位は不動のものとなっていたのだが、これを読む依頼ができたと考えた貴族の間で権力が上がった。英刻院派に残っていた貴族は、さすがは英刻院だと考えたし、その他は少し焦った。皆、琉衣洲が依頼して読ませていると考えていたのだ。無論、琉衣洲はそんな依頼などしていない。
なにせ、例え国王の依頼であろうとも実現不可能な『使徒ヴェスゼストの福音付録ゼスペリアの癒し』を『読ませる』というのは、宗教院および全聖職者、関係者、なにより枢機卿議会のメンバー全員にとって、英刻院瑠衣洲の地位が、ある意味メルディ猊下よりも上、英刻院家が配偶者猊下が英刻院家出自だからという理由だけではなくランバルト大公爵家と現時点で同等とさえいえるものになったに等しかった。よって英刻院自体は無論だが、貴族院や貴族サイドでも必然的に、瑠衣洲個人の地位が絶対的なものになったのである。そもそも今後瑠衣洲を敵に回せば、ゼクスが完全に敵となると誰もが理解していた。ランバルト大公爵家当主、ハーヴェスト侯爵家長男、ゼスペリア十九世猊下、どれか一つだけでも恐ろしい程の強敵なのだが、全部ゼクスであり、全部敵となるのだ。これは客観的に考えれば、法王猊下もまた敵に回すということだ。既に多くの人間が制裁を恐れて顔を真っ青にしていたし、同じくらいの数の人間が瑠衣洲へ取り入る方法を考え始めていた。が――そんな思考はすぐに、壮絶な青にかき消された。