【6】使徒オーウェンの恩赦式典――ゼスペリアの怒り――
感動の渦の中、レクスが特別席を用意し、ミュールレイ侯爵に聖人認定書等にその場でサインをさせた。それから、レクスが言った。
「それでは一度休憩を挟み、続いては、宗教院の皆様、ご来場下さった貴族・華族の皆様に、特にゼクス猊下が聞いて欲しい福音があるとのことですので、休憩後、皆様は前に出てください。ゼスペリア猊下執務院を代表してメルディ猊下、宗教院を代表してイレイス猊下、その後ろに枢機卿議会の中で、そのお二人および議長と同じ、特別な十字架をつけていらっしゃる皆様は特別前におり、ゼスペリア十九世猊下からの祝詞を、またその後ろには、ミュールレイ侯爵様であった現特別枢機卿閣下以外の元老院からいらしているという貴族の皆様が左、その右には兄上がぜひ橘宮様の配下の中で左大臣の峯岸様にお聞き頂きたいとのことですので、右大臣の支倉様と橘宮の若宮様は匂宮家の皆様と一緒におさがりください。そして、橘宮家現当主の甥子様は前へ。お連れの華族の皆様も、どうぞ甥子様にご同席ください。その他の貴族院や華族院の皆様は、ご自由にお聞きください。兄上が、特別に彼らにお聞かせしたいそうなのです。全く、特別扱いですね。また軍法院の皆様は、貴族と華族の指定者の後ろにてお聞きくださいとの事です。高貴な皆様ですので。なお、神聖な十字架をつけていない議会メンバーは後ろで聞いていただきます」
その言葉に、民衆がクスクス笑い、そういう事になった。
しかし人選に周囲は悩んだ。
これでは逆に、邪魔者を優先しているように見えるし、橘宮の当主の座を狙っている連中など、完全に自分達が選ばれたと思っている様子だ。高貴とまで言われたというのもあるのだろう。それもそうだろう。自分達の派閥だったミュールレイ侯爵が特別扱いされたのだから。だが、レクスは事前に皆に大丈夫だといった。どうなるのだろうかと、一同は不安を覚えつつも休憩の終了を待った。枢機卿議会メンバー達は、十字架のおかげでもしかすると助かったのだろうかと、少しほっとしていた。神聖なものを身につけているから、初対面のゼスペリア十九世猊下が優遇してくれた可能性を考えたのだ。議長のみヒヤヒヤしていたが、イレイス猊下は自分が指名されたため、一応ほっとしていたし、メルディ猊下に至っては、最早尊敬対象のゼスペリア十九世猊下に認められたと思い込み、歓喜していた。このようにして、それぞれが休憩を終えた。
さて笑顔のレクスとゼクスが戻ってきた。
そしてレクスが非常に明るい声でいった。
「それでは再開致します。ゼスペリア十九世ゼクス猊下による特別福音――使徒ランバルトの福音書付録ゼスペリアの怒り」
笑顔だったし、ランバルトであったから、最初一同は聞き流しそうになった。
だが、明るい声だったが、頭の中で繰り返した瞬間、一同は目を見開いた。
使徒ランバルトは温厚な人物であったが、正義感が強く、激情家であったともいう。よってこの『ゼスペリアの怒り』という福音書をランバルトの血を引く人間が読む時、それは、『その者は悪人であり、ランバルトは決して認めないし、許さない』という意味となる。また基本的に聖職者の誰が読む場合であってもこれは、背徳者に対して読む祝詞であるのだ。現在では、軍法院管轄の刑務所で重い刑罰を受けた人間が、牢獄に入ってすぐに聞く場合のみだから、読んだことはあるが聞いたことがない人間だらけである。民衆は好奇心を動かされて見守っている。レクス伯爵の行動に王宮勢が安堵していた頃、逆に名指しされて並んでいた人々は動揺し、焦っていた。
だが――すぐに、そんな場合ではなくなった。
唐突に、それまで快晴だった空に、空は青いままであるというのに、黄色い雷と、ランバルト・アメジストにそっくりな色の雷が出現し、轟音を響かせたのだ。それには誰もが呆然とした。ESP知覚刺激情報ではなく、本当に空に雷が出現したのだ。聖書にはランバルトが怒りを覚えた時、雷が落ちる、という記述があるが、誰も事実だとは思っていなかったのだ。だが、確実にゼクスが祝詞を読み始めた瞬間にそれは発生した。見ればゼクスのゼスペリアの青全てが、アルト猊下のように、回復ではなく攻撃に回されているのが医者等には理解できた。強いゼスペリアの青は、治癒回復以外に、攻撃も可能なのだ。さらにESP-PK側でバチバチと力を放っている。これは、下手な兵器よりも危険だと、周囲は理解したのだが、誰一人身動きすらできなかった。殺気ともまた異なるのだが、体が凍りついたようになり、動けないのだ。激しい怒りに体を絡め取られた感覚だ。
ゼクスは無表情だった。先程までのような笑顔はどこにもない。
完全に激怒した瞳に、炎を宿していた。
それを見た瞬間、名指しされた人々は、自分の体が紫色の炎に覆われたイメージに襲われたし、周囲はそれを脳裏のイメージで見た。ゼクスの声音は穏やかで冷静なのだが、言葉が紡がれる度に、その場の空気が振動した。そして名指しされた人々が、熱は感じないのに、体を業火に絡め取られた感覚になった時、彼らの合間や周囲に、黄色と紫色の雷が小さな線を作って蠢いては消えるようになった。代わりに空は、ランバルトのアイスブルートパーズの色に変わり、雷が消えた。ゼクスは読んでいるだけだから逮捕などできるわけがないのだが、発せられている強いOther-PKは、接触すればその者を殺すには十分すぎる効果だと誰しもが理解していた。
そこに、強烈な嵐のイメージが重なり、人々は豪雨に襲われた感覚になった。
名指しされた人々は、本当に豪雨を受けたようにびしょ濡れになっていて、さらには突風に襲われたように、衣服が乱れていた。枢機卿議会から前のメンバーのみ無意識に防衛していたが、貴族や華族はびしょ濡れだ。そのまま彼らは洪水にイメージの中で飲み込まれ、窒息しかかった。Otherによる攻撃系の波動だった。そこに強いPKの落雷が落ち、感電までして、気づくと命からがら砂浜に上がっていた人々は、そこで絶望的な噴火に襲われた。大地震だ。現実でも大地が微振動した。
そして気づくと、白い十字架に貼り付けにされていて、磔刑を受けるイメージが浮かんでいた。民衆は、貼り付けられている人々を眺めている形で、貼り付けられている当人達は、それがイメージだと理解していても、恐怖に震えた。