【1】ロードクロサイトの血脈


【1】ロードクロサイトの血脈


 ――現在に至るまでの黙示録の予兆は、実は既に三世代前以上の昔よりも発生していた。


 ロードクロサイト家から語るとするならば、当時の花王院国王弟とロードクロサイト家当主の間に生まれた、一人の子が生まれた。この時にロードクロサイト大公爵家は、花王院王家の分家となった。その子は成長し、やがて非常に優秀な医師になった。

 ロードクロサイトの人間は、別段強制されているわけでもないのに医師ばかりである。
 王弟と当主の出会いも、病の診察だった程だ。
 女性が生まれなくなって久しい現在、PSY医療によって、同性婚により子は生まれる。

 そして生まれたその次代の当主は、腕を買われて、当時のハーヴェスト侯爵の診察をする事になった。その人物は、その代のギルド総長でもあった。ハーヴェスト侯爵家は、紫色の使徒の血筋を正しく引き継いでいる家柄だ。

 だが、そうした知識やギルドは、何も知らずに診察に出かけた。

 この頃には、ロードクロサイト文明と比べれば、多くのPSY医療の知識が失われていたため、ハーヴェスト侯爵の病を多くの医師は、原因が分からないとしていた。そのため専門家であるロードクロサイトの医師が呼ばれたのである。

 すぐに医師は気づいた。
 単純なる『輸血不適応症』であると。

 ハーヴェスト家自体にも、ひとつの言い伝えがあった。

『ハーヴェストは特殊なPSY血核球を保持しているので血縁者からしか輸血してはならない』

 だからこの知識は元々持っていたのだが、そちらに気を取られすぎていて、多くの医師は、肝心な部分を見過ごしていたのだ。

 この時のハーヴェスト侯爵は、生体血液型がO型マイナスという稀血だったのである。
 つまりPSY医学で、Oマイナスへと親族の血液を置換して輸血すれば良い。
 そのために、ハーヴェストの特異な血核球を、当時のロードクロサイト医師は解析した。

 そしてそれがロードクロサイトの文献に残る『混雑型PSY血核球』である事を突き止めたのである。よって輸血をしながら医師は聞いた。疑問は、納得いくまで追求しなければ気が済まない性分だったからだ。

「ハーヴェスト侯爵。貴方は、直近では使徒ゼスト、その前では青照大御神であった可能性が高い、ユエル・ロードクロサイトの末裔であるようだが、なにか聞いたことはないか? 私は、ユエルの兄であったフェルナ・ロードクロサイト側の末裔だ」

 その言葉に、当代のハーヴェスト侯爵も、一般人のふりをして控えていたギルドの者達も、息を飲んだ。それまでの印象とは違いすぎたからだ。周囲は彼を――王家の血をひくロードクロサイトという古い家柄の貴族で、医師としての腕前だけは信用できるようだが、どこか抜けた両家の御子息と感じていた。その人物から、驚愕の発言が出てきたため、瞠目せずにはいられなかったのである。

「使徒ゼストの末裔は、ゼスト・ゼスペリア猊下であり、ゼスト家だと公的に明らかになっているわけだが――ハーヴェストがそうであるという、何らかの医学的根拠があるのかね?」
「ハーヴェストが末裔かは知らない。ただ、これまでの記録にも、ハーヴェストはハーヴェストの者からのみ輸血をするとあったそうだから――おそらくはだいぶ昔から、使徒ゼスト……というよりも、あるいはそれ以前から、ユエル側のロードクロサイト血統の保持家であったのは間違いない。そう私は予測している。無論医学的根拠をもってして」

 医師はそう言うと、ハーヴェスト侯爵を一瞥した。

「私側には、PSY-Otherの虹色の色相が遺伝している。これはフェルナ・ロードクロサイトからの遺伝である。そのため、ユエル側ではない――それと同じようにユエル側のみが保持していたと記録されている――最後のロードクロサイト皇帝の配偶者側の血統からの遺伝因子がある。それが『混雑型PSY血核球』というものであり、貴方がたが言う『特殊な血核球』の正式名称である。ロードクロサイトは神を信じないが、聖書に一定の事実に由来する記載が含まれているとするのであれば、使徒ゼストもまた、この混雑型PSY血核球を保持していたはずである」

 その静かな声音に、ハーヴェスト侯爵は聞き入った。

「とすると、貴方から現在、私はそれを確認したけれど――その前に存在した人物で、私が混雑型PSY血核球を持っていたと推定できる最新の人間は、使徒ゼストとなる。ならびに、当代のゼスト家にも診察に出かけているが、あちらにはこの混雑型PSY血核球は遺伝していない」

 ロードクロサイトの医師は、語りながらひと呼吸ついた。

「あちらに遺伝しているユエル――あるいは使徒ゼストの持っていた血統関連のものとしては、PSY-Otherの絶対補色の青――ゼスペリアの青と呼ばれるものである。とても目に見えやすいが、目に見えないだけで、こちらの混雑型PSY血核球のほうが、ロードクロサイトが知る限り、俗に言う完璧なPSY円環の構築、即ち神を信じる人々が言うところの『救世主』が持っていないと問題が生じる血核球である」

 その言葉に、ハーヴェスト侯爵が目を見開いた。

「貴方が救世主だという意味ではない。また、それと同じくらい私が持つPSY-Otherの虹色因子である『全補色保有因子』――つまり『統一ゼクサ型PSY血小板』がなければ、PSY円環は存在しえない。そのため、貴方が救世主ならば、私もまた救世主のようなものとなってしまうが、私は神など信じない」

 諭すような声で、医師が言った。事実のみを伝えたかっただけであり、宗教には興味がなかったからだ。だからその話に及ぶことを忌避したのである。

「なおゼストの片方の親はロードクロサイトだったと、こちらに記録があるので、ゼストは『統一ゼクサ型PSY血小板』は保持していたと、私は理解している。なおゼスト家には、血小板の遺伝も無い。だが宗教院が言うところの『神の御業』とはゼスペリアの青によるOtherの行使――多くの場合治癒行為等を指すので、使徒ゼストはその方面における救世主なのであるから、彼らが使徒ゼストの末裔で良いだろう。私が言っているのは、肉体的遺伝性の話であり、使徒ゼストよりも古くからの血統遺伝性の話である」

 ――この話に、多くの者が言葉を失った。

 元々ハーヴェストの血は、ギルドにおいての神であることは間違いがないことであった。
 また、使徒ゼストと紫色の使徒の実子であるというのも、神話でないと誰もが確信する程度には詳細な資料が残っていた。

 そうであったものの、まさかこのように医学的に断定される事があるとは、誰も考えていなかったのである。ギルドには、医療院に在籍する医師も多数いたが、ロードクロサイトのこのような医学知識は、壮絶すぎて並びようがない。

 さらに――古い家柄だというのもあるのだろうが、保持する歴史的資料も尋常ではないのだろうと、皆が悟った。ロードクロサイトの医師本人は当然の事実だというふうに語るが、その時のハーヴェスト侯爵には、それ自体が理解できなかった。自分がロードクロサイトの当主ならば、こんなことは人前では言わない。

 ロードクロサイトの医師本人は、自分では気をつけているつもりだったのだが、ハーヴェスト侯爵には、とてもそのようには思えなかったのだ。

 ――こんなことではいつこの人物が不敬罪で首をはねられてもおかしくはない。
 そう思うほどだった。
 そういう意味では、やはりどこか抜けていて、両家の御子息であるという部分は正確な理解に思えた。

「――ロードクロサイト先生。そのお話、私はもっと伺いたいし、こちらからお話したいこともある。しばらく当家に、ご滞在願いたい」
「ハーヴェスト侯爵は、私の患者であるので、治るまでは無論、ここにいる」

 以来診察の傍ら、ロードクロサイトの医師から、当時のハーヴェスト侯爵は様々なことを聞き出した。これが、ゼルス=ロードクロサイトとダグラス=ハーヴェストの出会いである。ギルドもまた、総出で研究を開始した。

 その内に――どこか抜けていて放っておけないその医師に、ハーヴェスト侯爵は惚れてしまった。それまで恋などしたことのなかった医師は、手馴れたハーヴェスト侯爵にあっさり陥落して、二人の間には子供が生まれた。

 それが、王家の分家兼ロードクロサイト大公爵家とハーヴェスト侯爵家の跡取りである。
 後の、ザフィス=リオ・ハーヴェスト=ロードクロサイト大公爵である。



 ザフィスは幼い頃から、ギルドの知識とロードクロサイトの当主の継承知識、ハーヴェストの当主の継承知識、およびありとあらゆる医学知識――これはロードクロサイトの血筋だからなのか自発的に、とにかくに学びに学んで育った。

 かつロードクロサイトの理知的で冷静な部分は受け継ぎ、配偶者側父の抜けていた部分には、代わりにハーヴェスト側の緻密で常に安全策を考慮する部分が入り――幼い頃から冷徹で冷酷で冷静で完全無欠の硬い人物として育っていった。

 無神論者の血には、磨きがか掛かり、神など一切信じない。
 代わりに、PSY医療を発展させていき、いつしか『ゼスペリアの医師だ』とさえ言われるようになったほどである。

 ゼスペリアの医師とは、黙示録に出てくる使徒のことで、ありとあらゆる医学知識を身につけているらしい。ならびにザフィスは、虹色Otherを所持しているから、ゼスペリアの青とは少し効果が異なるが、PSYによる治癒まで使えた。そちらは公にはなっていなかったが、大天才医師であるという事実は、王族の血を引く事や、王国でも最古のロードクロサイト及びハーヴェストの血を引くことよりも有名だった。ザフィスという名前自体が高名になっていったのである。